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第12話 浴場

「……わ、分かりました。では脱衣所の外で待っておきますね」

「絶対離れちゃダメなのですよ。遠くに行ったら許しませんからね」


 サナが強く僕を睨む。

 僕は頷いた。


「お嬢様のご命令であれば」


 脱衣所を出る。

 ……お嬢様の執事も思っていたより大変なのかもしれない。

 しかし―――何か大きなチャンスを逃した気がする。

 僕が躊躇うことなくサナの服を脱がせていれば……いや待て、僕はそんな性欲にまみれた人間じゃないはずだ。


 浴場・・欲情・・するような真似は……!


「イル君、ちゃんとそこにいますか?」


 お風呂の方からサナの声が響いて来た。

 同時に、シャワーの音が。


「もちろんいますよ」

「勝手にいなくなっちゃダメですからね」

「分かってますって」


 とはいえ、と僕は考える。

 どのくらいの期間かは知らないが、サナもこの屋敷の中で独り暮らしていたはずだ。

 お風呂に入ってないってことは……ない、でもないのかな。

 そういえば僕が寝ていたあのベッド、サナ以外に住人がいないのなら、あれはサナのベッドだったってことだよな。


 やけに甘い香りが―――香水とかああいう感じじゃなく、人の身体の匂いってはっきり分かるような香りがした、ような……。


 僕の背中を汗が一筋伝った。

 そして、サナには今日からは毎日ちゃんとお風呂に入ってもらおうと思った。


「きゃあっ!」


 突然、欲情――じゃない、浴場の方からサナの悲鳴が聞こえた。

 僕は咄嗟に脱衣所の扉を開け、風呂場に突入していた。

 ぬるい湯気が僕の頬を撫でた。


「お嬢様、大丈夫ですか!」

「せ、石鹸で足を滑らせてしまって……あ」


 サナと目が合う。

 僕の眼前には、一糸まとわぬ姿で床にしゃがみ込むサナの姿があった。


 全部見えた。


 足の先からふくらはぎ、太腿、その付け根、小さい臍、腰のくびれ、華奢な体躯と白い肌、腕についた薄い贅肉、細い指先、鎖骨、折れそうな首筋、水にぬれてきらきらと輝く金髪―――そしてぽかんと開けた可愛らしい口と、丸く開かれた大きな蒼色の瞳。


「あ……っと、まあ、無事なら何よりです……」


 僕はバクバク鳴る心臓に気付かないふりをして、平静を装ったまま風呂場を出た。

 風呂の戸を閉めた瞬間、中からサナの大声が聞こえた。


「は―――入ってくるのもダメなのですーっ!」








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