13 『質問を質問で返すなあッー!』
「花子さん…やっぱり、私たち別れましょう」
クレアさんは、伏し目がちにそう言った。
その声には一切の喜色がなく、ただただ深く沈んでいる。
「…クレアさん?」
「その方が、きっとお互いのためですよ」
修道服のシスターは、ワタシから瞳を逸らす。その瞳は物憂げで、その唇からは小さな吐息が漏れていた。その吐息は、通りすがりの風にさらわれていく。
「クレア…さん?」
「このまま私たちが一緒にいれば、二人とも駄目になってしまうと思うのです」
クレアさんは、胸の前で両手を組んでいた。修道女らしく、祈りでも捧げるように。そんなクレアさんに、そっと雲間から光が差し込んだ。日差しに照らされているはずなのに、その光は彼女に陰を落としていた。
「花子さんは私とは別れたくないかもしれませんが、私たちがこれから先の未来を歩いていくためにはやはり別々に…」
「いやいやいや、クレアさん。さっきから何なんですか!?」
この空気おかしいでしょ?
なんで別れ話みたいな感じになってんの?
付き合ってもいないんだよ?
「何ですか…とは?」
「先ず、ワタシとしては『質問を質問で返すなあッー!』って言いたいところですけれど、あまり時間をロスしたくないのでそこはスルーします…なんで、この状況で男女の愁嘆場みたいな雰囲気を出してるんですかってことですよ!傍から見たら完全に別れ話をしてる男女ですよ、今のワタシたち!睦言なんて一回も交わしてないでしょ!?」
第三者に見られていた場合、完全に誤解されるヤツだ。そんな台詞を、先刻からクレアさんは妙に色っぽい仕草で口にしていたのだ。ワタシがこの人と付き合ってるなんて噂が流れたらどうするのだ。花子ちゃんのスキャンダルなんて、王都が縦に揺れるくらいの大騒ぎになっちゃうよ?ということを熱弁をしたが、クレアさんは小首を傾げていた。
「そうでしょうか?」
「誤解されるフレーズのオンパレードでしたよ!?『やっぱり、私たち別れましょう』はカップルがパートナーから言われたくないセリフの第一位なんですよ!?」
花子ちゃん調べなので二位と三位は知らないが。
「あと、なんかワタシの方が別れたくないみたいな感じになってるのやめてもらえません!?」
なんでワタシの方が未練ある前提なんだよ。
「ええと、私としては花子さんとは一端お別れして、それぞれ別々にゲームに参加しましょう、ということを言いたかったのですが」
「そうですね、最初はそんな感じでしたね。でも、その途中からおかしくなっていったんですよ。その雰囲気を出したのクレアさんですからね?というか、聖職者があんなえっちぃ雰囲気を出すのやめていただけます?あの雰囲気が許されるのは人妻だけですからね」
そういえば、ワタシの周りにまだ人妻キャラっていないな…いや、人妻キャラはどうでもいい。
「ええと、花子さんが何をおっしゃっているのか、私にはよく分かりませんが」
「…奇遇ですね、ワタシもです」
その自覚はあるが、心の中に『ユリを見守るおじさん』がいるこの人に言われるとちょっとショックだな。と、先ずは軌道修正だ。隠れているとはいえ、ここが安全圏とは言い切れない。なので、ワタシは言った。
「とりあえず状況を整理しましょう…クレアさんは、ここからは別々に行動しましょうって言いたいんですね」
「はい」
たったこれだけのことなのに、あれだけ大騒ぎをしていたのはなぜなんだろうか。いや、騒いでいたのワタシだけだったけどさ。
「理由を聞いても…いいですか?」
先ほど、ワタシたちはお宝をゲットできた。ここまでは順調といってもいいはずだ。本格的に鬼と遭遇したわけでもない。それなのに、なぜ、クレアさんは別行動を言い出したのだろうか。
…ワタシといるの、楽しくなかったのかな?
けれど、クレアさんは想定外の言葉を口にした。
「花子さんと勝負がしたくなりました」
「…勝負?」
菖蒲じゃなくて?
いや、菖蒲でも意味が分からないけど。
「私は、このゲームで勝っても賞金を受け取ることはできませんし、そもそも、参加をするつもりもありませんでした」
そういえば、クレアさんは世話をしている孤児たちの推薦で勝手に参加させられたのだったか。
「ですが、楽しそうな花子さんを見ていて、私も本気でこのゲームに参加してみたくなったのです」
「え、そう…なんですか?」
ワタシといるのが嫌になった、とかではなく?
「はい。私では花子さんみたいに上手にはできないかもしれませんが、それでも、頑張ってみたくなりました。あの子たちにも普段から『一生懸命にやりなさい』って言っていますから」
「ワタシ…も、別に上手とかではないですよ?」
今、ワタシ、褒められてるの?
なんだか、こそばゆい感じがする。けれど、不快ということは全くない。
「それじゃあ、私と花子さんはこれからライバルですね」
「ライバル…ですか」
そんなことを言われたのも、初めてだった。
この『リアルかくれんぼ』というゲームに参加してから…いや、この異世界に来てから、ワタシの周りは初めてでいっぱいだった。ワタシは、笑みを隠しくれなくなる。
「負けませんよ、クレアさん」
この世界に来るまで、ワタシは殆んど負けたことがなかった。
そもそも、戦えなかったからだ。ワタシを蝕む、病気のせいで。
けど、この世界でならワタシでも戦える。そして、この世界には、ワタシのライバルになってくれる人もいるんだ。
「でも、いいんですか、もし、クレアさんがこのゲームで勝っちゃったりしたら…賞金は受け取れないんですよね?」
ワタシは、気になっていた疑問を投げかけた。彼女の教義ではそういうお金は受け取ってはいけない、ということになっていたはずだ。しかし、クレアさんあっさりと言ってのけた。
「賞金は辞退すればいいだけだと思いましたので」
「あ、そう…ですね」
百万円の賞金に目が眩んでいるワタシからすれば、辞退という発想は出てこなかった。
「なので、何の憂いもありません。私も花子さんに負けませんよ。では、ここからは別行動で行きましょう。ご武運を祈っておりますよ」
クレアさんは、そこで背を向けて歩き出そうとする。
その背中を、黙って見送ることが、できなかった。
…多分、さみしかったからだ。
ワタシのことをライバルと呼んでくれた、この人と別れることが。
「あ、あの、クレアさん…このお宝、受け取ってください」
ワタシは、先ほど獲得した緑色の珠をクレアさんに手渡そうとした。
けど、クレアさんは困惑の表情を浮かべる。
「え…え?」
「あの、クレアさんと二人で手に入れたお宝ですから、その…」
「それは受け取れませんよ」
クレアさんは、少しだけ困ったような表情で微笑んでいた。
おそらくそれは、小さな子供に向ける微笑みだったはずだ。
「でも…ワタシ一人じゃゲットできなかったですから」
「いいえ、花子さんはお一人でもそのお宝を手に入れられましたよ。なので、それは花子さんの物です」
「…そうでしょうか」
「そうですよ」
そこで、会話のエアポケットに入った。沈黙が、音もなく降り積もる。
このままではすぐにクレアさんとは別行動になってしまうと、名残惜しさに突き動かされ、ワタシはクレアさんに尋ねた。
…なんだ、別れることに未練があるのはワタシの方だったんじゃないか。
「あ、あの…『聖人さま』って、誰なんですか?」
以前、広場で遊んでいた孤児たちがその名を口にしていた。今の今まで忘れていたのに、この場で思い出した。
「花子さん…どこでその名を聞いたのですか」
「前に、広場で会った子たちが言っていたんです…服やおもちゃを送ってくれる人がいる、って」
その子供たちの世話をしているのは、このクレアさんだ。クレアさんなら、その『聖人さま』について何かを知っている可能性は高い。
…別に、本気で知りたかったわけではないのだけれど。ただ、クレアさんを引き留めようとして口走ってしまっただけだ。
「そうですね…実は、私も『聖人さま』についてはよく知らないのです。三年ほど前から、あの方は孤児院に色々な物を送ってくださっているのですけれど、いつも匿名なのです」
「匿名で贈り物ですか…この世界にも伊達直人みたいな人がいるんですね」
「ええと…どなたでしょうか?」
「あ、気にしないでください」
伊達直人さんは匿名じゃなくて偽名だったけれど。
「なので、私たちはその方の名前を知らないので『聖人さま』と呼ばせていただいております」
「確かに、『聖人さま』ですね、その人」
「大体お祭りが終わった頃でしたね、あの方が贈り物をしてくださるのは」
クレアさんは微笑みを浮かべていた。その笑みには、『聖人さま』に対する感謝が浮かんでいた。そんなクレアさんを見ていると、ワタシも覚悟が決まった。いつまでも駄々をこねている場合ではない。
「では、そろそろ行きましょうか、花子さん」
ワタシの覚悟が決まったことを察してくれたのか、クレアさんがそう言ってくれた。
「はい、行きましょう…それではご武運を、クレアさん」
ワタシは、そこで右こぶしをクレアさんの前に出した。クレアさんは、最初は意味が分からなかったようだったけれど、ワタシのこぶしに自分のこぶしを合わせてくれた。こういう挨拶は男の子同士でやるものかな…とは思ったけど、やってみたかったのだ。
「…………」
そして、ワタシたちは背中合わせで歩き出した。
なんだか背中が寂しい気がしたけれど、その背中にエールが送られているような気もして、気分が高揚した。
だから、ワタシは歩き出せた。
次のお宝を手に入れるために。
「…とはいえ」
次のお宝がどこにあるかは、まったく分からないんだよね。
と、適当に歩いていたワタシの前に、人影が現れた。
…何の気配も、しなかったのに。
「やあ、こんにちは」
驚き、身を竦めていたワタシに、人影が挨拶をしてきた。
「あなた…は」
そこにいたのは、『勇者』を名乗ったあの女性…いや、元男性なんだっけ?
…兎に角、あのややこしい人だ。
「こん…にちは」
たどたどしく挨拶を返したワタシに、『勇者』さんは言った。
「いきなりで悪いんだけどさ、俺は君の敵なんだ」
ワタシの…敵?
…いや、本当にいきなりなんですけど?
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっと思いついただけのボケを入れたら意外と長くなってしまいました…。
そんな感じで見切り発車ばかりの展開ですが、この先も読んでいただけると幸いです。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。
ありがとうございましたm(__)m




