第14話 思い出の菜園
両腕の神経が焼ききれる寸前で、ようやく皿の山が片付いた。
そうしてきれいになった皿の一枚をテーブルの上に置いてパンを盛り付けたとき、バスタオルを片手に、サナが戻って来た。
さっきと同じ格好なのは、きっとさっきまで着ていた服を着なおしたからだろう。
「久しぶりのシャワーでした……ってあれ? なんだかお部屋がきれいになっていませんか?」
「お嬢様のために、勝手ながら片付けさせていただきました」
「ええーっ!」サナが両手を上げてオーバーに驚く。「私が一年かけても片付かなかったのに、この一瞬でですか⁉」
「……念のため聞きますけど、どのように片づけを?」
「それはもう、衣服を一枚畳むのに一日中格闘を……そうしているうちに夜が来ますから、寝間着に着替えて、畳まなきゃいけないお洋服がどんどん増えていく一方だったのです」
よくもまあそんな大量の服を持っていたものだなあ、と僕は思った。
そういえばベッドのあった部屋には衣装箪笥があったから、衣服の洗濯が終わったらそっちに片付けておこう。
「さてお嬢様、そろそろ食事の支度ができますよ。席についてお待ちください」
「あ、朝ごはんまで⁉ イル君仕事しすぎです! 超過労働ですよっ」
「このくらい前の屋敷に比べれば大したことありません。さ、席へ」
「わあ……パンがふわふわです」
「軽く火を通しておきました。スープをご用意します。少々お待ちを」
僕は台所まで戻り、ちょうどいい温度になったスープを皿に盛りつけた。
うん、この匂いだ。
皿をサナのテーブルへ運ぶと、サナが目を輝かせた。
「いい香り……このお野菜はどちらから?」
尋ねられてハッとした。
雑草に交じって生えていたものなんて、サナほどのお嬢様が口にするのだろうか。
僕なら多少泥がついていても食べるけれど――もしかしたら無礼なことをしてしまったかもしれない。
「すみません、お嬢様。実は菜園に生えていたものをスープに入れたんです。食べられるものとはいえ、雑草と一緒に生えていたものをお嬢様に食べさせてしまうなんて……」
「菜園というのは、お庭の菜園のことですか?」
「は、はい」
「そうですか……この葉はあの菜園で育ったのですね」
スプーンで掬った野草を見ながら、サナが呟く。
「申し訳ありませんお嬢様。すぐに下げますので」
スープ皿に手を伸ばそうとした僕だったが、サナの言葉に止められた。
「その必要はありませんよ、イル君。私は嬉しいのです」
「う……嬉しい?」
「あの菜園は、生前のお母さまが大切にされていた場所なのです。私覚えています。この葉野菜もお母さまが育てられていたもの。その種が残っていて、こうしてまた葉をつけたのでしょう。私は、お庭の手入れが下手で、お母さまが死んでしまってからはすぐ枯らしてしまったけど……」
サナの声が震える。
その瞳から零れた涙が頬を伝った。
「お嬢様……」
「元々、このお屋敷はサウザントルル家の別荘でした。お母さまはお庭の菜園を気に入られていて、春ごろになるとよく家族で訪れていたのですよ……」サナは在りし日を思い出すように呟いたあと、スープを口に含んだ。「美味しいです、イル君。本当に美味しい」
サナの両目から涙が次々と流れた。
僕はどうすれば良いのか分からなくて、そのまま立ち尽くしていた。
そんな僕を見てサナは言う。
「イル君も座るのです」
「え?」
「イル君も一緒にご飯を食べましょう? 一緒に食べると、きっともっと美味しくなりますよ?」
両手で涙を拭った後、サナは僕に微笑みかけた。
一瞬遅れて何を言われたのか理解して、僕は急いで自分用のスープとパン用の皿を台所から持ってきた。
小さいテーブルにサナと向かい合って座る。
自分で作ったスープを啜ると、ちょうどいい温かさで、香草の風味がした。
そういえば僕もこうやって誰かと食事をするのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
「ね、美味しいでしょう?」
サナが僕の顔を覗き込む。
僕は頷いて、答えた。
「美味しいですね、お嬢様」
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