第54話 爽やかな青空
「では私は、一度町の方へ向かいます」
子供に囲まれながら、ロデリアさんが言った。
「街へ……ですか?」
僕が訊くと、
「平和外交派のオフィスへ戻ります。そちらの方が早く情報を得られますから」
「そうですか……。でも、危なくないですか? 平和外交派は御三家から狙われてるんでしょ?」
「とはいえ、事態は一刻を争いますから。ここにいたのではどうしても指示を出すのに時間がかかります」
「……分かりました。どうかお気をつけて」
「はい。イルさんたちもご無事で」
屋敷の門の辺りには、既に馬車が到着していた。
僕に一礼したロデリアさんがそのまま馬車に乗り込むと、すぐに御者が馬に鞭を入れた。
馬車がゆっくりと屋敷から離れていく。
そうか……サナを取り戻したからすべて終わったつもりでいたけれど、実際はまだ死刑が取り消せたわけじゃないんだよな。
今の僕らは死刑囚を匿っている国家反逆者ってことか。
どうしよう。
最悪サナと二人で法の手の届かない遠いところへ行けばいいだろうか。
あれ……?
それはそれで良さそうな気がしてきたぞ……?
気づけば僕の周りには誰も居なかった。
子供たちはサナと一緒に屋敷へ戻ってしまったらしい。
そういえば、昨日はロデリアさんが子供たちの面倒を見てくれていたのだろうか。
サナも僕もメイリャさんもいなかったのだから、必然的にそうなるはずだ。
いつも身の回りの世話をしている僕のことは敵視しているのに、初対面のはずのロデリアさんには心を許すのか……。
子供は苦手だ……。
※※※
「だめですよお嬢様、それだと袖の部分が裾の部分とくっついちゃいますよ」
「ええー? 私の直感ではこれでいけそうなのですけど?」
「いや、客観的視点から言わせてもらうとそれじゃいけない気がします……」
サナの部屋。
サナのベッドの上。
僕の膝の上にサナがいて―――ボロボロになった僕の服を縫い直していた。
いや。
縫い直しているのか解体しようとしているのか見ているだけじゃわからないのだけれど、本人の言動から察するに、やはり縫い直しているのだろう。
「もう、イル君は私にどうして欲しいのですか?」
「僕は何も……お嬢様が直してくださるということだから、お任せしているだけです」
「どうせお店に持って行って直してもらった方が早いとか思ってるのではないのですか?」
「まさか。そんなこと微塵しか思ってないですよ」
「やっぱりちょっと思っているじゃないですか! もう、イル君は根本的に勘違いしているのです。私はただ縫い直しているだけではないのです」
「といいますと?」
サナは僕を見上げ、囁くように言う。
「私の愛が……込められているのですよ」
「………ああ、それはどうも」
「なんですかその微妙な反応は! 嬉しくないのですか?」
「もちろん嬉しいに決まってるじゃないですか。お嬢様が僕のために僕の服を僕への愛をこめて修復してくださっているんでしょう? 全世界で僕みたいに幸せな人間はいないだろうなあと思ってますよ」
「それならいいのです」
ふん、と鼻を鳴らし、サナは再び僕の服に針を通し始めた。
ああ……そのまま縫っちゃうと腕を通す穴が埋まっちゃうんだけどな……。
だけど、一生懸命に縫物をするサナの顔を見ると、それに水を差すようなことは言えなくなってしまう。
それどころか、ずっとこうして膝の上にいて欲しいとさえ思う。
サナの白い首すじを見つめながら、僕はそんなことを考えていた―――というのはちょっと気持ち悪すぎるので、視線を窓の外に向けた。
うーん、爽やかな青空だ。僕らの置かれた状況とは真反対だ。なんだかムカついてきた。
と、そのときサナの部屋のドアがノックされた。
「どなたですか?」
サナが言うと、ドアの向こうから声がした。
「メイリャです。さきほどラオーテの街から手紙が届きました。平和外交派の者からです。……入ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
ドアが開いた。
メイリャさんは一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐにいつも通りの顔に戻った。
何をそんなに動揺することが……とも思ったが、よく考えたら僕はサナを膝の上に乗せたままだった。僕はサナに気付かれないよう、そっとサナをベッドの上におろした。




