25 『憧れが止められなかったんだよ!』
「はい、何か釈明はありますか」
「ええと、その、ですね…その件につきましては、ですね」
繭ちゃんのジト目から逃れるように視線を落としながら、ワタシはそこで口籠もる。なんとか言い訳を考えねば。
「はい、花ちゃんは言い訳しない」
「釈明は許されているのでは!?」
無惨さま並みの理不尽さ!?
ワタシ、繭ちゃんをそんな子に育てた憶えはないよ?
「まあまあ、花子も頑張ったんだからその辺でいいじゃないか」
「慎吾…」
繭ちゃんに叱られていたワタシに、慎吾が助け舟を出してくれた。今日はこれで二回目だね、慎吾が助けてくれるの。
「でも、慎吾お兄ちゃん。花ちゃんは甘やかしたらその分だけ調子に乗るよ?」
「そ、そんなことないよ!?」
っていうかワタシ、繭ちゃんにそんな風に思われてたの!?
なんで?
この間、マラソンの練習で慎吾に褒められた後でにんにくラーメン二杯も食べたから?にんにくチャーハンも追加で食べたから?
「そうでござるよ、慎吾殿」
今度は雪花さんがしゃしゃり出てきた。
「ゴール寸前で余裕ぶってペッパーミルパフォーマンスなんかしてるから、鬼に捕まったりするのでござるよ」
「憧れが止められなかったんだよ!」
ワタシの人生にだって、一回くらい脚光を浴びる瞬間があってもいいと思うの!
ちょっと羽目を外すくらい目立ってみたかったの!
…まあ、そのせいで鬼に捕まっちゃったんだけど。
「…………」
この『リアルかくれんぼ』で勝者となるためには、三種類の『お宝』を獲得し、ゴールをする必要がある。
ワタシは『勇者』さんとの勝負に勝った。
そこで、三種類目の『お宝』を獲得した。
あとは、ゴールを目指すだけとなった。
ワタシが三つ目の『お宝』を獲得したことでゴールの場所も開示され、ワタシはそこに向かうだけだった。当然、ワタシはゴールを目指して駆け出したよ。
「…………」
ゴールの前には何人もの観客がいた。ゴールの場所が公開されたことで、そこに人が集まったのだ。
自分の勝利を確信したワタシは、そこで、余裕を見せて観客にアピールなどしてしまった。
…そこを、鬼に捕まった。
というか、騎士団長であるナナさんに捕まった。
あの人、本当に空気とか読んでくれないんだよね。
そして、慎吾や繭ちゃんたちと仲良く『牢屋』にぶちこまれている、というわけだ。しかもこの『牢屋』、ちゃんと鉄格子なんだよね。
「けど、ワタシの百万円が…にんにくユートピアが」
手を伸ばせば届く距離にまで迫っていたというのに。
「さすが花子殿。調子に乗ると痛い目に遭うという、古典漫画のようなオチでござったな」
「本気の失敗には価値があるって聞いたことあるもん!」
っていうか。
「雪花さんだってひっどい捕まり方してたよね!?ワタシ、雪花さんにだけは言われたくないんですけどぉ!?」
「拙者には高度な罠が仕掛けられていたのですが?」
「美少年のブロマイドにほいほい釣られただけじゃないですか!」
それで鬼に見つかって捕まったんですよね!?
野生の猿だってそんなの引っかからないよ?
「半裸の美少年とかそれだけでプレミア物なのでござるが!?」
「また投獄されるようなこと口走るの止めていただけます!?」
一回、逮捕されてるんだよね、この人。しかも、その発端が同人誌を描いたからだった。しかも、この王都の第一王子と第二王子のBL漫画だ。そんなものを描いたんだから、打ち首にされたって文句は言えないよ?何とか事なきは得たけど、あの時は本当に大変だった。
その後、ワタシと雪花さんは喧々諤々とやり合った。慎吾と繭ちゃんは我関せずを貫いていたけれど。
しばらくして、ふと見たら慎吾が背後の観客席にいる子供たちと何かを話していた。この『牢屋』は会場の隅っこの方に設置されているが、その後方は観客席になっていたし、魔法を使用したプロジェクターのようなものでゲームの様子は中継されていた。意外とすごいことできるな異世界と思っていたら、その魔法を使用していると思しき魔術師さんたちはすっごい疲労困憊だった。お疲れさまです。
「え、ほんとにそんな技があるの?」
慎吾と話していた少年が、驚きの声を上げている。
慎吾は、その少年に言った。
「ああ、玉の方を持って、本体の方を振り上げるんだ。で、真ん中のでっぱりを玉の穴に入れるんだよ。やってみな」
「えー…でも、そんな難しいのできるかな」
「最初は無理でも、練習してたらいつかはできるようになるよ」
慎吾は、近所の子供たちに野球を教えている時のような声で観客席にいた少年と話をしていた。
なんとなく気になったワタシは、慎吾たちの会話に混ざりに行った。
「慎吾、何の話をしてるの?」
「ああ、あれだよ」
慎吾が指を差した先にいたのは、三人の少年たちだったが、その子供たちに、ワタシは見覚えがあった。シスターのクレアさんが面倒を見ている、孤児院の子たちだ。けど、この時、ワタシの目を引いたのは彼らが手に持っていたモノだった。
「あれって…けん玉じゃないの?」
日本人なら知らない人はいないと思えるほどの、伝統的なおもちゃだ。
「でも、けん玉なんてこの国に売ってたっけ?」
繭ちゃんと一緒に、何度か王都のおもちゃ屋さんにも足を運んだことはあるけれど、ワタシは一度もけん玉が売られているところを見たことがない。
「ああ、オレもそう思ったから、あの子たちに聞いてみたんだよ。そしたら、あの子たち言ったよ。あのけん玉はもらったんだってさ」
「…もらった?」
「一年に一回くらい、匿名で孤児院に服とか本とかおもちゃなんかをプレゼントをしてくれる人がいるらしいんだよ。そのプレゼントの中に入ってたって言ってた」
「匿名で…プレゼントって」
以前、聞いたことがある。孤児院の子たちから『聖人』さまと呼ばれている正体不明の人だ。そうか、その『聖人』さまがプレゼントしたのか。
「…でも、ちょっと待って?」
…この世界では売っていないはずの、けん玉を?
じゃあ、『聖人』さまはどこでけん玉なんて手に入れたの?
まさか、作ったの?
「ねえ、君たち…」
気になったワタシは、子供たちに声をかけようとしたのだが。
「まったく、なんで騎士たちがお前を捕まえるんだよ!」
そんな声が聞こえてきた。
しかも、その声には聞き覚えがある。
なので、ワタシは『彼女』に話しかけた。
「カールさんじゃないですか」
この『牢屋』の隅の方にいたので気付かなかったが、そこには元男の現女というややこしい経歴を持つ『勇者』さんがいた。けど、いるのは当然か。ワタシと勝負したあの『課題』では、負けた方が強制的にリタイアだったんだから。
「あれ、アイギスさんもいたんですね」
カールさんと一緒にいたのは、あのアフロにサングラスの人…アイギスさんだ。この人とは一緒に『課題』をクリアした。ちょっとした戦友といったところだ。
「ああ、捕まっちゃったよ。せっかく、お宝を三つとも集めたっていうのにさ」
アイギスさんはアフロの頭を掻きながら、サングラスの奥の瞳で笑っていた。相変わらず、人懐っこい微笑みを浮かべている。
けれど、『勇者』さんは、笑ってはいなかった。
「笑い事じゃないだろ、どうすんだよ」
「どうするも何も…どうしようもないだろ?」
「お前は勝たなきゃいけなかっただろ!」
すごい剣幕で、『勇者さん』は捲し立てる。
理由は分からないが、アイギスさんがカールさんに責められている。
けど、『勝たなきゃいけなかった』?アイギスさんが?
カールさんは、このゲームの勝者になるつもりはないと口にしていた。
それは、ダレカを勝たせるためだ。
それが、アイギスさんだったんだ。
…けど、なぜだ?
「…いや、別に俺が勝たないといけないとか、そんなルールはないはずだろ」
「あるんだよ、お前にだけは!お前だけなんだよ、この賞金を受け取っていいのは!」
カールさんはさらに捲し立てる。
というか、アイギスさんにだけ、賞金を受け取る権利があるってこと?
「いや、でも…やっぱり、権利はみんなにあるはずだろ?」
「じゃあ、お前以外に誰があの子たちの…」
「おい、後ろにいるんだぞ!」
何かを言おうとしていた『勇者』さんを、アフロのアイギスさんが遮った。そして、二人して背後の観客席に視線を向けていた。
そもそもどういう関係なのだろうか、この二人は。
カールさんは、ワタシに鬼をけしかけたことを誰かに怒られた言っていた。
それはたぶん、あのアイギスさんだ。
けど、『勇者』を叱ることのできる人が、この王都にどれだけいる?
そして、そのアイギスさんをカールさんが勝たせようとしていたのは、なぜだ?
「…何をしてるんですか、雪花さん?」
いつの間にか、雪花さんがワタシに盾にして身を隠していた。
「いや、その…あそこにいるのは」
「あそこって…あの女の人ですか?『勇者』らしいですよ」
ワタシにも、この世界の『勇者』の立ち位置は分からないが、そう言っておいた。
けれど、雪花さんは首を横に振った。
「いや、違うでござるよ…あの、アフロで変装している男の人の方でござる」
「アフロが…変装?」
え、アイギスさんって変装だったの…?
そして、それは…雪花さんはアイギスさんの正体に気付いている、ということ?
「雪花さんは…アイギスさんのこと、知ってるんですか?」
「花子殿も知っているはずでござるよね?」
雪花さんの言葉に、ワタシは言葉を失っていた。
ワタシも…知っている、人?アイギスさんが?
「え、ボクは知らないけど」
そこに、繭ちゃんがとことことやって来た。
「ああ、繭ちゃん殿は知らないでござるよ。まだこっちに来てなかったでござるから。というか、繭ちゃん殿は読めないはずですからな」
「繭ちゃんは知らなくて…というか、読めない?」
なのに、ワタシは知っている?
「花子殿も、直接は知らないと思うでござるが…顔は知っているはずでござるよ」
雪花さんの言葉に、ワタシは首を傾げた。
直接は知らなくても、ワタシは、あの人の顔を知っている?
繭ちゃんがこの異世界に来る前の出来事で?
いや、繭ちゃんが読めない?
そんな人、いる?
そして、雪花さんは、その人から隠れている。ワタシの背中に、腹立たしいほどのデカパイを押し当てながら。
雪花さんが隠れなければならない男の人…?
「え…ちょっと待って、嘘でしょ?」
そこで、一つの仮説と記憶が結びついた。
「そりゃ、騎士団の人たちも捕まえられないよね!?」
カールさんが口にしていた言葉を、ワタシは思い出していた。
きっと、カールさんを捕まえたのは、あの騎士団長殿だ。
あの人なら、やらかしてもおかしくはない。
「けど…それだけじゃないな」
この『勇者』さんがこのゲームで勝たせようとしていたのは、アイギス(?)さんだ。
けど、あのアイギス(?)さんは私欲で賞金を欲していたわけではない。もしそうなら、『勇者』さんがあそこまで肩入れするはずはない。カールさんは、どんな理由があろうと悪人には手を貸さない。あの人と戦ったワタシには、それが分かる。
そして、そこで記憶の糸が一本の線につながった。
「そうか…お手製だ」
だとすれば、やはり、このゲームで勝つべきなのはアイギス(?)さんだ。
「…けど」
全員が捕まってしまった。
こうなると、もう動きようもない。時間もほとんどない。
「あー、白ちゃんだ」
嬉しそうな声でそう言ったのは、繭ちゃんだ。
ワタシも、その声に方に振り返ると、確かにそこには白ちゃんがいた。
そういえば、まだこの子が残っていた。
けど、どうしてこの場所に来たんだ?
同じ疑問が浮かんだようで、繭ちゃんも問いかける。
「どうしたの、白ちゃん」
「えとね、みんな捕まっちゃったからね、僕ここに来たんだ」
白ちゃんは、息切れしながらも尻尾を振って嬉しそうにしていた。
「え、でも…どうして?」
「僕ね、こんなの拾ったんだ」
白ちゃんは繭ちゃんにそう言った後、小さな箱を見せてくれた。
箱には、こう書かれていた『復活の箱』と。
「なんだかね、これを使ったらね、鬼に捕まっちゃった人を、助けてあげられるんだって」
「え、そう…なの?」
繭ちゃんとワタシは、同時に驚きの声を上げた。
「だから、僕、みんなのことを助けてあげたくてここに来たんだ」
白ちゃんは、無垢な尻尾をパタパタと振っていた。きっと、ここまで全速力で来てくれたんだ。
「白ちゃん…」
思わず、呟いていた。
白ちゃんもいい子だった。
…やっぱり、この子の親権もワタシが預かっておく必要があるね。
「すごいね、そんなのがあったんだ」
「さっき係の人に確認したら「ちゃんと使えるよ」って教えてくれたんだ」
繭ちゃんと白ちゃんは二人ではしゃぎ合っていた。
「じゃあ、ボクたちの中から誰かが復活できるってこと…だよね?」
繭ちゃんは呟き、そして、ワタシを見ていた。
いや、繭ちゃんだけじゃない。雪花さんも慎吾も、ワタシを見ていた。
「え、ええと…その」
この流れ、ワタシが戦線復帰する流れですか?
…ワタシ、『ノー』って言わないといけないのですが?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと長くなって今いましたが、なんとか、このCASE3も終わりが見えてきました…どれだけ需要のあるお話だったかは分かりませんが><
一応、次のCase4も構想はありますので、そちらの方もよろしくお願いいたしますm(__)m
次回も頑張ります!




