第42話 主人の命令は絶対
「サナは連れて行かせない。ここでお前たちを皆殺しにしても」
「随分死にてぇらしいなあ、ゴミクズ。ちょうどよかった。いい加減お前のタメ口にイライラしてたとこだったんだよ」
「……あ、そう」
【切断】を全方位に展開、射出すると同時に【付与】で肉体を限界まで強化。
ジャックの背後に回り込み、その首を【粉砕】で叩き割――――。
「ダメなのです、イル君!」
サナが叫ぶ。
僕は手を止めた。
同時に僕の眼前をジャックの剣が掠めていった。
瞬時に後ろに下がり相手との距離を取りながら、周囲の状況を確認する。
兵士たちの鎧はきれいに一部分が切り取られていた――が、そこまで。あいつらの皮フ一枚切れていない。
彼らは何をされたのかも分からない様子で、サナの腕を両脇から掴んでいた。
「……なぜですか、お嬢様」
目の前ではジャックが蒼白な顔で僕を見ていた。
――こいつ、僕の挙動が見えていたのか?
「ここであなたが人を殺せば、敵に正当防衛の口実を与えることになるのです」
「でも、黙ってお嬢様を連れて行かせるわけにはいきません」
「それでもです。今は機を伺い……」
サナが言葉を切った。
その首筋には剣が当てられていた。
ジャックだ。
いつの間にかサナの背後に移動し、サナに剣を向けている。
「………サウザントルルのクソ女にしては賢い選択だな。おいクソゴミ、俺たちはこの女をここで殺したって良いんだぜ」
「お前――ッ!」
「おっと動くなよ。俺は剣の繊細な扱いが苦手なんだ」
ジャックの剣の刃先がサナの首元に触れ、白い肌に一筋の赤い血を流させた。
「…………………」
殺す。
こいつ、絶対殺す。
「ダメです、イル君。今は耐えるのです」
「しかし―――」
「主人の命令です!」
サナの声が僕の耳朶を打った。
爪が手のひらに食い込むくらい強く両手を握った。
「ッ……!」
「私を連れて行くのです。その代わり、この屋敷と彼らには手出しをしないと約束しなさい」
サナは曇りのない目をジャックに向けた。
ジャックは相変わらずの薄笑いを浮かべ、言う。
「あのクソゴミが抵抗しなけりゃ、そうしてやるよ。聞いたかクソゴミ、ご主人様の命令だ。そこを動くなよ」
サナを兵士たちに預けたジャックがこちらに近づいてくる。
そして間髪入れず僕の顔面を剣の柄で殴った。
激痛が走り、口の中が切れた。同時に鼻血が溢れてくる。骨がどこか折れたかもしれない。
僕は思わず膝をついた。
「……っ!」
「クソゴミはクソゴミらしくそこで大人しくしてろ」
僕に唾を吐きながら、ジャックが離れていく。
兵士たちがサナを連れ、屋敷の前に停めていた馬車に彼女を乗せようとする。
「―――お嬢様!」
僕が叫ぶと、サナはこちらを振り向いて微笑んだ。
その瞬間馬車のドアが閉められ、馬車は屋敷から遠ざかって行った。
僕はそれを、黙って見ていることしかできなかった。
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