第10話 本物のお嬢様
「で、お風呂ってどこですか?」
「急に敬語に戻りましたね、イル君……」
「執事ですから。で、お風呂は?」
「右手のお部屋です」
「右手の……」
サナに言われるまま、僕は右手の突き当りにあった部屋のドアを開ける。
その先には脱衣所と、もう一つ扉があった。恐らくはあの向こうに浴場があるのだろう。
周囲には脱ぎっぱなしの衣服が散らばっていた。
僕はできるだけスペースが空いている箇所を探してサナを下ろした。
うーん、片付けをした方がいいな、これは。僕の執事としての最初の仕事は恐らく洗濯になるだろう。
「イル君」
名前を呼ばれて振り返ると、サナが何かを訴えるような目で僕を見ていた。
「……あ、そうか。お風呂ですもんね。僕、すぐ出ていきますから」
僕が言うと、サナは首を振った。
「違います、イル君。まだお仕事が終わっていませんよ」
「え? ああ……片付けはお嬢様のお風呂が終わってからやっておきますから。それまでは、そうですね、居間の掃除と朝食の準備でもやっておきましょう」
「だから違うのです。ここはお洋服を脱ぐところで、お風呂ではないでしょう?」
「まあ、それはそうですけど……?」
一体何が言いたいのだろう、このお嬢様は。
僕がサナの真意を測りかねていると、サナはゆっくりと口を開いた。
「それではイル君、私の服を脱がせて、お風呂に入れてください」
一体何を言い出すのだろう、このお嬢様は。
さすがに冗談だろうと思ったが、サナの目は本気だった。
僕をからかおうなんて色は一切見られない。
ちなみに僕は屋敷の連中から嫌がらせを受けすぎて、相手の言葉が本気なのかふざけているのか見分けられるという能力を身に着けてしまった。例えば、排水溝に落ちたパンを食べろとか訓練生用の剣を1000本明日までに研いでおけとか火のついた煙草をくわえたまま口の中に入れて火を消さずに水を飲めとか――――うわ、嫌な記憶が蘇ってきた。
とにかく何が言いたいのかというと、サナは僕に本気で服を脱がせて風呂に入れろといっている、ということだ。
「……マジすか」
「マジに決まってるじゃないですか。お風呂といえばそういうもの―――ではないのですか? 以前はメイドに身体を洗ってもらったりしていたのですが……」
困惑したように眉を顰めるサナ。
いや、困惑してるのはこっちの方なんですけど。
本場のお嬢様は執事に脱がせてもらって風呂に入り、身体も洗ってもらうのか……!




