15 『あの『やず〇』でさえ二回しか繰り返さないのに』
「それでね、ワタシを助けるためだったとはいえね、慎吾のヤツ、ワタシのお尻を触ったんだよ?慎吾じゃなかったら訴訟ものだよね?」
「…そうですね」
ワタシのボヤキに、繭ちゃんは小さく相槌を打った。
ワタシと繭ちゃんは建物の物陰で息を潜め、作戦会議をしていた。
「まあ、でもでも?その後はカッコよかったっていうか?慎吾のお陰で、ワタシは鬼から逃げられたんだよ」
「…そうですね」
繭ちゃんは、また『い〇とも』の観客みたいな相槌を打っていた。テンションは本家とはかけ離れていたが。
「それでね、慎吾がね…」
「花ちゃん…いい加減にして欲しいんだけど」
繭ちゃんに溜め息をつかれた。
「あのさ、花ちゃん作戦会議をするって言ったよね?慎吾お兄ちゃんが鬼に捕まっちゃったから、これから先の方針を決めるんだよね?それなのに、さっきから花ちゃんってば慎吾お兄ちゃんの話しかしてないよ?」
「え、そ…そうかな?」
「そうだよ。ボクたち、いつまでもこんな場所に隠れてる場合じゃないんだよ?時間制限があるんだよ?花ちゃん、このゲームに勝ちたいんだよね?」
「…あ、はい、ごめんなさい」
そこそこガチなトーンで繭ちゃんに怒られた。
そんな繭ちゃんに、さらなる小言を言われた。
「そもそも、のろけ話とかってね、聞かされる方はどんな顔をしていいか分からないんだよ?」
「べ…別にのろけ話とかしてないよね!?」
そ、そったら話してないよね!?
「してたよ…花ちゃん、慎吾お兄ちゃんに助けられたっていうその話、もう三回目だよ?あの『やず〇』でさえ二回しか繰り返さないのに」
「…繭ちゃんはそういうツッコミをしない方がいいんじゃないかな」
アイドルのイメージ崩れちゃうよ?
まったく、誰だよ繭ちゃんにおかしな影響を与えたのは。きっと雪花さんだな。
「大体、ボクと作戦会議をしたいなら『念話』を使えはよかったでしょ?こんな風に会わなくてもよかったでしょ?」
「え、ええと…それは」
確かに、テレパシーである『念話』を使えば、こうして繭ちゃんと合流する必要はなかった。
…じゃあ、なんでワタシ、繭ちゃんを呼び出したの?ホントにのろけ話とかしたかったの?
悶々としていたワタシに、繭ちゃんは言った。
「花ちゃんさあ…慎吾お兄ちゃんが好きなら付き合っちゃえばいいんじゃないの?」
…………は?
繭ちゃんは、今、何を言ったの?
「意外とお似合いだと思うよ、花ちゃんたちって」
…………はい?
繭ちゃんは、今、何をおっしゃったの?
そんな繭ちゃんは、さらにおっしゃる。
「別に、転生者同士がくっついちゃいけない決まりなんかないんだから」
「…………」
ワタシが言葉を失っていると、繭ちゃんがワタシの顔を覗き込んだ。
「…なんか、花ちゃんが名状しがたい表情になってる」
「…………そ」
…そ。そ。
ソソソソソ。
「そりゃなるよ!?」
ワタシは声をあげた。やや奇声寄りの。
なんだか、急に熱が出てきたみたいに顔が熱い。
え?なに?ワタシ、こんな時に風邪ひいたの?
それとも温暖化!?地球温暖化の影響がこんなとこにまで波及してるの!?
熱っぽいワタシは、熱っぽいまま捲し立てた。
「え?だって?付き合う?付き合うってアレだよね?付き合うってことだよね!?一般的には知られてないかもしれないけどさぁ!?」
「一般的にみんなに知られてるはずなんだけど…」
「だって、付き合うって、男女交際だよね!?まだ早いんじゃないかな!?ワタシたち、まだそんなお年頃じゃないんじゃないかな!?」
「そこそこなお年頃だと思うよ、花ちゃんも慎吾お兄ちゃんも…」
「えっちぃのはいけないと思います!」
「雪花お姉ちゃんの漫画の方がよっぽどえっちくていけないと思うんだけど…」
ワタシのお熱は、さらに過熱していた。自分でも何を口走っているのか、分からないほどだった。
「だって…だって、ワタシと慎吾だよ?」
「だから、お似合いだと思うよ。お互いの性格とかももう分かってるはずだしね」
「そ、そうかな…でも、でもでもでも」
ワタシの頬は、さらに熱を帯びる。
「…慎吾だって、ワタシのこととか、好きじゃないだろうし」
「慎吾お兄ちゃんが花ちゃんのこと嫌いだったら、こんな風に一緒にゲームに参加したりしないよ?それに、一緒に走り込みとかしてくれたんでしょ?なんだかんだで一緒にいることも多いでしょ?」
「それは…そうかもしれないけど」
確かに、慎吾と一緒にいる時間ってそこそこあるのだ。あったのだ、これまでにも。最初はワタシたち二人だけだったし…いや、繭ちゃんたちが来た後でも、だ。
「それにね、慎吾お兄ちゃんけっこう花ちゃんに感謝してるんだよ」
「慎吾が…ワタシに?」
そんなこと、ある?思い当たる節を探してみたけれど、思い当たる節は一向に思い当たらなかった。
…だって、ワタシだよ?ワタシなんて、何にもないよ?
「慎吾お兄ちゃんもさ、この世界に来た最初の頃はやっぱりきつかったみたいだよ、精神的に」
繭ちゃんは、ワタシの知らなかった慎吾の物語を、語り始める。
「慎吾お兄ちゃんって異世界のことなんて殆んど知らない人だからさ、日本とこの世界の違いが、最初は本当にしんどかったんだって」
「そうかな…慎吾は、最初から割りとこの世界に順応してた気がしたけど」
野球や農業を通じて、この異世界の人たちとの交流を少しずつ増やしていた。
「花ちゃんの手前、あんまり泣き言とか言えなかったんじゃない?」
「そう…かなぁ?」
慎吾は、いつも平然としていた気がする。大体は飄々としていて、何でも卒なくこなしていた。
「そうだよ。慎吾お兄ちゃんも男の子だからね、気になる女の子の前でカッコ悪いとことか見せたくなかったんでしょ」
「気になる…て」
…ワタシ、が?ワタシ、なんかが?
「花ちゃんのお陰でこの世界にも馴染むことができたって…花ちゃんには感謝してるって、慎吾お兄ちゃん言ってたよ」
繭ちゃんは、そこで小悪魔っぽく微笑んだ。
「本当はこの話、慎吾お兄ちゃんからは口止めされてたんだけどね」
だから、慎吾お兄ちゃんには内緒ね?
繭ちゃんは人差し指を唇の前で立て、そう付け加えた。
「慎吾が…ワタシを?」
もう一度、そう呟いた。
けれど、そこで、妙に冷静になった。
それまでの熱が引き、冷気にも似た悪寒を感じた。
「でも…ワタシって、かわいくないんじゃないかな」
…いや、きっとそうだ。
女の子として、かわいくないはずだ。
「大体さ、ワタシなんて雪花さんみたいに発育もよくないし、繭ちゃんみたいに顔だってキレイじゃないし、白ちゃんみたいに肌だってつやつやしてないんだよ?」
口に出しながら気落ちしていった。まさか、自分から精神攻撃を受けるとは思わなかった。事実って凶器だね。
「そんなワタシをさ…慎吾が好きになったりはしないんじゃないかな」
「慎吾お兄ちゃんは巨乳が苦手だよ」
「…そうかもね」
なぜかは知らないが、アイツにはそんな習性があった。過去に何があったんだ。八尺さまにでも追いかけられたのか?
「あと、ボクは最かわだからね。でも、花ちゃんだってすっごいかわいいよ」
「うー…ん?」
そこは同意できなかった。だって、ワタシの周りみんなかわいいから。
「それから、肌がつやつやしてないっていうなら、早く寝なさい。花ちゃんちょっと夜更かしが多いよ」
「はい…善処します」
その辺は割りと雪花さんの所為でもあるのだが…原稿の手伝いとかさせられてるから。
「けど、そういうとこも含めて慎吾お兄ちゃんは花ちゃんのこと好きなんじゃないかな…まあ、あの人もけっこうなにぶちんだから、自分の気持ちとか気付いてないかもしれないけど」
繭ちゃんはそこで、小さくため息をついた。
そのため息が何のため息だったのか、ワタシには分からなかったけれど。
「でも、でも、それじゃあ…さ、繭ちゃん」
ワタシは混乱していた。また熱が上がってきた。さっきまで気落ちしていたのに、気分が乱高下していて自分で自分が操縦できない。
「ワタシ、どうしたらいいのかな?こ、こ、ここ…こ、告白とか、したら、いいのかな?」
言ってから、またワタシの熱が上がった。どうなってんだよ、今日の気温。
「まあ、焦らなくてもいいとは思うけどね。慎吾お兄ちゃんは他のダレカと付き合ったりはしないだろうし、花ちゃんも初心なねんねだから」
「…どこで覚えてきたの、そんな台詞」
なんだか、今日は繭ちゃんらしくない一面ばかり見ている気がする。
「花ちゃんたちには花ちゃんたちのペースがあるってことだよ。でも、いつまでも今のままの平行線っていうのはやめた方がいいと思うけど」
「…慎吾が、ダレカに取られちゃうってこと?」
ワタシがそう尋ねると、繭ちゃんの表情が、そこで変わった。声のトーンも変わった。
「人間ってさ、いつ、どこで命を落とすか分からないでしょ?」
変わったトーンのまま、繭ちゃんは語る。その瞳は、真っ直ぐにワタシを見据えていた。
「ボクたちが、その生き証人でしょ?いや、ある意味、死に証人ってことになるのかな?」
「…そう、だね」
繭ちゃんの言葉は正しい。人はいずれ死ぬ。明日、その日が来ないとは、誰にも言い切れない。
ワタシも繭ちゃんも、そこで沈黙した。沈黙を、選んだ。それは、黙祷にも似ていたかもしれない。
そして、しばらくしてから繭ちゃんが口を開いた。
「そろそろ行こっか、花ちゃん」
「そう…だね」
繭ちゃんが立ち上がり、ワタシもそれに倣った。
この世界に転生をする時、ワタシは女神のアルテナさまに健康な体にしてもらった。だから、また病気で命を落とすということは、そうはないはずだ。
…けれど、何らかの事故などで命を落とす可能性は否定できない。
「…………」
なら、ワタシはどうするべきなのだろうか。
…答えは、既に出ていた。
「後悔のない方を…選ぶべきなんだ」
声に出さず、呟いた。
ワタシたちがこの異世界に来られたのは、ある意味では深い未練があったからだ。深い未練を抱えたまま死んだワタシたちは、そのままでは、元の世界では悪霊となっていた。だから、あの女神さまはワタシたちを転生させてくれたんだ。
けれど、次はない。次はもう、転生はできない。だからこそ、ワタシたちは後悔のない方を選ばないといけない。これ以上の未練は、もう残さない。
「…………」
…ただ、でも、何と言うか、慎吾との関係は、もう少しこのままでいたかった。
いや、ヘタレとかじゃないよ?だって今の関係って大好きだし気楽だし楽しいしもうちょっと段階を踏んだ方が色々と楽しめそうだしじっくりと煮詰めた方が美味しくなりそうだしお味噌だって熟成させた方がアレだし…。
「どうかしたの、花ちゃん?」
あれこれと考えていたワタシに、繭ちゃんが声をかけた。
「え、ええと…繭ちゃんは短パン姿も似合うねって」
本当は違うことを考えていたが、照れくさいからそう言っておいた。
「そうだね、ボクって何を着ても似合うから」
「…そうですね」
今度はワタシがそう返した。
だけど、繭ちゃんの短パン姿が似合っていたのは本当だ。このゲームが始まる前に、繭ちゃんはその短パン姿に着替えていた。どちらかと言えば男の子用の運動着のはずだったのに、繭ちゃんが着るだけで一気に女の子用になった。
というか繭ちゃん、最初はブルマ姿でこのゲームに参加しようとしてたんだよね…。
繭ちゃんにブルマなんてはかせようとした不届き者は、ジャックさん…あのパン屋のおじさんだ。ワタシが全力で止めたから短パン姿での参加になったが、あのままだったら繭ちゃんはブルマをはいてこのゲームに参加していたかもしれない。
というか、そろそろあのパン屋のおじさんには粛清が必要かもしれない。
「…いや、それ以前に予想なんてできないよ?」
まさか、日本で絶滅したはずのブルマが、この異世界に転生してるとか誰が予想できるんだよ!?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
花子ののろけ話を二回も黙って聞いていた繭ちゃんは、やっぱりいい子だと思われます。
そんないい子にブルマをはかせるのはさすがに躊躇われました。
こんなノリしかないお話ですが、次回も頑張りますのでよろしくお願いいたします。




