22 『進めば二つ、逃げれば一つ、だよ』
「さあ、もういいよ」
カールさんのその声を聞いたワタシは、振り向いた。
目の前にはテーブルがあり、そのテーブルを挟んでワタシと『勇者』さんは向かい合っていた。
「隠し終わったんですね?」
確認の言葉を、ワタシは口にした。
「ああ、どこに隠したか分かるかな?」
元男の現女『勇者』…カールさんは不敵に微笑む。
先ほどのじゃんけんで、カールさんが『先攻』に、ワタシが『後攻』になった。
なので、『先攻』のカールさんが今は『海賊』をやっている。そして、『海賊』であるカールさんが『財宝』を隠し終えたところだった。
「三枚のカード…それと、一つの箱ですか」
ワタシは、テーブルに並べられた三枚のカードを見る。どれも裏返されているので、何が書かれているかは分からない。
「…どこに隠したのか、な」
呟きながら、伏せられた三枚のカードに視線を落とした。その三枚は等間隔で横並びになっていた。そして、その真ん中のカードの上に『箱』が置かれている。その『箱』の中には『赤い財宝』が入っているはずだ。こんな序盤から、あんな悪ふざけの『青い財宝』を使うはずはない。『青い財宝』は相手がその隠し場所を指定してくれば、逆に相手の得点を奪えるそうだが、相手がその場所を指定しなかった場合、相手に千点もの得点を与えることになる。相手の虚をつくにしても、リスクの方が大きすぎる。そこで、ワタシはカールさんに問いかけてみた。
「カールさんが『財宝』を隠したのって『海』ですか?『街』ですか?」
「それを教えたらゲームにならないだろ?」
「そりゃそうなんですけどぉ」
勿論、ワタシだって答えを教えてもらえるとは思っていない。仮に『街』だと言われても、それを鵜呑みにするほどワタシは無垢でもない。ただ、このやり取りをしながら脳内でルールの再確認をしていただけだ。
攻める側である『海賊』は、三枚のカード…『海』か『山』か『街』のどれかに『財宝』を隠す。そして、兵士がその隠し場所を当てるのだが、その隠し場所により獲得できる得点が異なる。
「『海』なら一点、『山』なら二点、『街』なら三点…このヒトなら、どうする?」
小声で呟きながらカールさんの表情を見たが、この人は薄い笑みを浮かべているだけだ。くそ、生粋の女の子であるワタシより男受けしそうな笑顔を浮かべやがって。
「ほら、花子ちゃん、早くしないと『ゲーム』自体が終わってしまうよ。俺は別にタイムアップでもかまわないけど」
「…そうですね」
カールさんに言われて気付いた。この『課題』自体に制限時間はないが、ここでもたもたしていては、この『リアルかくれんぼ』というゲームそのものが終わってしまう。
「じゃあ…『山』です」
ワタシは、『財宝』の隠し場所を『山』だと断定した。それを聞いた『勇者』さんはにんまりと笑い、尋ねてきた。
「それでいいんだね?変更してもいいんだよ?」
「…このままでかまいませんよ」
ブラフかどうか判断しづらいんだよな、この人。雪花さんや白ちゃんなら割りと顔に出るんだけど。
「それじゃあ、ご開帳だよ」
晴れやかな笑顔を浮かべながら、カールさんは『箱』が置かれていたカードを捲る。そして、箱の中から赤い三角錐を、『赤い財宝』を取り出した。
「…外れですか」
ワタシが確認したそのカードは、『海』だった。そこに『赤い財宝』が置かれていたということは、『海』の得点をそのままこの人が獲得した、ということだ。
「これで、俺の一点獲得だね」
カールさんの言う通り、これで彼女に一点が加算される。もし、ワタシが『海』と言っておけば、ワタシはこの人から一ポイントの得点をを奪うことができたのだが。
「『勇者』の割りには臆病な選択じゃないですか」
外した腹癒せに、ちょっとしたイヤミを言ってみた。けど、ここで彼女が『海』を選択するとは思わなかった。最低でも二点、もしくは果敢に三点を狙ってくると、ワタシは想定していた。
「まあ、最初だからね。盛り上がりは後半にとっておくよ」
どこまで本気なのか分からない言葉と共に、カールさんは笑っていた。
「さあ、次は花子ちゃんが『海賊』をやる番だ」
言いながら、カールさんは後ろを向いた。
先ほどは、ワタシが背後を向いている間にカールさんが『財宝』を隠していた。
「カールさんに一点を先制されたわけですから…ね」
あえて、カールさんに聞こえるように独り言を口にしながら、ワタシは三枚のカードを見比べた。
「『海』なら一点、『山』なら二点、『街』なら三点」
これは、聞こえない声で呟いた。
そして、そっと隠し場所を決める。
カールさんと同じように三枚のカードを横に並べ、その真ん中に『赤い財宝』を入れた『箱』を置いた。
「いいですよ、振り向いても」
ワタシの声を聞いたカールさんはこちらを振り向いた。
「随分と早かったね。もっと悩むかと思ったけど」
「迷うだけ時間の無駄ですから」
半分は強がりだったけれど、半分は本心だ。結局、この勝負は運で決まるゲームだと断言しても差し支えはない。なら、迷った分だけ時間を浪費することになる。
「さて、どれにしようかな」
カールさんは、三枚のカードを順繰りに眺めていた。当然、カードは裏返されているので彼女にワタシの隠し場所が分かるはずはない。
「…イカサマもできそうになかったしね」
これも、聞こえない声で呟いた。
先ほど、ワタシが振り返っている間、鏡などの反射でカールさんの隠し場所が覗けたりしないか試してみたが、それは不可能だった。どうやら、漫画のようにはうまくいかないようだ。当然、その逆にも気を配ったけれど、カールさんにも、そうしたイカサマを仕掛けることはできそうになかった。
「花子ちゃんは…意外と即決したよね」
言いながら、カールさんは…『勇者』さんは、真ん中のカードの上に置かれた『箱』に目を向ける。
「それに、表情にも気負いはないようだ」
今度は、ワタシの顔を、『勇者』さんはじっと見た。その視線だけで、たじろぎそうになってしまった。何とか、表情はポーカーフェイスを保てたはずだけれど。
「なら、『山』かな」
女『勇者』さんは、すんなりとそう口にした。つまりは、ワタシが二点狙いだと判断したようだ。
「それでいいんですか?変更してもいいですよ」
先ほどの意趣返しに、ワタシはそう言った。
「いや、『山』でいいよ。花子ちゃんは二点を狙いにきたんだ」
「…じゃあ、ご開帳ですね」
神妙な面持ちで、ワタシは伏せられていたカードを捲った。
そこに描かれていたのは、『街』のイラストだ。
つまり、ワタシは『街』に『財宝』を隠していた、ということだ。
「これは…驚いたね」
本当に驚いたように、『勇者』さんはそう口にした。
「もっと驚いてくれてもいいんですよ?」
ちょっと得意気に言ってのけた。
カールさんが外したことで、ワタシには『街』のポイント…この『課題』での最高得点である三点が加算されることになる。
さすがに、ここで冒険してくるとは『勇者』さんでも読み切れなかったようだ。
「いやいや、一本とられたね。まさか、即決で三点を狙ってくるとは思わなかったよ」
「そう言う割りには、まだ余裕、って感じですね」
ワタシは、カールさんの表情からそう感じた。
最初のターンが終了した時点で、三点を獲得したワタシに対し、カールさんは一点しか獲得できなかった、というのに。
「じゃあ、二ターン目に入ろうか。次は花子ちゃんが『海賊』をやるんだろ?」
「そうですね、先攻と後攻が入れ替わるそうですから」
ワタシが三枚のカードを手に取ったところで、カールさんは後ろを向いた。
「…………」
さて、次はどうするべきか。
さきほどの『街』は確かに奇襲だった。即決だったのも、その奇襲のための演出だ。『迷わなかったのだから、高得点は狙わないはずだ』と思わせるための。そして、それは成功した。なら、次は。
「…決めましたよ」
またも即決で、ワタシは決めた。進めば二つ、逃げれば一つ、だよ。
「またまた早いねえ」
「そうですね…早く決着をつけたいので」
言外に、『悩まなかったぞ』という意味を添えてそう言った。
「俺としてはもう少し花子ちゃんとイチャイチャしたいけどね」
「すみませんね、ワタシ、既に心に決めた恋人がおりますので」
…本当はいないけど、とりあえず見栄を張った。
「ふーむ…決断するまでの時間はさっきと同じくらいか」
独り言のように呟きながら、カールさんはワタシが伏せたカードを見る。
「なら、また高得点…三点を狙ってきたのかな?それとも、即決したのに一点だった。みたいな罠を仕掛けたとか?もしくは、あえて普通に二点を狙ってくるとか?」
今度は、ワタシに語り掛けるように『勇者』さんは呟く。ワタシはそのどれにも答えない。それどころか反応すらしない。ただの案山子と化していた。
「三点か、二点か、一点か…『街』か、『山』か、『海』か」
伏せたカードではなく、私の目を見据え、『勇者』さんは呟く。
そして、口にした。
「よし、分かった」
…分かった?
決めた、ではなく?
「花子ちゃんが『財宝』を隠したのは、『山』だ」
断言、した。『勇者』さんは、ワタシが『山』に隠したと、断言した。
「…………」
ワタシは、無言でカードを捲った。
そのカードには、『山』の絵が描かれていた。
そして、『箱』の中から『赤い財宝』を取り出した。
…つまり、ドンピシャで正解を射抜かれたことになる。
「これで、俺は二点獲得…いや、『兵士』が『海賊』の隠し場所を当てた場合は、『海賊』から点数を奪えるんだったね」
カールさんの言う通り、だ。これで、ワタシは手持ちの三点から二点をこの人に奪われたことになる。
これで、ワタシが一点(三点から一点を引き)、彼女が三点(一点に二点が加算され)となった。
「まさか、当てられるとは思いませんでしたけど…まだ、終わってないですよ」
これで、一気に劣勢になった。
けど、終わったわけではない。自分を奮い立たせるためにも、強がりを口にしておいた。
そんなワタシに、『勇者』さんは言った。
「いや、もう終わったようなものだよ」
「…終わってませんよ」
まだ半分しか終わっていない。
そんなワタシに、この人は言ってのけた。
「だって、俺はもう、君の選ぶカードが分かるから」
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
明日からWBC開幕ですね。
日本チームを応援しながら、投稿頻度を落とさないように頑張りますので次回もよろしくお願いいたしますm(__)m




