第34話 ちょうどよかった
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まったく眠れなかった……。
いくら床で寝ますと言ってもサナが聞き入れてくれないので、結局同じベッドで寝ることになったのだが――体温を感じるくらいのすぐ隣でサナが寝息を立てているのに、何も考えずに寝るなんてことは出来なかった。
いや、多分僕がアレなんだろう、余計なことを考えすぎたんだろう。
もしかしてだけどこれって僕を誘ってるんじゃないのとか思ったけど、単純にベッドがひとつしかなかったから、お嬢様の寛大な御心でベッドを使わせていただいただけなのだろう。
実際、サナは横になってすぐ寝ちゃったわけだし。
僕だけがゆうべ眠れずに欲望と戦っていたわけだ。
ローテーションで言えばサナはエロ下着を履いていたはずだけど、それをわざわざ確かめる勇気は僕にはなかった。
なかったというか、執事としての一線を越えるわけにはいかなかった。
理性が勝った。
いやむしろ、邪な考えなど最初から浮かばなかったのだ。そういうことにしておこう。
足元で枯れた落ち葉がガサッと鳴った。
「……お嬢様、歩き疲れていませんか?」
僕は背後を歩くサナに聞いた。
時刻はお昼前。
僕らは二人、フェンリルが出るという森を散策していた。
明け方出発したので、それなりに長い時間うろうろしていることになる。
「いえ、まだまだ歩けるのです。心配はいりませんよ、イル君」
そう答えるサナは、カーキ色をしたジャケットを羽織り長い靴下を履いた服装をしている。
探検をする人のコスプレみたいになっていて可愛いけど、いつの間にこんな服を用意したんだろう。
「しかし……改めて見ると不気味な森ですね」
今いる地点は、エッヂア家の屋敷にいたころ僕が通っていた箇所とはほぼ真反対の位置にある。
こうして地図で見ると、広大な森だということがよく分かる。この辺りの地形は僕も全く知らない。
太陽の光が木々に遮られ薄暗く、生えている植物もどことなく不気味だ。
「本当ですね。まるで――あ、いや、なんでもないのです」
サナが言葉を濁し、何かに怯えたように周囲を見渡す。
「まるで――おばけがでそうな?」
「い、言っちゃだめなのです! おばけはそういう話をしている人に寄って来ると聞いたことがあるのですっ!」
そう言ってサナが僕の近くに駆け寄って来る。
ちょうど―――良かった。
僕はそのままサナの肩に手を回し、自分のすぐ傍に抱き寄せた。
「ひゃうっ⁉ いっ――イル君っ⁉」サナの身体が強張る。「は―――初めてなのでやさしくしてくださいっ!」
「いや……寄ってきてくれたみたいですよ」
「な、なにがなのです⁉ お、おばけですかっ⁉」
「違います。僕らが探していた相手ですよ」
「!」
木々を掻き分けながら、銀色の体毛をした獣が姿を現す。
それも一頭ではない。二頭――三頭――それ以上だ。僕らを囲むように展開しながら徐々に近づいてくる。




