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第38話 放水


「そんな……」


 僕は何も言えず立ち尽くしていた。

 街の人たちが放水による消火を試みてはいるが、炎は一向に収まる気配がない。


 そのとき、孤児院の一部が崩落した。

 火の粉が舞い上がり、周囲の人々が悲鳴を上げる。


「―――イル君、出来ますか」


 顔を下げると、サナと目があった。

 その瞬間、サナが言いたがっていることが分かった。


「できます。お嬢様の望みなら」


 僕はサナを下ろし、両手を空に向けた。

 やれるのだろうか―――いや、やるしかない。


「【放水ヴァッサ】―――【全開ヴオル】!」


 僕が今まで使ったことがあるのはせいぜい数百人の衣服が洗える程度の水量。

 この街に広がる炎をかき消すほどの水を使えるのかどうか――!


 滝のような水流が僕を起点に上空まで昇っていく。

 直後、僕のコントロール下から外れた水の塊が、重力に引かれラオーテの街に降り注いだ。

 さらに強まっていた火の手が一瞬で沈んでいく。


 あとには炭化した建物の骨組みと、立ち上る煙だけが残った。


 ……なんとかなったみたいだ。

 こんなに大規模な魔法を使ったのは初めてだ。

 全身から力が抜け、思わずその場にへたり込む。


「本当に……イル君はすごいですね」


 呆気に取られたような表情を浮かべていたサナが、僕に微笑みかける。

 その衣服は水でずぶ濡れになっていた。


「……お嬢様の願いに答えるのが執事の役目ですから」


 さすがに魔力切れで、掠れた声で僕はそう言った。

 そんなことより孤児院の人たちは――メイリャさんと子供たちは?


 僕が彼女たちを探すより早く、サナがどこかへ向けて右手を挙げた。

 サナの視線の先を見ると、メイリャさんに連れられた子供たちが居た。

 無事だったのか……。


 安心していると、メイリャさんが子供たちを連れて僕らの方へ歩み寄って来た。


「お二人とも、ご無事でしたか」

「メイリャさんこそご無事でなによりなのです。何があったのですか?」


 サナの問いに、メイリャさんは沈痛な面持ちで首を振った。


「分かりません。突然孤児院の中が発火し、私は子供たちを連れて外へ逃げました。そのときに火を扱っていた子供はいませんでしたし、もちろん私もそんなことしていません。……放火か、もしくはそれ以外の方法で火を付けられたとしか思えません。私個人の意見ですが」

「……なるほど。詳細は後ほどまた教えて欲しいのです。今は無事を喜びましょう」

「はい――サナお嬢様の方は? フェンリルは見つかりましたか?」

「ええ。イル君が追い払ってくれました。今日は大活躍なのですよ、彼」


 サナが僕を見下ろす。


「……いえ、僕はただお嬢様の望んだことをやっただけです」

「イル君だったから私はお願いできたのですよ。ほらイル君、周りを見てごらんなさい」


 サナに言われて周囲を見渡した僕の視界に入って来たのは、炎が治まったことや家族、友人の無事を喜ぶ街の人々だった。




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