第4話 サナ・サウザントルル
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気が付けば隣町にいた。
冷たい路地に座り、潰れた商店の壁に寄り掛かっていた。
目の前を人々が行き交っているが、まるで僕に気付いていないようだ。もしくは気づいていて敢えて無視しているのか――それとも、本当に気づいていないのか。
どうやってここまで辿り着いたのかは覚えていない。
ただ、全身に疲労感だけが残っていて、恐らくは歩いて来たのだろうということは想像できた。
ただでさえ薄汚れていた衣服に付着していた血は、赤黒い染みになっていた。
もう指先ひとつ動かすのさえ億劫だ。
意識が遠のいては、オークから受けた傷の痛みで目を覚ます――さっきからずっとそれの繰り返しだった。
もうこのまま死ぬのだろうか。
いや、死ぬのだろう。
死ねばいい……。
まだ死にたくない?
そんなことはない。死んでしまいたい。
せめて身体中の痛みを忘れたくて、僕は目を瞑った。
雨が降って来た。
僕に降りかかる水滴が傷口を濡らした。
意識が朦朧としてきた。
一体僕は何のために生まれて来たんだろう。
剣の才能がないことが、そんなにいけないことだったんだろうか。
もはやどちらに空があって、どこに地面があるのか分からない。
そうか、これが死ぬってことか――――。
「ねえ、そこの君。大丈夫ですか?」
女の子の声がした。
僕はゆっくりと目を開けた。
目の前に立っていたのは白と黒のゴシック調のドレスを着た少女だった。
鮮やかな金髪をツインテールに結っている。
年齢は僕とあまり変わらないくらいだろう。
少女は僕を見つめながら言葉を続ける。
「こんなところにいると濡れてしまいますよ? ほら、これを」
そう言って、少女は僕に傘を差しだした。
「あ……」
僕が動く方の手でそれを受け取ると。少女はにっこりと笑った。
その肩は雨粒で濡れ始めていた。
「私はサナ・サウザントルル。君は?」
「イル・エッヂア……」
「分かりました。ではイルくん、すぐお医者さんを呼んできますから、そこで待っているのですよ」
サナと名乗った少女は雨に濡れるのも構わず、軽やかな足取りで駆けだした。
ハイヒールのブーツが水たまりの水を跳ねさせた。
僕は茫然としたままその後ろ姿を見ていた。
一体何者なんだ、あの子――――そう思ったとき猛スピードで馬車が突っ込んできてサナの隣で急停車すると、中から黒ずくめの男たちが現れて、サナを馬車に押し込み、再び猛スピードで去っていった。
…………………え?
ちょっと待って今何が起きたの?
えーと、サナと名乗る少女が僕に傘をくれた。
サナは医者を呼んでくると言っていた。
次の瞬間には、サナは馬車で攫われていた……。
一瞬で色々起こりすぎて何がなんだかよく分からない。
が。
どうせ死ぬなら―――誰かに感謝されてから死ぬのも悪くない。
僕は傘を折りたたみ、最後の力を振り絞って立ち上がった。