9 『意地があるんだよ、女の子にもねぇ!』
「…………」
背後に気配を感じ、驚いた時の猫のようにビクつきながら振り向いた。ワタシがいた場所は物陰だ。そこは建物と建物の狭間で、日差しは遮られていて昼でも薄暗い。当然、振り返ったその先も薄暗かった。なので、最初はそこに誰がいるのか分からなかった。しかし、確かにそこに人影がいた。
…まさか、もう鬼に見つかった?
「花子さん」
人影から声をかけられ、初めて気が付いた。ワタシと同じ物陰にいたのは、心の中に『ユリを見守るおじさん』が住み着いているシスターのクレアさんだ。正直、参加者の中に彼女の姿を見かけた時は驚いた。ワタシは、そんなクレアさんの名を呼んだ。
「…クレアさん」
しかし、なぜ、シスターである彼女はこのゲームに参加したのだろうか。ふと、そんなことが脳裏に浮かんだ。この人も百万円に釣られた口だろうか。けれど、聖職者であるこの人がそんな俗っぽい理由でこのゲームに参加するとは思えなかった。まさか、このゲームでユリを見守るもくそもないだろうしね。そして、なぜ、このタイミングで声をかけてきたのだろうか。このゲームは、表向きは個人戦となっているというのに。
「花子さん…どこかにトイレはないでしょうか?」
「…そこの道路を右に曲がった先に公衆トイレがあったはずですよ」
…まさか、トイレの場所を聞かれるとは思っていなかった。肩透かしというかこの人らしいと言うべきか。
「教えてくれてありがとうございます…最悪、花子さんの隣りで粗相をする覚悟はしていましたが」
「…勝手にワタシを巻き込む覚悟をしないでください」
「花子さんが見守ってくださるなら、それもアリかと思いまして」
「見守りたくないのでさっさと行ってきてください!」
できる限りの小声で叫んだ。クレアさんは少し内股っぽい姿勢でトイレに駆け込んでいく。そして、しばらくして戻って来た。随分と緩んだ笑顔を浮かべながら。
「ふう…助かりました。重ねてお礼を言わせてください、ありがとうございます、花子さん」
「…いえ、どういたしまして」
ここで気付いたのだが、どうしてワタシはこの人を待っていたのだろうか。さっさとお宝でも探しに行けばよかったというのに。これはかくれんぼだ。二人でいれば鬼に見つかるリスクも二倍になってしまう。
「クレアさんは…どうしてこのゲームに参加したんですか?」
どうせこの人を待っていたのだから、ついでに聞いてみた。
「ええと、孤児院の子たちが勝手に応募してしまいまして」
「ああ…お母さんが勝手に事務所に書類を送っちゃったパターンですね」
「…?」
クレアさんは小首を傾げていたので、「気にしないでください」と言っておいた。
「クレアさんは、こういうかくれんぼとか得意なんですか?」
ワタシはクレアさんに尋ねながら周囲を窺った。クレアさんが戻って来たので、そろそろ移動を開始しなければならない。このゲームには時間制限もあるのだ。
「いえ、私はそこそこどんくさいので…ハッキリ言って苦手ですね」
「そうなんですか?ちょっと意外ですね」
クレアさんはシスターで、孤児院で子供たちの面倒も見ている。当然、その子供たちを相手に鬼ごっこやらかくれんぼで遊び相手をしているのではないかと思ったのだけれど。
「院の子供たちと一緒に遊んでいても、私だけタッチされても鬼にならない、というルールがあったりします」
「…それ、かなり小さい子が年上の子たちと遊ぶ時のルールですよね」
つまり、子供たちからも格下扱いをされているということだ。
「なら、賞金が目当てでゲームに参加したわけじゃないんですね」
元々の参加理由が子供たちの推薦なら、この人がこのゲームで躍起になる理由はない。と、思ったのだけれど。
「そう…ですね」
クレアさんは、浮かない表情をしていた。やや俯き加減で、瞳も伏せがちで。
「あの…もしかして、賞金が欲しかったりします?」
言ってから気付いた。かなり俗っぽい聞き方をしてしまった、と。そんなことを聞かれて、シスターであるこの人が素直に答えられるわけがない。
「そう、ですね…必要と言えば、必要です」
「…え?」
想定外の返答に、ワタシは驚いてしまった。そんなワタシに、クレアさんはさらに言った。物陰の暗さが、彼女を包む。
「生活をしていくだけでも、お金は必要ですから」
クレアさんは、小さく微笑んでいた。けれど、その微笑みは、なぜか後ろめたそうにも見えてしまった。
「そうですよね…お金は大事ですよね」
ワタシは、知った口でそんなことを言ってしまった。ワタシなんかが、お金の本当の価値を知っているのだろうか。一応、ワタシも冒険者ギルドで働いている。そこからお金ももらっている。そのお金で生活をやり繰りもしている。けど、結局、ワタシはワタシ一人が好き勝手に生きているにすぎない。この人のようにたくさんの子供たちの世話をしているわけではない。たくさんの子供たちを守るためには、それ相応のお金が必要となる。それだけ、ワタシとクレアさんにとってはお金の価値は同じではない、ということだ。
「ですが、仮に私がこのゲームに勝ったとしても、賞金を受け取ることはできないのです」
「え…それは、どういうことなんですか?」
クレアさんの言葉に、ワタシの声が裏返った。
「私たちの教団の教義に、他者から不当なお金を受け取ってはいけない、という教えがありまして」
「そんな…不当なお金じゃないと思いますけど」
あくまでも、ここでもらえるのは賞金だ。不当に詐欺を働いて他者から搾取をしたような汚れたお金ではない。
「ですが、働いて得た対価というわけではありませんし、きちんとした善意でいただいた寄付というわけでもありませんから」
「むぅ…頭でっかちですねぇ」
「古い教団ですから」
と、クレアさんはまた微笑んだ。やはり、その笑みは寂しげだった。
「あ、そうだ、花子さん」
クレアさんは、軽く手を叩いて言った。なんだか、話題を逸らしたようにも感じられた。
「あちらの通りに、お宝らしきものがありましたよ」
「え、そうなんですか?」
このゲームで勝つためにはそのお宝を三種類、集めなければならない。その三種類のお宝を集めてゴールをして、初めてこのゲームの勝者となれる。
ただ、まだゴールの場所は知らされていない。三種のお宝を集めた時、その場所が明らかになるのだそうだ。
「よし、じゃあ行ってみましょう、クレアさん」
ワタシは、クレアさんの手を取って駆け出した。お宝という言葉に心が弾んでしまった。
「あ、花子さん…」
「すいません、もうちょっとゆっくり走った方がよかったですか?」
お宝と聞いて焦ってしまった。いきなり手を引いたりしたらクレアさんもビックリするかもしれない。
「いえ、そうではなくて…急に女の子に手を握られたので、私の中の『ユリを見守るおじさん』が暴れ出してしまいそうになりまして」
「ホント、もうそのおじさん島流しとかにした方がいいですよ…」
というか、自分の時にも出てくるんですね、そのおじさん。
あと、前々から思っていたんですけど、そのおじさん、別にユリを見守ってませんよね?
割りと頻繁に出てきますよね?
「よし、行きましょう、クレアさん」
とりあえず、『ユリを見守るおじさん』のことは忘れてワタシはクレアさんと走った。
きっと、クレアさんは何かで悩んでいる。
けど、それは、ワタシなどにどうこうできるものではないはずだ。
ワタシは、まだ子供なんだ。
身体的、年齢的に幼いという意味での子供というわけではなく、人生における戦力的に、という意味で子供だ。
だから、クレアさんはワタシには話さなかった。
その、抱えていた悩みを。
「…………」
だから、ワタシはクレアさんの手を引いて走った。
確かに、ワタシは戦力外だ。
大人のクレアさんを支えることは、おそらくできない。
それでも、何もしないのは嫌だった。
「意地があるんだよ、女の子にもねぇ!」
今回も、最後までお読みいただきありがとうございました。
今日は、少し珍しい時間に投稿することができてテンションがちょっと上がっております。
…反応が全くなかったら怖いなぁ、とも思っておりますがw
どうでもいい余談ではありますが、鬼にタッチされても鬼にならず、そのまま逃げ続けていい子のことを『ごまめ』と、うちの地域ではそう呼んでいました。
こういうのって地域差とかあるのでしょうか?
それでは、次回もよろしくお願いします。




