第32話 冒険ですね
「あの、盛り上がられているところ悪いのですが」
僕らの間に水を差すような声。
メイリャさんだった。
「なんでしょうメイリャさん。僕らこれから宿を探しに行くんですけど」
「そのことですが、せっかくでしたらこのまま孤児院に泊られてはいかがでしょう。高級なお部屋などはご用意できませんが、フェンリルに関する情報と森の地図なら提供することができますよ。あくまで私個人の意見ですが」
僕とサナは顔を見合わせた。
「どうします、お嬢様」
「そうですね……せっかくのお心遣いですからお受けしましょう」
「分かりました。ではすみませんメイリャさん、今日はお世話になります」
「承知しました。それではお二方、こちらへ」
※
机上に置いたランプの明かりを挟んで、僕とサナはテーブルに向かい合って座っていた。
ランプの隣にはメイリャさんから貰った森の地図が広げられている。
「メイリャさんの話から推測すると、フェンリルが棲みついているのはこの辺りということになると思うのです」
言いながら、サナは地図の上に印を書き込んだ。
「なるほど。可能性は高そうですね。では明日、まずそこへ行ってみましょう。きっと見つかりますよ」
「どうでしょうか。見つからない方が良いかもしれないのです。本当はフェンリルなんていなくて、柵は別の原因で破損していたというのが一番いいと思うのですよ」
「でも……明らかに魔物らしき歯型がありましたからね。あそこまでやられていて、実は何もありませんでしたってことにはなりそうにないですよ」
「やはりそうですか。しかし、どうして今までいなかったはずの魔物が突然現れたのでしょう?」
サナの言葉に、僕は以前襲撃されたオークのことを思い出していた。
元々魔物なんていなかったはずの森に連続して危険度の高い魔物が現れている――偶然以外の原因があるんじゃないだろうか。
「分かりませんけど……明日行って確かめるしかなさそうですね」
僕はサナの顔を見た。
サナはにこにこと楽しそうに笑っていた。
「冒険ですね」
「……良いんですか、お嬢様。フェンリルは凶暴な魔物だと聞いています。死んでしまうかもしれませんよ?」
「イル君が守ってくれるのでしょう?」
「まあ、そうですが――怖くないんですか?」
ベッドの上で震えるサナの姿を思い出しながら、僕は言った。
あんなに死ぬのを怖がっていたのに、フェンリルの調査に行くのは平気なんだろうか。
サナは少しだけ真剣な表情を浮かべた。
「権力や名声に溺れた人たちに辱められながら死ぬことを思えば、魔物に襲われることなど恐れる必要はありません」




