第23話 父上
「………そう言えば、街へ行く約束でしたね」
サナは僕の顔を見上げながら言った。
その目はまだ赤かった。
「どうされますか? いつでも準備はできますが」
「街へ行くのは明日にしましょう。今はもう少し―――イル君とこうしていたいから」
僕の膝に頭を乗せたまま、サナは安心したように瞼を閉じた。
僕はそっとサナの手をベッドの上におろした。
実はさっきから膝が痺れてきてるんだけど……まあ、主人のために身体を張るのが執事の務めか。
「話を戻すようで悪いのですが、お嬢様はお父上のことを愛されていたのですね?」
「………そう、ですね。愛していました」
少し間を置いて、サナは答えた。
あれ、もしかすると聞いちゃいけないことだったのかな。
「すみません、お嬢様。いやなことを思い出させてしまいましたか?」
「いいえ、そんなことはありません。お父様が私を愛していたのは事実です。しかし――あの人はそれ以上に平和を愛していました。私の記憶にあるのは、いつも朝早く仕事に出かけたまま帰ってこない父の姿です。私とお母さまはいつも父の帰りを待っていました。そしてある朝、いつもと同じように出かけてようとして――サウザントルル家の屋敷は襲撃されたのです」
「……申し訳ありません。やはりイヤな記憶でしたね」
「事実ですから仕方ありません。それよりも私、イル君のお父さまのことが気になるのです。もうこの屋敷に来て一週間になりますが、イル君はご両親の話をされませんね? ひょっとして、あのとき傷だらけで倒れていたことと関係があるのですか?」
変なところで鋭いお嬢様だ。
僕は頷いたあとで、サナが目を瞑っていることを思い出し、口を開いた。
「その通りです。僕は父親に家を追われたんです。……まあ、元々あそこに僕の居場所はなかったんですけど」
「イル君のお家……エッヂア家ですか?」
「はい」
「代々騎士の家系で、王国の騎士団に大きな影響力を持つ?」
「……ご存じだったのですか?」
「落ちぶれたとはいえ御三家ですから。王国の―――それも、政治中枢のことはそれなりに知っているのです」
「そうでしたか」
考えてみれば当たりまえの話か。
騎士団への命令権を握っているのは御三家。エッヂア家の名前を知っていてもおかしな話じゃない。
「同時に納得もしています。イル君があんなに強いのは騎士の血を引いているからですね?」
「そうかもしれませんけど、僕はそうは思いません。僕は―――剣の才能のない落ちこぼれですから」
僕の言葉に答えるようにサナは目を開け、首を振った。
「剣の扱いだけが強さを測る指標ではないのです。イル君は強いですよ」
「……だといいんですけど」
僕がやったのは、黒服のゴロツキを数人痛めつけただけだ。
もっと強力な敵が現れたら―――いや、まあ、何とかなりそうな気がしてきた。
サナが強いと言うのだから、きっと僕は強いのだろう。




