第56話 豪邸
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馬車に揺られ、丸一日。
途中宿で一泊し、次の日の昼前に僕らはヴァイスニクス家の屋敷に到着した。
「す……すごい豪邸だ」
広大な庭を眺めながら、僕は思わず呟いていた。
100人以上が訓練できるエッヂア家の訓練場の、さらに何倍も広大な土地。
手入れの行き届いた芝と庭木。中央には噴水まで設置されている。
そしてその豪奢で果てしない庭の向こうに、巨大な城が見えた。
あれがヴァイスニクス家の本宅なのだろう。
今まで見た屋敷の中で一番大きい。周囲の土地まで含めたら、ちょっとした町くらいの規模はありそうだ。
「……私の元々住んでいたお屋敷も、このくらいの広さはあったのですよ」
「え。そうなんですか」
「サウザントルル家も御三家なのですから。とはいえ、広いばかりでは不便なだけです。私には今くらいのお屋敷がちょうど良いのです。イル君もいてくださいますから。ね?」
サナが僕に微笑む。
守りたい、この笑顔。
僕はサナを直視できず、視線を若干斜め上にずらしながら答えた。
「お嬢様にそう言っていただけると、僕も働き甲斐があるというものです」
「頼りにしていますよ、イル君」
「しかし、本当にここまで来ちゃって良かったんでしょうか。ヴァイスニクス家の屋敷に居るっていうのは、要するに敵の総本山にいるってことですよね?」
「そこも問題ありません。イル君が私を守ってくれますから」
ふーん、モチベーション上がって来た。
たとえどんな相手だろうと、サナに手を出す奴は僕が許さない。
一族郎党に至るまで根絶やしにしてくれよう。
と、悪役のステレオタイプみたいなことを考えていると、庭の向こうから別の馬車が近づいて来た。
馬車は僕らの前に停まると、御者台から執事らしい初老の男性が降りて来た。
「サナ・サウザントルル様とお付きの方でございますね?」
「ええ。そうです」
「当主様からご案内するよう仰せつかっております。お二方、狭い車内ではありますがお乗りください」
「ありがとう。お言葉に甘えます」
僕はサナを座席に乗せ、その隣に座った。
執事さんが御者台に戻り、馬車が動き出す。
既にここは敵の本拠地。
いつ何が起こってもおかしくない。
心しておかねば。
たとえばこの瞬間、武装した集団に馬車ごと襲撃されるとか、窓の外から遠距離攻撃を受けるとか、そういう可能性もあるわけだ。
どうやって対応すればいいか……。
「イル君、どうかしたのですか? 怖い顔になっていますよ?」
「いや、武装集団に突然襲われたときのためのイメージトレーニングをしていたところなんですよ」
「……あー、そういうの私も学校に通っていたころやっていたのですよ」
「そうなんですか。学校に……」
「お父様がなくなってからはそれどころではなくて、中退扱いになっているはずです」
学校にいけるのは上流階級の貴族だけだ。
僕には縁のない場所でもあった。―――いや、ジャックは行ってたんだっけ? 忘れた。ただの人間には興味がありませんから。




