第45話 人殺しの血
「誰がそんなことを? 御三家って呼ばれている人たちですか?」
僕が言うと、ロデリアさんは小さく頷いた。
「ゼステイウ家です。彼らは平和外交派の希望であるサウザントルル家を抹消し、開戦を阻む勢力を一掃しようとしています」
「だったら―――そいつらを皆殺しにすればいいんですか?」
「イルさんはサナ様がそれを望まれるとお思いですか?」
ロデリアさんが真正面から僕を見つめる。
サナと同じ、純粋でまっすぐな瞳だ。
僕は首を振った。
「……いいえ、そうは思いません」
僕の言葉にロデリアさんが微笑む。
「分かっていただけて嬉しいです。とにかく実力行使だけでの根本的な解決は不可能ですから、政治的な解決を図る必要があります」
「出来るんですか?」
「我々の持つコネクションを使い、もう一方の御三家であるヴァイスニクス家に働きかけます。サナ様の死刑を止めさせるように」
「でも判決は出ているんでしょう? 間に合うんですか?」
「そこであなたの力が必要になります。イルさんにはサナ様の奪還をお願いします」
「……それは願ってもないことですけど、良いんですか? ロデリアさんが仰っているのは実力行使でサナを取り戻すってことでしょう? 僕がそれをやって、サナが今までより不利な立場になるってことはないんですか」
僕が言うと、ロデリアさんは悲しそうに目を伏せた。
「我々の予想では、そうはなりません。……イルさんがやってくださるならば」
「どういう意味ですか?」
さっきから質問してばかりだなと内心苦笑しながらも、僕は尋ねた。
「それは――イルさんはこの世界にいないことになっているからです」
「え」
予想もしてない返答だった。
動揺する僕を他所に、ロデリアさんが言葉を続ける。
「あなたのことを少し調べさせていただきました。イル・エッヂアさん。あなたは戸籍上、存在しないことになっています」
「存在……しない?」
「そうです。あなたについての記述があったのは、あなたのお母様の死亡届にだけ。出産後に衰弱し死亡、また、子であるイルは死産だった――と」
そんな馬鹿な。
だったら、僕は一体誰なんだ?
僕はイル・エッヂア。エッヂア家の次男――だったはずだ。
……いや、違う。
僕の父親や兄にとってはそうではなかったというだけの話だ。
彼らにとって僕は存在しない人間。
だから、都合の良い雑用程度にしか思わなかったのだろう。
そして僕自身はどうだ?
自分がエッヂア家という一族の血を引いているということを誇らしく思ったことが一度でもあるだろうか。
いや、無い。
むしろ憎んでいた。
そう、憎んでいたんだ。
父を、兄を、あの屋敷で暮らす全ての人間を、そして――僕をこの世界に産み落として死んだ母親を。
だけど本当は、僕という人間は存在すらしていなかったわけだ。
だったらそっちの方が良い。
騎士という名で人殺しを生業としてきた一族の血は、僕には要らない。




