14 『逃げろ花子!オズワルドにされるぞ!』
「…!」
ワタシの呼気は荒く、不規則に乱れていた。手も足も、髪すら振り乱して走っていた。
形振りなんてかまわなっていられなかった。全力疾走だ。オーバードライブだ。いや、オーバーヒートだ。それでも、自分で自分を叱咤した。
「逃げろ花子!オズワルドにされるぞ!」
いや、大統領も首相も暗殺なんてされてないんだけどね。
ただのかくれんぼなんだけどね、これ。
けど、冤罪ではあるのだ、これ。
そして、ワタシが追われていることにも違いはなかったのだ。
「…………」
ワタシの背後には、鬼がいる。
完全にロックオンされている。まだ距離があるとはいえ。
胸のゼッケン(72)も少しずつ赤色に染まりつつあった。これが完全に赤色になれば、鬼に捕まらなくてもゲームオーバーとなる。つまり、現在のワタシは絶体絶命というわけだ。
だけど、ワタシに何らかの落ち度があったわけではない。
「ワタシなんかに何の恨みがあるんだよ、あのくそ勇者ぁっ!」
ストレートな悪態をついた。切羽詰まったこの状況で、凝った罵倒なんて出てくるはずもない。
「こっちはただの看板娘だっていうのに…これで捕まったら化けて出てやるからなぁ!」
いや、死ぬわけじゃないけどさ、捕まっても。
そんな唐変木な恨み言を吐きつつ、先ほどあの人と出会った時のことを思い出していた。
勇者を名乗るあの女性…元男性らしいが、あの人は何の前触れもなくワタシの前に現れた。同じゲームに参加しているのだから、参加者同士が偶然に出会うこともある。実際、ワタシがクレアさんと会ったのも偶然だった。
「…でも」
あの勇者さんは、自分をワタシの『敵』と宣言した。
…なんで?
このゲームって、鬼対参加者の構図だよね?
なんで参加者同士でバチバチするんだよ。
ワタシ、あの人から恨みを買うようなことしてないよね?
「まあ、敵だって宣言するだけなら、別にいいよ?」
ワタシとクレアさんもライバル宣言をした。
お互いの健闘を約束した。
ただ、それは敵ではあっても敵ではない。健全なライバル関係だ。
…けれど、あの女(?)勇者は。
ワタシに、『仕掛け』てきた。
「ダイレクトにぶん殴られたとかはないけどさ…」
このゲームにおいては、一切の暴力行為が認められていない。
代わりに、あの元男の女勇者はとんでもないことをしでかした。
「いきなりで悪いんだけどさ、俺は君の敵なんだ」
本当にいきなりそんなことを言った後、あの勇者さんは目を疑う行動に出た。いや、耳を疑う、かな。
「ギャルのおパンティーおーくれー!」
とか叫んだのだ!
空に向かって、大音声で。
何してくれてんの!?
誰も神〇なんて呼び出してないでしょ!?
そもそもこれかくれんぼよ?
鬼の目を盗んでお宝を手に入れるゲームよ?
「それ…なのに」
自ら、ここにいるぞと周りに…鬼たちに知らせたんだ。ワタシも一緒だったというのに。
当然、数珠はすぐに震えた。数珠は鬼の接近を知らせてくれたが、鬼に捕捉されている状況ではもはや意味をなさない。しかも、叫んだ本人はさっさとどこかに消えてしまった。
「嫌がらせにもほどがあるよ!」
ワタシは、鬼の視線を切るために路地に入った。その路地は細く、もしかすると鬼の人が難儀するのではないかと考えたのだが、そもそも、ワタシがその細い路地を進むことに手間取ってしまった。
「おかしいな…一キロは痩せたはずなのに」
あれだけ慎吾と走り込んだというのに。けど、とりあえず鬼の視線からは逃れられたようで、ゼッケンの色は元の白色に戻りつつあった。
「…正直、逃げ切れる気はしないなぁ」
鬼を担当しているのは騎士団の人たちだ。普段から鍛えているあの人たちから逃げ切れる自信なんて、ワタシにはなかった。早くも、心は折れかけていた。捕まるにしても、もう少し粘りたかった。けど、既に息は上がっていた。手足も重くなってくる。
「うわ…もう来た」
ワタシが入った路地に、鬼も入って来た。ただ、その鬼は大柄だったので、狭い路地を進むことに四苦八苦していた。
「…チャンスだ」
ここで距離を稼ぐことができれば、まだ逃げ切れる。現金なもので、逃走の可能性が出てきたことで少しだけ息を吹き返した。
「こんな序盤で終われない…よね」
クレアさんと約束したんだ。
だから、あまりみっともない姿は見せたくない。
「そうじゃないと、最後の最後に、「お互い頑張りましたね」ってあの人に言えないんだよ!」
ワタシは、ワタシを認めてくれたクレアさんと一緒に、笑顔でこのゲームを終えたいんだ。
「そのためには、もうちょっと思い出を持って帰らないといけないんだよ!」
だから、まだ終われない!
路地を抜けたワタシは、通りに出たところで右に曲がった。なんとか、あの鬼から逃げ切るためのルートを脳内でシミュレーションする。
「あの鬼からワタシの姿を見失わせるためには…」
直線は駄目だ。また、あの鬼の視界にワタシが入ることになる。ゼッケンの色はそんなすぐに赤色に染まることはないと分かったが、そもそも、鬼に見つかった時点でほぼ終わりなんだ。騎士団の人たちを相手に、ギルドの看板娘が体力で勝てるはずもない。
「…それなら」
路地から路地に、姿を隠しながら逃げるしかない。向こうは視覚でワタシを捕らえるしかないが、ワタシには数珠がある。これで、相手の位置をある程度は把握できるんだ。
「よし、路地裏があった」
通りの左側に路地を見つけたワタシは、そこに駆け込もうとして素通りした。路地の奥の方に荷物が積まれていて、通り抜けができそうになかったからだ。
「今日のワタシ、本当についてないのかな!?」
日頃の行いって、そこまで悪くないよね?ないはずだよね?
それともあれかな?この間、勝手に繭ちゃんのオヤツを食べちゃったからかな?ごめんね、繭ちゃん。
と、懺悔をしながら走っていたワタシに、鬼が追い付いてくる。数珠の振動が、そのことを教えてくれた。
「万事休すってやつかな!?」
諦めたくはなかったが、不可能は可能にはならないらしい。
と、そこに。
「花子!」
声が、かけられた。
ワタシの、よく知っている声が。
「…慎吾!?」
ワタシの前方に慎吾がいた。
そんな慎吾は、ワタシと並走を始める。
「よお、随分と楽しそうじゃないか」
慎吾は、アクション映画なんかのニヒルなキャラみたいな台詞を口にしていた。
「楽しくなんてないよ!?絶体絶命だよ!」
ワタシは、ややキレ気味に叫ぶ。もはや、息も絶え絶えなのだ。
「そうか?オレには花子がすっげえ楽しそうに見えるけど」
慎吾は、真顔でそんなことを言っていた。
…慎吾が言うのなら、そうなのかもしれない。
ワタシは今、このゲームを楽しんでいたんだ。自分では、あまり気付かなかったけれど。
「でも、もう終わっちゃうよ。ここで鬼に捕まりそうだから…だから、慎吾だけでも逃げてよ」
このままでは共倒れだ。けど、慎吾だけなら逃げられる可能性はある。一緒に走ってたから分かるんだけど、慎吾って体力お化けなんだよね。さすがは元高校球児だよ。
「そんな健気なこと言うなよ。花子じゃないみたいじゃないか」
「ワタシが健気なこと言っちゃいけないのかな!?」
叫ぶワタシに、慎吾は微笑んでいた。もしかすると、ワタシも慎吾と同じ顔をしていたのかもしれない。
「花子…この先に土塀がある」
「それが…なに?」
徐々に会話をすることも辛くなってきた。この状況で慎吾と話をするのも、けっこう楽しかったのだが。
「花子はその土塀を越えて逃げろ」
「今のワタシにそんな体力があるとでも?」
「オレが肩車をしてやるから」
「でも…それじゃあ慎吾が捕まるよ!」
「このまま二人で心中するよりいいだろ」
慎吾が言った土塀は、すぐに見えてきた。高さはそこそこある。ワタシ一人なら、絶対に越えられない。
「ほら、早くしろ花子!」
慎吾は屈み込んだ。
ワタシに『乗れ』と、行動で示している。
「ごめん…ありがとうね、慎吾!」
ワタシは、慎吾に肩車をしてもらった。
「いくぞ、花子…うぉ、やっぱり重いな」
「今、重いって言ったか!?」
乙女に対して重いと申したか!?
しかも、やっぱりってなんぞ!?
けど、慎吾はワタシを担ぎ上げた。
「行けるか、花子!」
「えと、ちょっとバランスが…」
肩車のままでは土塀の上に上がれなかったので、そこから立ち上がろうとするが難しい。なんとか、塀の縁に手がかかったけれど、ワタシはもたもたとしていて、土塀を乗り越えられなかった。そんなワタシを、慎吾の手が押し上げる。
「ほら、急がないと鬼が来るぞ」
「あー!今ワタシのお尻に触ったあっ!?」
「悪い!けど、不可抗力だよ!」
「慎吾じゃなかったら許さないとこだよ!?」
「…そりゃどーも!」
…そもそも、慎吾が相手じゃなかったらワタシは肩車を躊躇っていたはずだ。そして、そのまま鬼に捕まっていた。
「よ…し!」
なんやかんやで、ワタシは土塀の上に登ることができた。人間、やってみれば意外とできるものなんだね。けど、慎吾はまだ下だ。そして、鬼はすぐそこまで来ている。
「慎吾!」
ワタシは、慎吾に手を伸ばした。
今度は、ワタシが慎吾を引き上げる番だ。
けど、慎吾はそれを拒否した。
「いいからそのままいけ、花子!」
「でも、慎吾…」
「オレが鬼を引き付けるから、花子はそっちから逃げろ」
「…慎吾!」
慎吾はもう走り去っていた。けど、走りながら、右手の親指を立てていた。慎吾なりのエールだ。
「…慎吾」
ワタシは、土塀から降りて慎吾とは反対の方角に逃げる。
「…慎吾も一緒が、よかったなぁ」
そんなことを、思いながら。
けれど、しばらくしてからアナウンスがあった。
それは、慎吾が鬼に捕まったことを知らせるものだった。
「…慎吾」
慎吾に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった
けれど、ワタシのお尻を触った時のことを、慎吾は後にこう語っていた。
「かなり肉がついていた」と。
…そんなについてないわぁ!
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
どうでもいい話なのですが(どうでもいい話しかしたことがないのですが)、いつも推敲する時はプレビューで最後の確認をしております。
のですが、なんか、いつもややえっちぃ感じの漫画の広告が出てるんですよね。
あれ、自分だけでしょうか?
他の方は健全な広告が出ているのでしょうか?
自分の場合だけ『お前の小説ならこんな広告だろ?』的なかんじなのでしょうか?
支離滅裂な後書きですが、こんな内容でも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。




