『一万年と二千年くらいお待たせしてしまいましたでしょうか?』
「…………」
見上げた青空は茫洋としていて、果てがなかった。
高い空には輪郭がなく、ちっぽけなワタシには、この空の全体像など把握できるはずもない。
ただ、この果てのない青空の先であろうとも、どこにもワタシの家族はいなかった。
ワタシとワタシの家族は、世界そのものを隔てられてしまったからだ。
「…………」
贅沢を言える立場にはないんだけどね。
ワタシは、一度目の命を失った。
けれど、このソプラノと呼ばれる異世界へと転生を果たした。
そして、二度目の命を与えられた。病弱だった体ではなく、健やかな体を与えられて。
喉から手が出るほど欲しかった、病気にも負けない健気な体だ。
その健やかな体にもこの異世界にも、ワタシは少しずつ馴染んでいった。
少しずつ少しずつ、根を張るように。
けど、ワタシがこの世界に馴染めば馴染むほど…ワタシとワタシの家族のつながりが薄れていくような、気がした。
元の世界に置いてきたはずのワタシの輪郭が、ぼやけていくような、気がした。
…そんなこと、あるはずないんだけどね。
「まだかなまだかなー」
商店街の端に設置されたベンチに座った繭ちゃんは、足をプラプラと揺らしながら謡うように呟いていた。
「もうそろそろ…のはずなんだけどね」
ワタシは、時計塔で時間を確認した。約束の時間はもうすぐだ。
「花ちゃんも早く会いたいよねー?」
「そう…だねー?」
テンションの高さから、繭ちゃんが本気で『あの人』に会いたがっていると理解できたが、ワタシとしてはまだ半信半疑だった。本当に、『あの人』がこの街に来るのか、と。しかも、その一報を聞いたのが二日前だ。心の準備だってできてないよ?
そして、そのお出迎えにはワタシと繭ちゃんの美少女コンビ(誰がなんと言おうと)が駆り出された。
『あ、お久しぶりですねぇ』
と、そこで声をかけられた。ワタシは、声のした方に振り向く。
「え…リリスちゃん?」
ワタシに声をかけてきたのは、リリスちゃんだった。
けれど、この子ではない。
ワタシと繭ちゃんがお出迎えに来た相手は。
『何をしているのですか、先生』
リリスちゃんは、ワタシのことを先生と呼ぶ。探偵という意味での先生だが、おそらくこの子はワタシのことなど毛ほども尊敬していない。発音だって、どちらかといえば『センセー』だからね。そんなリリスちゃんに、ワタシは事情を説明した。
「ちょっとね、人を迎えに来たんだよ」
『なるほど、先生にはお似合いの子供のお使いですね』
「…まあ、難しい仕事じゃないけどさ」
本当にワタシに対する敬意とかないよね、この子…まあ、ワタシになついてくれてるのは分かるんだけどさあ。オヤツとか色々と分けてくれるしね…蝉の素揚げとかだけど。
「そういうリリスちゃんこそ、何をしてるの?」
そういえば、プライベートがかなり謎なんだよね、この子。「普段は何をしてるの?」って聞いても『そういう質問を秘書を通してください』とかのたまうし…秘書なんかいないでしょ?
けど、この質問にはリリスちゃんは普通に答えた。
『私は日課の情報収集ですよぅ』
「情報収集…?」
『街中を歩き回って『謎』の収集をしていたんですよぅ』
「…ああ、そうかぁ」
リリスちゃんは『探偵ごっこ』が趣味で、そのために『謎』を探し回っていた。ワタシも、何度も付き合わされている。そのほとんどが徒労に終わったけれど。
なので、ワタシは何とはなしに聞いてみた。
「面白い『謎』は見つかった?」
『ええ…『幽霊』の噂話が聞けました』
「ゆう…れい?」
え、本当に見つけてきたの…?
というかワタシ、ホラーはガチNGなのですけれど?ちびっちゃいそうになるのですけれど?
『なんでも、『昼間に出歩く幽霊』だそうですよ。なので今度、一緒にその幽霊の謎を調べに行きましょうねぇ、花子先生』
「…いやです」
『先生に拒否権なんてあるわけないじゃないですかねぇ』
「リリスちゃん本当にワタシのことをこき使うよね!?」
ワタシが先生なんだよね!?
『では、今日のところはこれでぇ』
リリスちゃんは、そこでそそくさと立ち去って行った。
そんなリリスちゃんの背中を見送りながら、ワタシは一つぼやいた。それくらいの権利はあるはずだ。
「リリスちゃん…ワタシのことなんだと思ってるんだろ」
「ボク…あの子、ちょっと怖いかも」
珍しく、繭ちゃんがそんな言葉を口にした。この子が、ダレカのことを悪く言うことなんてないんだけど…いや、悪いとは言ってないのか。一応、ワタシはフォローをしておくことにした。
「まあ、リリスちゃんは普通の子…じゃないけど、悪い子ではないと、思うよ」
最近ちょこちょこ一緒にいるけど、ダレカを傷つけたりはしない子なのだ…ワタシのことはこき使うけど。
「それよりほら、もうちょっとだよ」
もう一度、時計塔で時間を確認した。
約束の時間は、少しだけ過ぎていた。
これからこの場所に来るのは、ワタシたち全員に深い関わりがあり、ワタシたち全員の恩人でもある『あの人(?)』だ。
けれど、本当に来るのだろうか?この王都に、来られるのだろうか?
そんなことをつらつらと考えていたワタシの背後から。
『お久しぶりですねぇ』
声が、かけられた。
セリフは同じだが、その声の主はリリスちゃんではない。
そこにいた若い女性、金色の髪を棚引かせていた。
「本当に…お久しぶりですね」
ワタシも、そう返事をした。
そこにいた、アルテナさまに。
その場所に立って女神のように微笑んでいたのは、女神であるアルテナさまだ。
そんな女神さまが、口を開いた。
『すみません、一万年と二千年くらいお待たせしてしまいましたでしょうか?』
「…あいさつ代わりにボケてくるのやめてもらえます?」
出会い頭にボケてくる女神さまというのを、ワタシは他に知らない。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
色々と考えることもあり、少し時間がかかってしまいました><
できるだけ早く続きは書きたいとは思っておりますので、よろしくお願いいたしますm(__)m




