24 『チーターやろそんなの!』
「…種明かしは、してくれるんだろうね?」
元男の現女という、文字通り異色の経歴を持つ『勇者』さんが、ワタシに尋ねる。先ほどまで彼女(?)に浮かんでいた余裕は、少しだけだが、剥がれ落ちていた。
「あれ?どうかしましたか?」
あえて、すっとぼけてみた。
ワタシと『勇者』さんは、対戦型の『課題』で勝負をしている最中だった。負けた方が、この『リアルかくれんぼ』から強制的にリタイアとなる真剣勝負だ。
ただし、現時点ではワタシのボロ負けだった。
だってあの人、魔力の揺れとかを感知してワタシの感情を読み取るんだよ?それで、ワタシの手を読んでくるんだよ?
「チーターやろそんなの!」
って叫んでみたかったね。
異世界特有の理不尽や出鱈目にも慣れつつあるワタシだったけど、さすがに、心を読むなんて規格外のイカサマは想定できなかった。
けれど、ワタシの感情が読めるからこそ、今のカールさんは動揺していた。
してやったり、だね。
「なんだ、その魔力の揺れは…いや、なんだ、その感情は?」
カールさんは…『勇者』さんは、ワタシの表情、ではなく魔力を読み取り、だからこそ困惑する。
「さあ、ワタシは既に『財宝』を隠しましたよ」
軽く両手を広げ、ワタシは余裕のある笑みを浮かべる。
実は、カールさん以上に、ワタシの方がドキドキしてるんだけどね!
おくびにも出さないけどね!
「隠したと言っても、花子ちゃんは『街』に隠すしかないはずだ」
カールさんは、状況を適切に分析する。ワタシの奇策に驚きはあっても、その辺りの冷静さは失っていないらしい。さすがは『勇者』さんだね。簡単には足を掬わせてくれないよ。
「そうですね。ワタシがこの最終ターンで貴女に勝とうとするなら、それしかありません」
現在、『勇者』さんが四点を保持しているのに対し、ワタシは二点しか保有していない。そして、『海賊』はワタシだ。ワタシがこの人に勝つためには、三点が獲得できる場所に…『街』に『財宝』を隠すしかない。
「ああ…けど、隠し場所が分かっているからこそ、俺は、花子ちゃんの隠し場所を簡単に特定できる」
カールさんは、軽く眉をしかめながら呟く。優勢なのは、この人のはずなのに。
「それなら、特定すればいいじゃないですか」
「そうしたいのは山々なんだけれど…ね」
「できないんですよね…ワタシの魔力の揺れが、感知できないから」
いや、正確には、魔力の揺れが感知できないわけではない。
ワタシの魔力がでたらめに揺れているから、ワタシの感情を読めなくなっているんだ。
ワタシの心臓ばっくばくだからね!
「それじゃあ、こうしましょうか」
ワタシは三枚のカードのうちの一枚を捲った。それは、ワタシが『財宝』を入れた『箱』を置いていたカードで、そこに描かれていたのは『街』だった。
つまり、ワタシは『街』に『財宝』を隠していた、ということだ。
それを、開けっぴろげにした。
「なに…をしている?」
カールさんの動揺は、さらに広がった。ワタシの奇行に、理解が及んでいない。
「カールさんもやったじゃないですか…『財宝』の隠し場所を公開しただけですよ」
したり顔で、ワタシは言った。できうる限りのポーカーフェイスで。
「…確かにやった。けど、それは、俺が確実に勝てる状況だったからだ」
「確実に…ですか」
「そうだ…あの時点で、俺には四点のリードがあった。だから、俺は隠し場所を公開した。けど、花子ちゃんは違うだろ?俺に負けてるだろ?」
「そうですね、負けてます」
本来なら、ほぼ詰みだと言っていい。
「それだけじゃない。俺には花子ちゃんの感情が読み取れる。そこから、花子ちゃんの選択が読める」
「そうですね」
その所為で、二ターン目ではワタシの『財宝』の隠し場所を特定されて二点を奪われた。
「だから、君は既に負けているはずだ」
カールさんは言い切った。自分自身に言い聞かせるように。
「そうですね、ワタシはほぼ負けています…けど、だからこそ、逆転の芽はあるんですよ」
「負けて…いるからこそ?」
疑問符を浮かべる『勇者』さんに、ワタシは言い放つ。きっと、ワタシの人生において『勇者』さんと切った張ったのやり取りをすることはないはずだ。だから、今はこの時間を堪能させてもらおう。
「じゃあ、特定してみればいいじゃないですか…ワタシは、『街』に隠しましたよ」
「そうか…『青い財宝』か」
そこで、『勇者』さんその言葉を口にした。
このゲームでは、『海賊』は『財宝』を隠し、『兵士』がその隠し場所を特定する。『兵士』が特定に失敗すれば『海賊』に得点が入る。
ただし、『海賊』は二つの『財宝』を隠すことができる。『赤い財宝』と、『青い財宝』だ。
「花子ちゃんは…『街』に『青い財宝』を隠したんだ。まんまと俺が『街』と特定してしまえば、得点を奪われることになる」
カールさんは、その可能性を言及した。言葉を紡いでいくたびに、彼女は冷静さを取り戻していく。彼女の周囲で張りつめていた空気も、少しずつ弛緩する。
「けど、種さえ割れてしまえば、そんなへまは踏まな…違う、のか?」
ワタシの魔力からワタシの感情を読み取った『勇者』さんは、取り戻していた冷静さを失った。いや、その困惑がさらに肥大する。その困惑したカールさんに、ワタシは言った。
「違うかもしれませんし、違わないかもしれませんね」
「それは、どういう感情なんだ…まさか、花子ちゃんは?」
そこで、カールさんの瞳が見開かれた。ワタシの仕掛けに、この人は気付いたようだ。さすがは『勇者』さんだね。
なので、ワタシは『種明かし』を行った。やぶれかぶれの末に思いついた、行き当たりばったりの奇策の中身を。
「そうですよ。ワタシ自身も知らないんです…この『箱』の中に、『赤い財宝』が入っているのか、『青い財宝』が入っているのか」
これが、ワタシが仕込んだ奇策だった。
ワタシがこの人に勝つためには、三点以上の得点が必要となる。そのためには『街』に『財宝』を隠すしかない。
けれど、そのまま隠したところで、この人にはワタシの感情が筒抜けとなるため、簡単に特定をされてしまう。
どうすれば、その『感知』をすり抜けられるのか。
ワタシの出した答えが、『これ』だった。
「ワタシ自身が知らないことは、さすがに読み取れませんよね」
このゲームでは、『財宝』を『箱』の中に入れ、それを『海』、『山』、『街』のどれかに上に置くことで『隠した』ことになる。
ワタシは、『箱』の中に『赤い財宝』と『青い財宝』の両方を入れ、軽く振った後で目隠しをしたまま『財宝』を一つ、取り出した。取り出した財宝はポケットに入っているけれど、その色がどちらなのかは、ワタシは知らない。その色の確認を、していないからだ。
「…………」
だから、この『箱』の中に残っているのが、どちらの色の『財宝』なのかは、知らない。
当然、ワタシの魔力からワタシの感情が読める『勇者』さんといえど、その『箱』の中の『財宝』の色までは読み取れない。
「これで、状況は五分に戻せましたよ」
にやりと笑いながら、ワタシは強がった。
そう、奇策と言えど、これで勝てるというわけではない。
それでも、百パーセントの負けから、五十パーセントの勝ちまで勝率を上げることができた。
「さあ、どうしますか?『街』を選びますか?それとも『海』ですか?」
ワタシは、『街』に『財宝』を隠した。けれど、そこにある『財宝』が赤色か青色かは知らない。
もし、カールさんがそのまま『街』を選択し、ワタシが隠した『財宝』が青色だった場合、カールさんはワタシに三点を奪われることになる。
もし、カールさんが『青い財宝』を警戒して『海』を選択し、ワタシが『街』に隠した財宝が赤色だった場合、ワタシはそのまま三点もの得点を獲得することができる。
「まさか、花子ちゃんがこんなキテレツな方法で勝負を五分五分に戻してくるとはね。さすがの『勇者』でもびっくりだよ」
「ワタシ、看板娘ですので」
自慢になるかは分からないが、とりあえずそう言っておいた。普段、誰もワタシのことを看板娘とは呼んでくれないからだ。
「仕方ない、か…俺も男だ」
軽く中空を仰ぎ、『勇者』さんは…カールさんは息を吐いた。そして、指を差した。その指が指示していたのは、『街』だった。
「つまり、この『箱』の中身が『赤い財宝』ってことですね?」
最後の確認を、ワタシはした。
「ああ、そこにあるのは『赤い財宝』だ」
ワタシとカールさんの間に、不可視の亀裂が入る。
その亀裂は、ワタシたちの間で斥力を発生させる。
「…それじゃあ、いきますよ」
ワタシの声に、カールさんは頷いた。
そして、ワタシは『箱』に手を伸ばした。
その『箱』の中身を、取り出す。
…赤か。
…青か。
分かれ道は、ここにしかない。
「…………」
やけにうるさい音がすると思っていたら、ワタシの心臓だった。
その音に背中を押されるように、ワタシは『箱』を開く。
その中に、あったのは…。
「…あお?」
間の抜けた声で、ワタシは呟いた。
開いた『箱』の中からは、青色が顔を見せた。
つまり…は。
「俺の負け…か」
カールさんは、軽く肩を落とし息を吐く。
ただ、その表情には薄い笑みが浮かんでいた。
「けど、まさか、あんな方法で勝ちを拾いに来るとは…やるね、花子ちゃん」
「一世一代の大博打でしたけどね」
大袈裟でもなんでもなく、それぐらいの心持ちだった。
今でも、ワタシの指先は震えているし膝も小さく笑っていた。
「まさか、『勇者』を騙し討ちにする看板娘がいるとはね」
「だって、食わせ物の看板娘ですから」
「なんだよ、それ」
軽くツッコミを入れた後、『勇者』さんは声を出して笑った。
同じくらい、ワタシも笑った。
その瞬間、世界はワタシとカールさんだけのものになった。
「…………」
けれど、笑い合うワタシたちの頭上から、アナウンスが聞こえてきた。
また誰かが捕まったようだ。
そして、その無粋なアナウンスが告げた名は、『アイギス』だった。
それは、ワタシにも馴染みのある名前だった。
「捕まっちゃったんですね、あのアフロの人」
ワタシとしてはそれくらいの感想しか浮かばなかった。
そうではない人が、目の前にいた。
「このゲームの鬼ってのは騎士団だよな…なんで騎士がアイツを捕まえるんだよ!?」
カールさんは、大声で叫んでいた。地団太でも、踏みそうだった。
ワタシに負けた時よりも、ずっとずっと狼狽えていた。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日もWBCですね。
さすがにこの点差は引っくり返されないでしょうけれど、最後まで分かりませんからね。
準々決勝も頑張って欲しいです。
自分もできる限り頑張りますので。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m




