7 『女子会に夢とか見ても、先ずはその幻想からぶち殺されるからな!』
ワタシの名前は、田島花子。
そして、女神さまの名前は、アルテナ。
ごく普通に病死をしたワタシは、ごく普通に女神さまに出会い、ごく普通に異世界転生を果たしました。
でも、ただ一つ普通ではなかったのは…女神さまは、アホだったのです。
「…いや、普通じゃないのは一つだけじゃなかったわ」
ほぼほぼ全部だわ。ワタシの異世界転生、何一つ普通じゃなかったわ。そんな中でも、あの女神さまこそが、群を抜いて普通ではなかったのかもしれないが。
…だって、中座の理由が『生理』とかいう女神さまがいるわけないじゃん。
あってたまるか、そんな異世界物語。
『お待たせいたしましたー』
…やけに爽やかな笑みで、女神さまは戻ってきた。
「もう大丈夫なんですか?」
『はい、『多い日も安心』のナプキンをつけてきましたので』
「具体的な報告はしなくていいです…」
おそらく、ワタシが人類で初だぞ。女神さまの口から『多い日も安心』とかいうセンシティブなワードを聞いた人間は。
『けど、生理用品は大事ですよ。花子さんはどうされているのですか?』
「…正直、こっちに来てから困ることも間々《まま》ありますけど」
そういった女子用のデリケートな商品はまだ出回っていないのだ、この異世界ソプラノでは。
『では、こちらからいくつかお送りしましょうか』
「できるんですか、そんなこと…?」
…本当ならちょっと助かる。
『まあ、それぐらいなら許可も出るでしょうか。それで、花子さんはどのようなタイプをお使いだったのですか?やっぱり羽つき派ですか?二日目とか重いですか?』
そして、ここからしばらくは女神さまとの生理用品談義が続いたが、ここの件は割愛させていただく。あまりに生々しいからだ。
けど、男子諸君に言っておく。
本物の女子会ってこんなのだからな!
女子会に夢とか見ても、先ずはその幻想からぶち殺されるからな!
『そういえば、何の話をしていましたっけ?』
「新しい転生者…繭ちゃんのことですよ」
完全に忘れてたな、この女神さま。
『ああ、そうでしたね…それで、ええと、ライブなどができるくらい、王都で繭ちゃんの人気が出た、という話でしたよね』
「はい、そこまではそこそこ順風満帆でした」
それなりに苦労はあったが、それなりに想定通りだったとも言える。
…ただ、今回もまた意味不明な展開のオンパレードだった。
一回くらいはドヤ顔で言ってみたいものだ、『計画通り』とか。
「そのうち、繭ちゃんのライバルとかも出てきたんですよね」
その時点で、フリルいっぱいのひらひらスカートもかわいらしいダンスも、繭ちゃんの専売特許ではなくなってしまった。
『あら、そうなのですか?』
「こういうのは、誰か一人が始めたら後追いは出てきますよ」
女の子なら、誰でもアイドルやお姫さまに憧れるものだ。
そして、二匹目のドジョウを狙う大人たちも、必ず出てくる。
『では、競合相手が出てきてからは大変だったのではないですか?』
「いえ、ライバルが出てきてくれた方が業界全体が盛り上がりますから」
アリアPとしても腕の見せ所だった。
「それに、根性がありましたからね、繭ちゃんには。さすがに、伊達にあの世は見てないですよ」
未練の強さは、ひっくり返れば想いの強さとなる。
それは他の子たちにはない、繭ちゃんだけの武器だ。
「とっても頑張ったんですよ、繭ちゃん。ボイストレーニングとかダンスとかだけじゃなくて、体力をつけるために重いコンダラまで引っ張っていたんです」
『それ多分そういう名前じゃないですよ…』
「ただ、敵もさるもの引っ搔くもの、だったんですよね」
『たまに出る古風な言い回しはお祖母さまの影響ですか…?』
「新しいアイドルたちが、雨後の筍みたいに乱立しました。繭ちゃん以外にもアイドルが出てくることは想定できましたけど、そのペースが早すぎたんですよ。しかも、早すぎても『腐ってやがる、早すぎたんだ』…とはなりませんでした」
ワタシの見込みが甘かったのか、異世界の柔軟性が高かったのか。
「そして、そのバラエティの豊富さが多種多様で異様でした」
さすがにあれは想定外だ。
「正統派のアイドルが出てくるのなら、まだ分かるんですよ。繭ちゃんというパイオニアがいましたからね。けど、そういう正統派だけじゃなくて、いきなり大食いアイドルとかの色物が出てきましたし、貝殻水着のセクシーアイドルだとか、さらにはおバカアイドルとか、別の星から来た不思議系アイドルだとか…果てはユリ営業アイドルとかまでデビューしてきた時は、さすがにおかしいだろって思いましたよ」
異世界のポテンシャルどうなってんの?
「最終的には、会いに行けるアイドルとかスクールアイドルまでお目見えしましたからね…ワタシの知らないところで秋元先生でも転生してきたのかと思いましたよ」
『さすがに、そんなにポンポンと転生なんてさせられませんから…』
「アルテナさまなら平気の平左でやりそうですけど…」
そんな感じで、異世界ソプラノは混沌を極めた。
アイドルという新興勢力によって。
「けど、さすがに飽和状態で食傷気味になってきたんですよね、アイドル業界も。ワタシも、アタリショックの頃を思い出して肝を冷やしましたよ」
『花子さんその頃まだ生まれてませんよね…?』
しかし、そんなことで埋もれる繭ちゃんではなかった。
「そんな中、増えすぎたアイドルたちを淘汰するために、大会とかを開こうってことになったんですよ」
『ああ、若手漫才師のトップを決めるコンテストとかありますものね。毎年、あの大会とオールザッツと笑ってはいけないあの番組は欠かさず見ていますよぉ。年末の楽しみに』
「けっこう俗な番組を見てるんですね…」
もはや、女神さまが日本のバラエティを見ていることに何の違和感も抱かなくなったワタシだが。
「もろちん…勿論、繭ちゃんもそうしたコンテストには軒並み参加しましたよ。繭ちゃんは全力で駆け抜けましたよ。アイドル驚羅大四凶殺とか、アイドル大威振八連制覇とか、アイドル天兆五輪台舞會とか」
『…頭にアイドルとか付けても免罪符にはなりませんからね?』
「繭ちゃんは、その全部の大会で優勝を含めた好成績を収めたんです」
さすがのワタシも涙ぐむほどだった。
「ワタシ、繭ちゃんに聞いたんですよ。どうしてそこまで頑張れたのって」
さすがに、根性だけで乗り越えられるほど甘い道程ではなかった。
「繭ちゃんは言いましたよ…『この星の一等賞になりたかったの!』って」
『いまいち感動できないのはワタクシが悪いのでしょうか…』
女神さまは微妙な顔つきをしていた。
「そして、繭ちゃんは名実ともにこの異世界でアイドルのトップに立ちました」
傍で見ていても、それは並大抵のことではなかった。
「ただ、ワタシたちは忘れてはいけないんですよ。繭ちゃんたちが輝くその陰で…大会後とか、大会の期間中にアイドルを引退したライバルたちの姿を」
もしかすると、繭ちゃんが陰になっていた可能性だって十分にあったのだ。
「あるアイドルは、引退の時に叫びました…『私のことは嫌いでも、メンバーのことは嫌いにならないでください!』と。とあるアイドルは、『普通の女の子に戻ります』という言葉を残してステージを去りました。他にも『体力の限界です』と舞台を降りた少女もいましたし、『迷わず行けよ、行けば分かるさ』と笑顔で引退したアイドルもいました」
『…最後の二人は本当にアイドルだったのですか?』
女神さまはなぜか訝しんでいた。
「そして、そんな繭ちゃんには、仕事のオファーが山のようにきました」
当然といえば当然だ。
あれだけの結果を残したのだから。
「町で開かれたお祭りではたくさんのお客さんの前で繭ちゃんは歌いましたし、兵隊さんたちと一緒にパレードをしたり、異種族の交流イベントの一環として、エルフたちと…」
『エル…フ?』
そこで、アルテナさまの柳眉が揺れた。
珍しい面持ちだった。
『エルフとは…あのエルフさんたちですか?』
「え、はい…多分、そのエルフさんです」
『あの、外見だけよくて高慢ちきで性格が悪くて、無駄に魔法に堪能で無神経に長生きで、ワタクシのことをBBAと呼んだあのエルフさんたちですね』
「…………」
ノーコメントだった。触らぬ神に祟りなし、だ。
『エルフさんたちは美形揃いだから他の種族を見下しているのですよね。特に男性エルフは。ワタクシのこの美乳のことも垂れ乳がとか言いましたし…ちょっとお調子に乗っているのですよ、古代の禁術魔法が使えるからって。けど、管轄が違うから天罰も当たられないんですよね』
ハイライトの消えた瞳でアルテナさまはぶつぶつと呟いていた。
控えめに言っても、女神がしていい顔ではない。
「で、そのエルフとの交流イベントに繭ちゃんが呼ばれたんですよね…エルフ大使館で歌を披露して欲しいという依頼で」
この王都にいるのは、基本的に人間種だ。ただ、少数ではあるが、人とは異なる種族もこの王都に居を構えていた。その中の一つがエルフ族だ。女神さまが嫌うように、エルフたちには気難しい一面があるのも事実だ。実際、自分たち以外の他種族を下に見ている節はあった。それでも、エルフたちはこの王都を訪れていた。訪れなければならない理由があったからだ。
それは、少子化だ。
エルフたちは、深刻な少子化に悩まされていた。
まあ、原因はなんとなく分かっていた。ただでさえエルフ男子は草食なのに、近年はこれっぽっちも恋愛に興味を示さない、完全草食男子になってしまったのだそうだ。
そして、その問題の解決法を模索し、エルフの元老院は、若いエルフたちをこの王都に派遣した。ワタシたち人類種を見て、少しでも恋愛に興味を持つように。
けど、その少子化問題は今日でも解決されていない。
人類種と触れ合っても、エルフたちが恋愛にはこれっぽっちも興味を持たなかったからだ。
そんなエルフたちとの交流会に、繭ちゃんも呼ばれた。
アイドルという文化に触れれば少しは異性を意識するのではないかと、繭ちゃんに白羽の矢が立って。
「繭ちゃんも王都のアイドル代表に選ばれたことで、すごく張り切ってたんですよ。『ボクの歌を聞けー!』って、いつも以上にハッスルしていましたし…ただ、ここからエルフたちとの外交問題に発展しました」
『なにがおこったのですかぁ?』
普段と違い、うっきうきで問いかけてくる女神さまだった。
…本当に嫌いなんだな、エルフのこと。
「その話をする前に…アルテナさまは、知っていましたよね?」
ジト目で、ワタシは問いかける。
『何をですか?こち亀が終わることなんて、ワタクシは当日まで知りませんでしたよ?』
「ワタシだって知りませんでしたよ…」
というか、今そんなこと聞くか。
「あの子が…繭ちゃんが生粋の男の子だったってことを、ですよ!」
繭ちゃんは、俗に言う男の娘だった。
そんな素振りはまったく見せていなかったのに。
本物の女の子にしか見えなかったというのに。
パンツだって女の子用のをはいていたというのに。
「そういう大事なことは事前に説明しておいてくださいよ!」
ワタシの叫びに、女神さまは『てへぺろ』という笑顔で返していた…腹立つな、その顔。
「一緒にショッピングに行った帰りに、『この寝間着かわいくない?』とか『このパンツはちょっと攻めすぎたかなー?』とか、あの子に戦利品を見せちゃってたんですからね!」
だけなら、まだマシだったかもしれない。
いや、女子としてはアウト寄りかもしれないが、ワタシも向こうのブラやオッパイなんかも見ている。痛み分けと言えなくもな…いことにする。
ただ、最悪なのが…お姉さんぶってバストアップのやり方とかを、あの子に語ってしまっていたことだ。
…どんな気持ちで聞いてたんだ、あの女装少年!
「で、話を戻しますと…エルフとの交流イベントに呼ばれた繭ちゃんでしたけど、反応はあまりよくなかったんですよね、エルフたちには」
特に、男エルフたちには。
気難しいのは知っていたが、あそこまでとは思わなかった。
『あのくそエルフたちですものねえ』
…とうとうくそエルフとか言い出したよ、この女神さま。
「それで、反応がよくなかったから繭ちゃんもいつも以上に力が入っちゃったんですよ。『よーし、ボクのアイドル100万パワー、プラス今までに戦ったアイドルみんなからもらった100万パワーを足して200万パワー…ここに、二倍のダンスが加わって400万パワー、さらに、いつもの3倍の回転力を加えれば1200万アイドルパワーだ!』って」
『アイドルパワーってなんですか…?』
「けど、さすがに1200万アイドルパワーは、繭ちゃんの体にとんでもない負担をかけたんですよ」
『ワタクシの知らない単位とか出さないでいただけますか…?』
「そこで繭ちゃんは倒れちゃったんですよ…そして、バレちゃったんですよね」
というか、ワタシもそこで知った。
「繭ちゃんが男の子だったってことが…」
さすがにビビったぞ、ワタシも。
…というか、事故とはいえ触っちゃったんだからな!
『あー、そこでエルフとの外交問題になったのですか』
「いえ、現場にいたエルフさんたちは別に怒りませんでしたよ、繭ちゃんが男の娘でも。ただ…」
『ただ?』
「そこで、エルフさんたちの…男子エルフさんたちのSEEDが弾けたんですよ」
『何か面白い展開が起こったのですか?』
またも目を輝かせる女神さまだった。
少しは隠しなさい、女神さまなんだから。
「ええと、なんというか、繭ちゃんを見て目覚めちゃったんですよね…自分たちもかわいらしい格好をしてもいいんだって」
すっごいきれいな目をしてたな、あの時のエルフさんたち。
「男子エルフさんたち、自分たちでも気づいてなかったみたいなんですけど…どうやら、潜在的にかわいらしい格好に憧れがあったみたいなんですよね。だから、恋愛にも消極的だったんです」
そして、ずっともやもやを抱えていた男子エルフたちはフラストレーションがたまっていて、他者にきつい態度をとってしまうこともあった。
「けど、繭ちゃんが女の子の服を着ているのを見て、男子エルフさんたちは自分もそうなりたいと願ったといいますか…実際に女の子の格好を、始めたんですよ」
それはもう、堰を切ったように一斉に。
「ついでにというか、男子エルフさんたちの…女装エルフさんたちの間では、繭ちゃんは女装の神として崇められてます」
『あのくそエルフたちが…崇める?』
「もっと言えば、神格化されてアルテナさまより信仰を集めてます」
『度し難いですねぇ!』
女装男子に負ける女神さまかぁ…。
「けど、結局というかなんというか…女装に目覚めた男子エルフさんたちって、さらに女の子エルフたちとの恋愛には興味をなくしちゃって」
今回の顛末を、ワタシは口にした。
「エルフ族の少子化が、本格的に加速しそうなんですよね。で、少なからずエルフ族と人間種の間に軋轢が生まれてしまったというか、信じて送り出した若いエルフたちが云々かんぬんという結果になったというか…これが、エルフ族との間に発生した外交問題の概要です」
ワタシがそう語り終えると、アルテナさまはお腹を抱えて笑っていた。
しかも、笑いながら床を転げまわっていた。
…おい、女神さま。
こんな感じで、今回も転生者の起こす騒動にずっぽりと巻き込まれたワタシだった。
けれど、ここで一つ、言っておかなければならないことがある。
この物語は、ワタシと転生者たち、そして女神さまとの日常を淡々と描いた物だと言っていたけれど、『アレは嘘だ』、と。
…まあ、もともと日常じゃなくて非日常だったけどね!
これを日常系とか言ったらきららファンから石を投げられちゃうからね!