1 『あら、この孤独なSilhouetteは…』
『あの…これは一体、なんでしょうか?』
垂れ幕や色とりどりなテープ、さらには観葉植物にクリスマスっぽい飾り付けが施されたカラフルなギルドの応接室で、アルテナさまは呟いた。その表情には小さな驚きが浮かんでいる。
そんなアルテナさまに、ワタシは答えた。
「なにって、アルテナさまの歓迎会じゃないですか」
忙しい中、ワタシたちは頑張ったんだよ?繭ちゃんや白ちゃんだけじゃなくて、無関係のサリーちゃんまで手伝ってくれたのだ。まあ、サリーちゃんは繭ちゃんの厄介なタイプのストーカーなので、繭ちゃんと同じ空気が吸えればそれで満足していたようだったけれど。
『いえ、その、歓迎会は分かりますけれど…そのことはワタクシもとても嬉しいですし、感謝もしているのですが』
「え、何か不備でもありました?」
もしかして、ワタシが昨日この部屋でイカ墨をぶちまけてしまったのがバレたのだろうか?まだ匂いが残っていたのだろうか?
『いえ…あの垂れ幕なのですが』
アルテナさまは、壁にかけられた垂れ幕を指差していた。
「あれがどうかしましたか?」
その垂れ幕には、ちゃんと『ようこそアルテナさま!』と書かれている。誤字も脱字もそこにはない(ちょっと字体が斜めになってはいるが)。けれど、女神さまは言った。
『その、少し言いにくいのですが、ワタクシの名前の下にバツ印があって、元々は『ようこそぬけぬけさま!』と書かれていたようなのですが…それが気になってしまいまして』
確かに、あの垂れ幕は前回の歓迎会からそのまま流用したものだ。
「けど、それはしょうがないですよ。だって、アルテナさまがこっちに来るって言ったの一昨日じゃないですか。新しく垂れ幕を用意する時間がなかったんですよ。歓迎会の準備だって突貫でやったんですからね」
『いえ、不満というわけではなくてですね…その、『ぬけぬけさま』って、どなたですか?』
女神さまは、不思議そうな表情で不思議そうに尋ねてきた。
「え、『ぬけぬけさま』は『ぬけぬけさま』じゃないですか。『ぬけぬけさま』のお陰で以前の事件も解決できたんじゃないですか」
『ワタクシの知らないところで『月島さんのお陰じゃないか!』みたいなことになっていませんか!?』
などと、女神さまがよく分からないことを叫んでいたところに、「お待たせー、お料理を持ってきたよー」と、繭ちゃん白ちゃんが色とりどりの料理を運んできてくれた。
今日は、これからアルテナさまの歓迎会だ。
繭ちゃんも、久しぶりにアルテナさまに会えたからかテンションが高い。さっきからアルテナさまにべったりだったのだ…というか、ワタシも本気で思っていた。アルテナさまには、二度と会えないだろう、と。それが、また、こうして会うことができた。会って直接、話をすることが、できた。どうやら、ワタシもひっそりと気分が高揚しているようだった。
「じゃあ、料理も揃ってきましたし…乾杯しようよ!」
上機嫌の繭ちゃんはそう言ったので、ワタシが一つ提案をした。
「それなら、アルテナさまが乾杯の音頭をとってくれますか?」
『え、ワタクシ…ですか?』
アルテナさまはちょっと驚いた表情をしていたが、周囲を見渡してから一つ咳払いをした。どうやらやってくれるようだ。
『では、僭越ながらワタクシが挨拶をさせていただきますね。みなさん…アリーヴェデルチ!』
「…アリーヴェデルチはさよならの挨拶なのですが」
本気なのかネタなのか、判断に迷うボケはやめて欲しいのですが。
そして、本格的に歓迎会は幕を開けた。
『あ、この温野菜のサラダ美味しいですね』
アルテナさまは、キャベツに舌鼓を打っていた。ただ、そんな女神さまは、いつの間にか『本日の端役』などと書かれたタスキをかけていた…主役じゃないのかよ。誰が用意したんだよ、それ。というか、聞きたいことは他にあった。
「その体…本体じゃないんですよね?」
事前の説明では、アルテナさまの肉体は今も天界にあるらしく、精神だけをこの体…『化身』と呼ばれる疑似の肉体に移しているという話だった。そういう裏技めいた奇跡を使わなければ、女神さまといえどこちらの世界に来ることはできないそうだ。
『ええ、本物のワタクシの体ではありませんけれど、こうしてお食事を味わうこともできるのですよ』
「すごい…ですね」
ワタシは嘆息したが、破格の奇跡ならば、アルテナさまはこれまでにいくつも見せてくれていた。その最たるものが、ワタシたちの『転生』だ。なので、今さらと言えば今さらかもしれない。
「アルテナさま!こっちのチキンの香草焼きも美味しいよ!」
『あら、本当に美味しいですね。ありがとうございます、繭ちゃん』
「えへへー」
アルテナさまにお礼を言われ、繭ちゃんはご満悦だった。本当に、久しぶりに会えたアルテナさまとの時間を喜んでいる。繭ちゃんの中では、多分、アルテナさまは『お姉ちゃん』なんだ。家族を残して異世界に来たワタシたちは、どこかで家族を求めている。特に、繭ちゃんはその傾向が強い気がする。
「お料理はね、ほとんど慎吾お兄ちゃんが作ってくれたんだよ。慎吾お兄ちゃんはとっても料理上手なんだ」
繭ちゃんは、次は自慢の『お兄ちゃん』を自慢した。
『それはすごいですね。慎吾さんは料理男子だったのですね』
アルテナさまも、繭ちゃんの『お兄ちゃん』自慢を楽しそうに聞いていた。
「いや、オレは別に料理が上手いわけじゃないですよ」
そこに、慎吾が新しい料理を運んできた。オーブンで温めていたグラタンが出来上がったようだ。
『そうなのですか?慎吾さんのお料理はとってもデリシャスですよ』
「まあ、こっちに来てから料理する回数は増えましたね…花子に任せると夕飯がにんにくまみれになりますから」
「え、にんにくは滋養強壮にいいんだよ!?」
なので、当然ワタシは反論した。にんにくが不当に貶されることを、ワタシは絶対に許さない。
「問題なのはにんにくの量なんだよ…あと、滋養強壮って言っとけば免罪符になると思うなよ?」
言いながら、慎吾はワタシの取り皿にグラタンを入れてくれた。
「でもさ、慎吾!それを言うなら雪花さんのごはんの方がひどいよね!?」
「え、拙者の料理はちょっと見栄えが悪いくらいでござるよね!?」
「料理下手なのに「おあがりよ!」って無理くり『漫画飯』を再現しようとするのやめてもらえます!?」
そうなのだ。この人、元お嬢さまだからか料理がすっごい下手なんだよね。それなのに、料理漫画のごはんとか再現しようとしてぐっちゃぐちゃになったりするんだよ!?食べられなくはないんだけどさぁ。
「まあ、こんな感じなんで、必然的にオレが食事当番になる回数が増えました。あ、そうだ。アルテナさまもお酒とか飲みますか?」
そこで、慎吾はシャルカさんを一瞥してから尋ねた。シャルカさんは、アルテナさまの歓迎会に託けて既に飲んでいる。今日の朝から。ずっとノンストップで。
『あ、いえ…お酒は遠慮させていただきますね』
「アルテナさまはお酒は飲まないんですね」
そういえば、この女神さまからそんな話は聞いたことがなかった。
『ええ…実はちょっと痛風気味ですので』
「アルテナさま健康面にバクダンを抱えすぎじゃないですか!?」
確か痔も抱えてたよね!?
聞いたことないよ、そんな女神さま!?
『なので、お酒はやめておきますね…せっかく勧めてくだったのに申し訳ないのですが』
「いえ、気にしないでください。じゃあ、料理もあっさり目のやつを取りますね」
言いながら、慎吾はアルテナさまの取り皿に野菜中心の料理を取り分けていく。
『ありがとうございます。慎吾さんが、この中では一番の『お兄さん』みたいですね』
アルテナさまは、慎吾を見て微笑んでいた。いや、ワタシたちみんなを見て微笑んでいた。
ワタシたちがこちらの世界に来て上手くやれていることを、心底から喜んでくれているようだ。
そして、慎吾が褒められたことで鼻高々になっているちびっ子(地母神さま)もいた。
『ふん、ダーリンはわらわ様の『ダーリン』じゃからな』
『あら、この孤独なSilhouetteは…』
『これだけ明るい室内でシルエットもくそもないじゃろ…』
アルテナさまのボケにそう返していたのは、地母神さまであるティアちゃんだ。
そういえば、この二人は既知の間柄だという話だった。そして、既知の間柄らしく、ティアちゃんはアルテナさまに問いかけていた。
『天界の女神さまが、何をしにこっちに来たのじゃ?』
『ええと、実は…こちらで売っているブルーベリーシュークリームを買って来いと言われまして』
「女神さまがパシらされてるんですか!?」
重ね重ね聞いたことないよ、そんな女神さま!?
思わず女神さまたちの会話に口を挟んじゃったよ。
『まあ、ワタクシの贖罪と言いますか…そんな感じなのですか』
「…また何か失言でもしたんですか」
この女神さま、『バカとブスこそ異世界に行け!』とかSNSで呟いて炎上したらしいからなぁ。それ言って許されるのはあの人くらいなんですよ。
『後輩の天使ちゃんが『天界オリンピック』の『バサルーション』で優勝したの…ですけれど』
「…え、なんて?」
なんですか、『天界オリンピック』って…『バサルーション』ってどんな競技なんですか。
『その子に見せていただいた金メダルを齧ったら、ネット上で大炎上してしまいまして』
「どっかの市長がそれやって大変なことになったでしょ!?」
相変わらず何してんの、この人!?
ゴシップに事欠かない女神さまって何!?
『その罪滅ぼしとしてシュークリームを買いに来ました』
「寧ろよくそれで許してもらえましたね!?」
寛容すぎない!?
そして、女神さまはさらに言った。
『ついでに、花子さんの中の『邪神の魂』を消滅させに来ました』
「へー、ワタシの中の『邪神の魂』…を?」
…今、この人は、何と言った?
「あの、アルテナさ…」
『あー!?そこにいるのは大神族さんじゃないですか!?』
聞き返そうとしていたワタシを押しのけ、アルテマさまは叫んだ。
白ちゃんを見て、叫んでいた。
…大神族さん?
…白ちゃんが?
「っていうか…アルテナさま」
白ちゃんのこと、何か知ってるの?
ずっと、白ちゃんは謎のままだったのだけれど?
そう尋ねようとしたワタシだったけれど、その声は、それどこではなくなった。
「え、ちょっと…シャルカ殿が寝ゲロを吐いたでござるよ!?」
そんな雪花さんの叫び声が聞こえてきたからだ。
「…………」
あー、もうめっちゃくちゃだよ!?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本編とは全く関係はないのですが、やきうの時間が始まりました。いいですね、スポーツは。
今年は佐藤選手が30本くらいホームランを打ってくれることを期待しております。
それでは、本編とはまったく関係のない後書きを終わらせていただきます。
次回もよろしくお願いいたしますm(__)m




