第30話 フェンリル
「一体どなたがこのようなことを……」
表情を曇らせるサナに、メイリャさんが答える。
「フェンリルではないかと思います。私個人の意見ですが」
「フェンリルと言うと、あの凶暴な魔物ですか?」
僕が訊くと、メイリャさんは頷いた。
「その通りです。実は先日から、この街の付近の森に棲みついていると聞いています」
「この付近の森ですか……物騒ですね」
森と言えば、この近くには一つしかない。
僕がオークに襲われたあの森だ。
以前は魔物なんて一匹もいなかったと記憶している。
それがこのタイミングで、どうして……?
「ラオーテの街は外敵に襲われることなく繁栄してきた街ですから、街を守る壁などありません。魔物に襲われれば被害は大きいはずです。今はまだこの孤児院以外に被害は出ていませんが、いずれは恐ろしいことになるでしょう。私個人の意見ですが」
「そうなのですね。分かりました。柵は修理の依頼をしておきましょう」
「ありがとうございます、お嬢様」
「しかしフェンリルの件は心配ですね。街は何か対策を?」
「いえ、今のところは……。ギルドに討伐依頼を出すという話は聞きましたが」
「でしたら、柵を修理してもまた破壊される恐れがあるのですね? もちろん修繕するに越したことはないでしょうが……」サナは人差し指を顎に当て、考え込むようなそぶりをした。「では、私が様子を見てきましょう」
「……え」
あれ、聞き間違いかな?
今確かに様子を見てくるって……。
「ですから、フェンリルが本当に棲みついているのか、そして駆除が可能なのか確認する必要があると思うのです。私が見てきましょう」
「ちょっと待ってくださいお嬢様。それは危険すぎます。フェンリルが危険な魔物だということは僕にだって分かります」
「そうですか……困りましたね。こういうとき、私のことを守ってくれる素敵な執事が一緒に来てくれると良いのですが」
「なるほど、それは僕にしか務まりませんね。任せてください命に代えてもお守りしましょう」
「命は大切なのです。ピンチになったら一緒に逃げましょう」
「確かに。対人戦は訓練してますが魔物との戦いはほとんど経験ありませんからね、僕。ご安心ください、逃げ足には自信ありますよ」
優秀な兄を妬む連中から逆恨みでリンチにされかけること数え知らず。僕はその度に逃げおおせて来たからね。まあ―――2割くらいは捕まって肋骨折られたりしたけど。




