20 『もうちょっとこう何というか…手心というか魚心とかないんですか?』
「さて、行きますか」
軽く息を吸い、それをゆっくりと吐き出した。
頭が、少しだけクリアになる。やりたいことと、やるべきことが見えてくる。
慎吾は捕まった。
繭ちゃんも捕まった。
…雪花さんは、アホなことをして捕まった。
白ちゃんはまだ捕まっていない、はずだ。
けど、白ちゃんはこういうゲームなどにはあまり向いていない。のんびり屋さんなんだよね、あの子。そこがいいところなんだけど。
「なら、ワタシが頑張らないとね」
慎吾や繭ちゃんは、ワタシを生き残らせてくれた。ワタシが、最後の最後までこのゲームを楽しめるように。慎吾たちは気付いていたんだ。ワタシが、どれだけ今日を楽しみにしていたか、を。
「ご期待に応えますよう、花子ちゃんは」
この『リアルかくれんぼ』では、三種の『お宝』を集めてゴールをすれば勝利となる。
「実はリーチがかかっているのだ」
ワタシは、すでに二種類の『お宝』を手に入れている。
「だから、必要な『お宝』はあと一つだ」
ぶつぶつと独り言を呟きながらも、周囲の警戒は怠っていなかった。路地裏を忍び足で渡り歩き、鬼との遭遇を紙一重で避けている。
「この数珠…けっこう優秀だよね」
鬼との距離が縮まれば、この数珠が振動して鬼の接近を教えてくれる。これが、かなり有用だった。何度か鬼とニアミスしそうになっていたが、上手くやり過ごせた。
「となると、あとは『課題』を見つけるだけだね」
その『課題』をクリアすれば、『お宝』が手に入る。
「やあ、また会ったな」
と、そこで背後から声がかけられた。気配は、一切しなかった。
…これ、二度目なんですけど。
その声に、ワタシはびくりと震える。思わず漏れそうになった声は、両手で口を塞ぐことで抑え込んだ。
「…何の用ですか」
振り向きながら、ワタシは声の主を睨みつけた。そこにいたのは、あの『勇者』さんだ。ワタシが警戒するのも当然だ。この人にはとんでもない目に遭わされている。慎吾が脱落したのは、この人の所為でしかない。
「そんなに睨みつけないでくれよ、興奮しちゃうじゃないか」
「…あなた、『勇者』よりも変質者の方が向いてるんじゃないですか」
最強かよ。
ワタシが睨んでも飄々としてるし。
「今度はどんな嫌がらせをするんですか」
ワタシは身構えた。また鬼を呼び寄せられても、すぐに逃げられるように逃走経路を確認する。
「いやいや、さっきみたいなことはもうしないよ」
「…本当ですか?」
今一つ信用できないんですよね。
けど、『勇者』さんは想定外の言葉を口にした。
「まあ、なんていうか…怒られたんだよ」
「…怒られた?」
勇者なのに?
誰に?そんな人、いる?
しかも、今はゲーム中だよ?
「ああ、余計なことをするなってアイツに叱られちゃったよ」
「アイツって…誰ですか?」
そのことが気になったワタシは、そう尋ねた。変質者とはいえ、『勇者』を叱ることができる人間がこの王都にいるのか?いや、そもそもこの世界の『勇者』について、ワタシは何も知らないけれど。
「それはトップシークレットなんだ」
そう言って、『勇者』さんは軽くウインクをした。元は男だと言っていたけれど、その仕草はやけに色っぽい。もしかすると、今までワタシが出会った人たちの中でも一番セクシーかもしれない。
…ワタシの周りには変人しかいないからかもしれないが。
そして、『勇者』さんはワタシを見据えた。
「けど、俺としては君を放っておくこともできないんだ」
「そんなにワタシが目障りですか?」
まさか、『勇者』から敵認定される日が来るとは思わなかったよ。花子ちゃん大物じゃん。けど、そんなワタシを前に『勇者』さんは不敵に笑う。
「君というか…このゲームに勝とうとしているヤツはみんな敵だよ」
「…普通なら、そうなんでしょうけどね」
「どうかしたのかい?」
「このゲームに本気で勝とうとしている人、どれくらいいるんでしょうね」
違和感はずっとあった。ワタシは、その違和感を口に出した。
「ワタシたちの鼻先にぶら下げられたニンジンは、決して小さくないはずですよ。それなのに、鼻息を荒くする人が少なすぎるんですよ」
「君はこの王都に来てから日が浅いんだね。少なくとも、去年のこの祭りのことは知らなかった」
「…そうですね」
この『勇者』さんの口ぶりから察するに、このゲームにはある種の『お約束』がある。
だから、他の人たちはこのゲームにおいて貪欲にはならない。その『お約束』を知っているからだ。そして、おそらくはこの人もそうだ。その『お約束』が何かは分からないけれど、『勇者』さんはワタシに言った。
「けど、『転生者』ならそれも仕方ないか」
「なん…で?」
ワタシは耳を疑った。
なぜ、この人がそのことを知っているのか、と。
「意外という顔をされるのは心外だなあ。これでも『勇者』なんだよ」
元男の現女『勇者』は、笑っていた。不敵な微笑みが、やけに不気味に見えた。とりあえず、何か言い返しておくことにした。殆んど負け惜しみだったけれど。
「…『勇者』っていうより忍者みたいですよ」
「そうかな…そうなのかも?」
ワタシのイヤミなどどこ吹く風で『勇者』さんは笑っていた。それだけで、踏んだ場数の違いを存分に感じさせる。
「…それで、結局、あなたはワタシをどうしたいんですか?」
ワタシのことを排除しようとしたけれど、この人も、この『リアルかくれんぼ』で勝ち残りたいわけではない。
…なら、何のためにこの人はここにいる?
おそらくは、先ほど口にしたアイツという人のためだ。
そのアイツを勝者にするために、この人はこのゲームに参加している。
だとすれば、そのアイツとは誰だ?
この人が…『勇者』さんが不当に肩入れをするような人間が、このゲームの参加者の中にいる、ということか?
素直に聞いても、この人ははぐらかすはずだ。短いやり取りしかしていないが、それでもこの人の人となりは分かってきた。
そして、『勇者』さんは言った。
「そうだな…俺と君で勝負をしないか?」
「勝負…ですか?」
一介の『勇者』さまが、一介の看板娘を相手に?
ワタシとしては「マジかよ?」という感じだが、『勇者』さんは盛り上がっている。一人で。独りでに。
「ああ、正々堂々の真剣勝負をしようじゃないか」
「もうちょっとこう何というか…手心というか魚心とかないんですか?」
あなた、仮にも『勇者』なんですよね?ワタシ相手に本気を出すつもりですか?
ワタシの心配をそこで察したのか、『勇者』さんは笑った。
「別に体力勝負をやろうとかいうわけじゃないさ」
「…本当ですか?」
「ああ、美の女神『アルテナさま』に誓ってもいい」
「本当ですかぁ!?」
ある意味、一番、信用できない人(?)の名前を出しちゃったよ、この人。
「けど…ワタシには、あなたと勝負するメリット自体がないのですが?」
そんな勝負に固執する必要はない。というか、そもそもそんな無駄なことをしている時間がないのだ。残り時間だってそんなにないんだよ?あと30分くらいかな?
「えー、勝負してくれないんだったら、君の家の箪笥とか勝手に漁っちゃうよ?壺とか勝手に割っちゃうよ?」
「やめろぉ!『勇者』の害悪ムーブはやめろぉ!」
ワタシの部屋には小さなメダルなんてないからね!?
脅しの内容がけっこう悪質だよ、この人!?
「それに、メリットならあるよ」
「…あるんですか?」
いや、ないでしょ。
そう思っていたワタシだったが
「あるよ。そういう『課題』があったからね」
「…そういう『課題』?」
「俺と勝負をするのなら、その『課題』の場所を教えるよ」
急に話が本筋に戻って来た。
「その『課題』は対戦型だった…そこで決着をつけようじゃないか」
快活に、『勇者』さんは笑っていた。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
さすがにそろそろドラ〇エの新作の情報とか出たりするのでしょうか?
次が出るとしたら、どんな感じになるのでしょうね。
というか、いつも通り益体のない後書きですみません。
それでは、次回も頑張りのでよろしくお願いしますm(__)m




