第57話 遠くへ
「まあ、とにかくそういうわけです。執事たるもの、いついかなる事態にも対応しなければなりませんから」
「うーん、イル君の気持ちは嬉しいのですが、恐らく直接攻撃されるようなことはないと思うのですよ」
「どうしてです?」
「殺そうと思えば、私のお母さまにしたように毒でも使っておけば良かったのです。それに、ヴァイスニクス家くらいの権力があれば、もっとあからさまな方法を使ってももみ消せるはずですからね。……同じ御三家であるゼステイウ家が、孤児院に火を放ったように」
「……え? あれってゼステイウ家のしわざだったんですか?」
ラオーテの街の、燃え盛る孤児院の様子を思い出す。
あのときは確か孤児院だけじゃなくて、街にも被害が出てたような気がするけど……。
「状況から考えればあり得ない話じゃないのです。あの孤児院は平和外交派の息がかかった施設でしょう?」
「………はい」
知ってたのか……。
まあ、サナのことだから知っていても不思議じゃないけど……。
「その施設に私がいるという情報を得て、すぐに行動を起こしたのでしょう。恐らくはフェンリルの騒動自体も、ゼステイウ家の一派がやった平和外交派に対する嫌がらせ程度のことだったのだと思います」
「そしてその一連の事件は、ゼステイウ家の権力で揉み消された?」
「ではないかと私は考えているのです」
「ってことは、ヴァイスニクス家の勢力下にいる今の方がむしろ安全ってことですか?」
「そういう考え方もできますね。さすがにヴァイスニクス家の敷地内で事件を起こせば、両家の対立も招きかねませんから」
「変な話ですね。ヴァイスニクス家とゼステイウ家は、サウザントルル家を滅ぼした敵なんでしょう?」
「同じことをやっていたからといって、その目的が同じとは限りませんから。ヴァイスニクス家とゼステイウ家にも相反する部分がある。だからこそ、こうして交渉をする価値があるのです」
「……ヴァイスニクス家は、サナの死刑を取り消してくれるでしょうか?」
「分かりません。ダメだったら一緒に遠くへ逃げましょうね、イル君」
サナが僕の肩に寄り掛かって来る。
サナの柔らかい髪が僕の頬を撫でた。
「任せてください。僕がお嬢様を守りますから」
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