第35話 気安く
「話し合いは望めそうにありませんね」
「イル君は魔物ともお話しできるのですか? すごいです!」
「いや……さすがに冗談です」
フェンリルの一群は唸り声を上げながらこちらを威嚇している。
少しでも動けば一斉に襲い掛かって来るだろう。
「この子たちが孤児院を攻撃したのでしょうか?」
「分かりませんが……僕の知る限りでは、この森に魔物が生息していたことはありません。何かがおかしい気がします」
【切断】で発生させた空気の刃をいくつか周囲に展開し、敵が近づいてくればいつでも迎撃できるようにしておく。
少なくともサナに怪我をさせるわけにはいかない。
一定の距離を取りながら敵にだけダメージを与えるようにしなければ―――。
「!?」
突然、フェンリルたちが同時に動き出した。
その動作は僕が予想していたより遥かに素早かった。
【切断】だけじゃ――間に合わない!
「【生活魔法――付与】――【粉砕】!」
数匹のフェンリルが空気の刃にぶつかり、怯んだように後退する。
その合間を縫って接近して来た敵に、強化した反射神経と拳で抵抗する。
突然、僕の頭上を一頭のフェンリルが飛び越えて行った。
こいつ――っ!
筋繊維が千切れる速度で手を伸ばし、そのフェンリルの首元を捕まえる。
「お嬢様に気安く触れるな!」
そのままフェンリルを地面に叩きつけとどめを刺そうとした瞬間、サナの声が聞こえた。
「待ってください、イル君」
「―――なぜです?」
「このフェンリルたちから嫌な気配を感じるのです。そのまま捕えていてください」
そう言って、サナは僕が抑え込むフェンリルの前に屈みこむ。
「何か分かるのですか、お嬢様」
「何者かに操られているようなのです。魔法……というか、呪いでしょうか?」
「操られている? このフェンリルたちがですか?」
「特技なのですよ、魔法を解析するの。イル君が使っているのは色々なものが複合していますが、よく使われているのは風魔法でしょう?」
当たりだ。
僕の【生活魔法】は風魔法をベースに構成されている――というか、家事をする際に風の力を使うと便利なことが多い。




