12 『お宝、ゲットだぜ!』
「むむむ…これは」
ワタシは、眼前の『課題』とにらめっこをしていた。知らず知らずのうちに、アヒル口になりながら。
この『リアルかくれんぼ』というゲームの勝利条件は、三種類の『お宝』を手に入れること、だ。そして、その『お宝』を手に入れるためには、『課題』をクリアしなければならない。
そして、その『課題』とやらがこれだ。
『以下の三枚のカードの中から正解を選択しろ
ただし、カードをめくれるのは一度だけ』
「むむむぅ…」
もう一度、ワタシは唸った。
何度も見返したが、その文言が変化することはない。
道の端にテーブルが置かれ、そこにこの『課題』が記されていた。その下に三枚のカードが伏せられている。三枚のカードはどれも同じ模様で、区別はできない。
「…要するに、この三枚のカードの中から一枚の正解を当ててみろってことなんだろうけど」
透視でもしろってことかな?
ワタシ、エスパーじゃないからね?
御船千鶴子じゃないからね?
「これ、『間違いを選択した場合は即リタイア』とも書かれていますね」
クレアさんが言ったように、脇に注意書きが存在していた。
「一度でも間違えば、そこで強制終了ですか…」
間違えてもリタイアなどの罰則がないのなら、ゾンビアタックで正解を引き当てるまでカードをめくり続ければいいだけなのだが、それもできそうにない。おそらく、魔法的な仕掛けが施されているはずだ。
「テーブルの下に金庫みたいな箱がありますね」
ワタシがテーブルの下を覗き込むと、そこには鉄製の箱が置かれていた。正解を選べば、この箱が開く仕掛けなのだろう。箱ごと持っていくことなど細腕のワタシにはできなさそうだし、鍵開けなんて芸当ができるはずもない。
「…じゃあ、正攻法しかないですね」
呟いてからもう一度、『課題』と向き合った。腹を括るしかないようだ。
…とはいえ、三分の一だ。賭けとしては分が悪い。
めくれるカードは一枚だけなのに、カードは三枚もある。失敗は即ゲームオーバーだ。尻込みをしてしまうのも、無理はないのだ。けれど、いつまでもここでこうして二の足を踏み続けていられる状況でもない。この瞬間にも、鬼が現れないとは限らない。
「私が選びましょうか」
クレアさんが、そんなことを言い出した。
「私なら、失敗してリタイアになっても問題ありませんから」
「クレア…さん」
シスターであるクレアさんは、教義として賞金などのお金を受け取ることができない。だから、こんな提案をしてくれたんだ。
「ですが…やっぱりそれは」
嫌だった。
効率で考えれば、一枚をクレアさんに引いてもらうのが一番だ。そこで正解を引き当てることができれば何の問題もないし、外れを引いてしまったとしても残りのカードが二枚になる。正解の確率が三分の一から二分の一になる、というわけだ。だから、それが『正解』なのかもしれない。けど、それはこの人を犠牲にする行為だ。ゲームなのだからアシストと言い換えることもできるかもしれないが…。
「そうだよね、これ…ゲームなんだよね」
ワタシは、また『課題』に視線を落とした。
『以下の三枚のカードの中から正解を選択しろ
ただし、カードをめくれるのは一度だけ』
そして、ふと思った。
本当に、テレビ番組みたいなゲームだな、と。
ワタシ、けっこうテレビは見てたのだ。
特に、バラエティ番組は好きだった。色々な企画があって、たくさんの人たちが年甲斐もなくはしゃいでいた。大人も子供も、男の人も女の人も、猫も杓子も。ワタシも、そんな風にはしゃぎたいと思っていた。だけど、それができないことも知っていた。ワタシがそうした番組を見ていたのは、病床で、だったからだ。あんな風にはしゃぐことも笑うことも、ワタシはできないと分かって、番組を見ながら泣いたことも何度もあった。
「…今、できてるじゃん」
そこで、気が付いた。
ワタシ、今、あのバラエティ番組みたいなこと、してるじゃん。年甲斐もなくはしゃいで、乙女にあるまじき全力疾走とかしてるじゃん。そのことを気付いたワタシの胸中が、熱くなった。それは、嗚咽の時の熱さのようでもあり、感涙の時の熱さのようでもあった。それらが織り交ざったハイブリットだったのかもしれない。けど、ワタシは今、こんなバカげたゲームに真剣になっているんだ。何度も憧れたあの世界と、同じ世界にいるじゃん、今のワタシは。
「なら…考えろ」
一つ呟き、一つ思考を深くする。
「やってみせろよ、花子」
もう一つ呟き、もう二つ思考を深くする。
先ほど、自分でも言っていたはずだ。このゲームは転生者が企画したんじゃないか、と。
実際に転生者がこのゲームに関わっているかどうかは、分からない。けど、ワタシたちがいた世界の番組と同じような思考でこのゲームは構成されている。
だとすれば、このゲームのクリアに知識は必要ない。知識が必要なゲームでは、万人が楽しめないからだ。
「このゲームで必要とされるのは…ひらめきだ」
これは、けっして犠牲を強いるゲームではない。そんな代償は求めていない。このゲームのクリエイターは、ジグソウとは違うのだ。
そのことに留意して、もう一度『課題』に視線を向けた。
『以下の三枚のカードの中から正解を選択しろ
ただし、カードをめくれるのは一度だけ』
穴が開くほど、『課題』を眺めた。
「花子…さん」
黙り込んだワタシを、心配そうにクレアさんが呼んだ。
そんなクレアさんに、ワタシは言った。クレアさんが呼びかけくれた瞬間に、気付けたからだ。
「…クレアさんがいてくれて、よかったですよ」
「え…え?」
ワタシの言葉が意味不明だったので、クレアさんは小首を傾げていた。
「クレアさんのお陰で、この『課題』の意図に気付けました」
そう、この問題を出した人間はある種の意図を持っていた。随分と底意地の悪い意図だけれど。
けれど、その意図に気付くことができた。クレアさんが、自分を犠牲にしようとしてくれたからだ。
「意図…ですか」
「はい、意図です」
クレアさんに微笑んでから、ワタシは動いた。
「この『課題』は、一人でもクリアできるように作られています…そして、これが答えです」
ワタシは勢いよくカードをめくった。
正解なんて、知らないけれど。
「花子さん…何をしているんですか!?」
クレアさんが、悲鳴に近い声を上げる。
ワタシの行動が、あまりに不自然だったからだ。
『不正解』
ワタシがめくったカードには、そう書かれていた。
「あ、ああ…花子さん、それ、駄目なんじゃないですか?」
クレアさんが言ったのは、ワタシが不正解を引いたことではない。いや、それも含めてのことかもしれないが、クレアさんは、『不正解』よりもワタシが両手に持ったカードに驚いていた。
「あー、どっちも外れですか」
ワタシは、右手と左手に一枚ずつ、カードを持っていた。つまり、ワタシは二枚のカードをめくったということだ。あ、ちゃんと同時に、だよ?
そして、その両方ともが『不正解』だった。
「ある意味すごいですね、ワタシ」
ここまでくじ運がないとは思わなかった。宝くじとか買っちゃダメだね、ワタシ。などと、小さな決意をしていた横で、クレアさんは
「ど…どうするんですか、花子さん!?」
「どうもしませんよ」
ワタシは平気の平左で言った。
けど、クレアさんは気が気でない様子だ。まあ、無理もないけど。というか、何も言わなかったワタシも悪いのだけれど。
…でも、ちょっとクレアさんを驚かせたい、という気持ちはあった。ごめんね、クレアさん。
「だって、二枚もめくっちゃって…これじゃあ、花子さんが」
「まあ、それはこれからですよ」
何がこれからかはまたも言わず、ワタシは、最後に残った一枚のカードを指差し、宣言した。
「このカードが、『正解』ですよ」
そう言った瞬間、テーブルの下のあの鉄製の箱が光った。そして、小さな金属音をさせた後で開く。
その中には、緑色の小さな珠が入っていた。
「これがお宝ですか、意外と小さいですね」
いや、でもあんまり大きいとゲームの邪魔になるのか。と納得していたワタシに、クレアさんが言った。
「え、ええと…何がどうなっているのですか?」
クレアさんからすると、ワタシが匙を投げたように見えたかもしれない。何の勝算もないまま、自暴自棄にカードをめくった、と。しかも、二枚同時に、だ。
「カードって一枚しかめくったらダメなんじゃないのですか?しかも、花子さんが選んだカードは不正解でしたよ?」
疑問符を並べるクレアさんに、ワタシは、種明かしを始めた。
「ワタシは不正解なんて選んでいませんよ」
「え、でも…カードをめくっていましたよ?」
「めくりましたね」
「しかも、二枚もめくりましたよ?一枚しかめくっちゃいけないんじゃないですか?」
「そんなことは書いてませんでしたよ。『カードをめくれるのは一度だけ』とは書かれていましたけど。なので、二枚のカードを同時にめくりました」
これなら、一度しかカードをめくっていないことになる。ルール違反など、ワタシはしていない。
「で、でも…めくったカードはどちらも不正解でしたよ」
だから、クレアさんはワタシがここでリタイアになると焦ったんだ。
ワタシは、最後の種明かしを始める。
「そうですね、だからワタシはその二枚は選びませんでした」
「…?」
「三枚のカードのうち、めくった二枚が不正解だったということは、残った一枚のカードが『正解』ということです。だから、残ったカードを選んだんです」
ワタシは、できるだけ噛み砕いた説明をクレアさんにした。
「『正解を選択しろ』と書かれてはいましたけど、不正解のカードをめくってはいけない、とは書いていなかったんですよ」
「そう…でしたでしょうか?」
クレアさんは、『課題』に視線を向けた。疑問符をたくさん浮かべた表情のまま。
『以下の三枚のカードの中から正解を選択しろ
ただし、カードをめくれるのは一度だけ』
「…確かに、不正解のカードをめくってはいけない、とは書いていませんね」
クレアさんはそう言った。その声は、釈然としてはいなかったけれど。
「はい。なので、ワタシは二枚のカードをめくって『正解』を探しました」
二つの手で、同時に二枚のカードをめくった。二回めくるとアウトになるので、一回だけ。
「残念ながらどちらも不正解のカードでしたけど…」
かっこよく『正解』が引ければよかったのだが、そうそう思い通りにはならないらしい。まあ、ワタシっぽくていいけれど。
「…なるほど、だから残る一つが『正解』だったわけですね」
なるほど、と言いつつもクレアさんは腑に落ちない、という表情を崩さない。
まあ、確かにこれ意地悪…というか屁理屈以外の何物でもないけどね。
「ですが、これでミッションコンプリートです」
釈然としていないクレアさんの横で、ワタシはお宝を掲げた。
そして、憧れの台詞だった一言を口にする。
「つまりは…お宝、ゲットだぜ!ってことですよ」
途中で名前の出てきた御船千鶴子という女性は実在していて、千里眼の持ち主でした(?)。
そして、誰もが知っているあのホラー映画の、ある意味ではルーツといえるお方です。
そんな御船千鶴子さんとは全く関係のないお話ですが、今回も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
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