第20話 殺される可能性
「良い香りですね。執事さんはいつからこのお屋敷に?」
「一週間前からです」
「なるほど。サナ様はずっと一人でお住まいだと聞いていましたから、あなたがいて意外に思っていたんです」
「は、はあ、そうですか……」
再び部屋が静かになった。
ロデリアさんは音も立てずにお茶を飲む。
僕は特にすることもなく、窓を眺めていた。
少し曇っている。磨きが足りないな。後でちゃんと掃除しておこう。
「近いうち、この国は戦争になります」
「……え?」
「国境では既にシュヴァルツマヴロ帝国との戦闘が起こっています。今はまだ外交の努力で公にはなっていませんが、このまま主戦派――戦争を起こしたがっている方々ですね。彼らが政治を行い続ければ、そう遠くないうちに侵攻作戦が実施されるでしょう。それも、帝国と魔導国の二国を相手に」
「そうなると、どうなるんですか?」
僕が尋ねると、ロデリアさんは間髪置かずに言った。
「人が死にます」
「人が……」
「戦争は始まってしまえばどちらかが滅ぶまで終わりません。大勢の人が死ぬでしょう。まだ外交で解決できるうちに手を打たなければいけない……そのためにサナ様の力が必要なんです」
「だけど、サナはそれを身代わりのためだって……」
「サナ様のお父上、ミルド様は立派な方でした。あの方は御三家の中で唯一平和を謳い、我ら平和外交派を導いてくださったのです。しかし――他の二家の行動が速すぎました。我々がミルド様の件を察知したときには、すでにあの方は処刑されていました。サナ様にはそれが、我々がミルド様を裏切ったように見えたのでしょう」
なるほど。
僕には難しい話はよく分からないけれど、とにかくサナのお父さんはロデリアさんたちに味方して、そのせいで暗殺されたってことか。……一族もろとも。
だったら、僕が確認しておくべきことはひとつ、か。
「質問があるんですけど、ロデリアさん」
「なんでしょう。私が答えられることであれば」
「サナがあなたたちに味方することで、サナが殺されてしまう可能性はどのくらいあるんですか?」
ん、とロデリアさんが呻く。
それから彼女はゆっくりと口を開いた。
「どのくらい――と、はっきり言うことはできません。しかし―――ミルド様のことを考慮すれば、サナ様が殺されてしまう可能性は存在します。それも、低くない程度に」
「そうですか。じゃあやっぱり、あなたにはお引き取り願うしかありませんね」
「……ですが、サナ様のお力があれば多くの命を救うことができるかもしれないんです」
「だとしてもです。僕の仕事はサナを守ること。いたずらにサナを危険な目に遭わせるわけにはいきません」




