第60話 条件
「国境沿いと言えば、防衛の難所と聞いているのです。そこに派兵を?」
「騎士という兵種の特性を全く考慮しない愚かな派兵だわ。あの区域は岩場が多いから、遠距離兵器が有利なのよ。それなのに近接戦闘を得意とする騎士を送るなんて……。いくら騎士団長と言っても、兵士の数と兵装の不利を覆すのは困難よ。結果として壊滅状態。ゼステイウ家は派兵した責任を負いたくないから撤退命令も出さない。ゼステイウ家がそういう態度を取っている以上、私が介入するわけにもいかない。王国最強の部隊は今、瀕死の状態に陥ってるってわけ」
「そのミスを取り返す……つまり、騎士団を救助しろというのですか?」
「噂で聞いたのだけれど、そこの執事さんは一人で騎士団の大隊を壊滅させたそうね?」
シュイミが大きな黒い瞳で僕を見た。
相手を威圧する力を持ったその視線に、僕は頷くしかなかった。
「あの……相手がマザコンのザコだったのでなんとかなりました」
「たった一人で精鋭の騎士団と対等以上に戦えるなんて素晴らしい能力だと思うわ。そんなあなただからこそ、我が国にとって圧倒的不利な状況も変えることができるはずよ」
ん?
なんだか話が変だな?
「えーと、それって僕に騎士団長を助けに行けって言ってるんですか?」
「自分を勘当した親を救うのには抵抗があるかしら、イル・エッヂア君?」
「……なんでそんなこと知ってるんですか」
「私は騎士団の指揮権を握るヴァイスニクス家の当主なのよ。そのくらい知っていて当然ではなくて?」
余裕のある笑みを浮かべたまま、シュイミは言った。
僕にはプライバシーってものがないのだろうか。
「……確かにあなたは騎士団を動かす力を持っているかもしれない。だけど僕は戸籍上存在しない人間です。そんな僕が、あなたの命令に従う義務があるんでしょうか」
「悪い話じゃないと思うんだけど。君の実力があれば、騎士団を逃がすくらいの時間は稼げるはずよ。それをやってくれれば、私はゼステイウ家とサナの死刑について交渉してあげる。どうかしら、イルくん。それから……サナ」
シュイミがサナに顔を向ける。
サナはしばらくの間沈黙を続けた後で、口を開いた。
「イル君に、私のために死ねと言うのですか」
「死ねとは言っていないでしょう? 彼ほどの力があれば生きて帰る可能性もあるはずだけど」
「私を殺すのにイル君がいると邪魔だから、この機会に消してしまおうという算段ではないのですか?」
「考えすぎ考えすぎ! 私はただ、幼馴染の死刑をなんとかしてあげようと思ってるだけよ」
シュイミは愉快そうに喉を鳴らした。
本当に幼馴染であるサナのことを考えているのなら、僕を戦場へ送ろうなんて発想は浮かんでこない気がするんだけど……。
まあ。
いいか。
僕の命はサナのためにあるんだから。
「お嬢様、僕は行ってもいいですよ。父親を助けることになるのは気に入らないけど、僕の機嫌とお嬢様の生命のどちらが大切かって言われたら圧倒的にお嬢様の生命が大切ですからね」
「イル君……!?」
サナがソファに座ったまま僕を見上げた。
「その代わり僕からも条件があります。シュイミ・ヴァイスニクス様、さっきからサナの死刑について交渉するとしか言ってませんけど―――サナの死刑を取り消させると、はっきり約束してください」




