8 『ティアちゃんは置いてきた。この戦いにはついてこれそうにないからね』
「あー、もう…本当に調子が狂っちゃうよね」
建物の陰に身を潜め、ワタシは聞こえないような小声で呟いた。いや、ぼやいていた。心拍数の高まりと共に、呼吸も荒くなる。ちょっと平常心ではいられない状況だった。それもこれも、あの人の…騎士団長のナナさんの所為だ。
「こっちは今日のために特訓だってしたんだよ」
具体的には、慎吾と一緒に早朝のジョギングをした。慎吾は畑仕事をしているので朝が早い。その朝の仕事が一段落した後、ワタシの特訓に付き合ってもらったのだ。
「お陰で、少しは体力もついたよ」
ただ、運動量の割りには体重は落ちなかった気がする。なぜだろうか。運動をした後の朝ご飯があんなに美味しかっただけなのに。
「…そんな感じで、今日のためにコンディションを整えてきたっていうのに」
先ほどの、ナナさんの「これからみなさんには殺し合いをしてもらいます」発言で完全に出鼻を挫かれた。ワタシだけじゃなくて、他の参加者や周りにいた観客だって目を丸くしてたよ。お祭りの余興のはずなのに、『いつの間にデスゲームに参加させられていたんだ』って顔してたよ。その後、ナナさんはすぐにこう訂正をしていたけれど。
「あ、これ来週の結婚式の二次会でする挨拶のメモだった」
とか、すっとぼけた顔でナナさんは言っていた。思わず、ワタシだって叫んじゃったよ。
「結婚式の二次会の挨拶でもアウトだよ!」
おめでたい席を血の海に染める気かよ!
そんなんだから結婚できないんだよ!
嫉妬にもほどがあるでしょ!?
あなた、この王都を守る騎士団長ですよね!?
しかも、ゲーム開始の号令もあの人がやったんだけど…。
「よし、デュエル開始の宣言をしろ、ミソノー!」
…だったからね。
やりたい放題だったね、あの人。
ホント、誰だよ、ナナさんにこのゲームの挨拶とかさせたの。お陰で、ゲームが始まる前からワタシのペースが乱されっぱなしなのだが?
「あー、もう、落ち着こう…よし、素数を数えて落ち着くんだ」
1、2、3、5、7、9…いや、9は違う?というか1も違ったっけ?
まあいいや。
「ここでうだうだ言ってても仕方ないよね…ゲームはもう、始まってるんだ」
そう、既に始まっている。『リアルかくれんぼ』と呼ばれる、このゲームは。
しかも、事前の説明で初めて分かったことなのだが、このゲームはかなりの広範囲で行われていた。王都の工業区と呼ばれている地区が、そっくりそのままゲームのフィールドとして使われている。
「いや、どんな規模よ?」
パン屋のおじさんに、去年のゲームについて聞いた時も「そこそこ広いよ」とは言ってたけど…ここまでとは聞いてないよ?特訓前の花子ちゃんなら、それだけでギブアップしちゃってたよ?
「けど、百万円だからね…それだけのニンジンをぶら下げられたら、花子ちゃんだって奮起するよね!」
と、意気込んでみたが、やっていることはほぼコソ泥である。仕方ない。ルール的にはまさにそうなのだから、仕方がないのだ。これも葦名のため?なのだ。
参加者たちは、鬼に見つからないように三種類のお宝を探さなければならない。昨年までは、お宝を三つとも集めなくとも集めた数に応じて賞金が貰えていたそうだが、今年からはルールの変更があった。最悪、途中で妥協するのもありかと思っていただけに、この変更はちょっと残念だった。
ただし、今年からは隠されているお宝の数が増えているとのことだった。お宝の発見が容易になっているのなら、ゲーム自体の難易度は下がっているとみていい。ただ、そうなると、複数の参加者がゲームの勝者となる可能性が出てくる。この『リアルかくれんぼ』の勝利条件は、三種のお宝を集め、ゴールに到達すること、だからだ。
「その場合、勝者の人数で百万円を山分けすることになるそうだけど」
参加者は二十人ほどだ。全員が勝者になることはさすがにないだろうし…どれほど勝利者が多くなったとしても、五人くらいが関の山といったところではないだろうか。
というのも…。
「他の人たち、あんまりやる気があるようには見えなかったんだよね」
そう、参加者の人数が少ないことも気になっていたが、実際の参加者たちからもやる気というか覇気というか、兎に角、勝とうという意思が感じられなかった。どちらかといえば、子供の運動会を見に来た親御さんのような呑気さがあった。
「やっぱり変だよね…このゲーム」
けど、余計なことを考えるのは後だ。今は、勝つことだけを考えていればいい。気持ちを切り替え、ワタシは物陰を進む。今のところ、鬼とは遭遇していない。範囲が広いし、鬼の数も最初は少ないのだそうだ。
「後半になると、その鬼が増えるみたいだけど…」
バラエティー番組の定番だよね、そういうテコ入れって。誰か、転生者が入れ知恵でもしてるのかな。
そして、ワタシたち参加者の敗北条件は、鬼にタッチをされること、だ。これだけではほぼ鬼ごっこだけれど、これはかくれんぼだ。一定時間、鬼に見つかった参加者はそれだけでアウトとなってしまう、ということだった。
「なんか、鬼に見られてるとゼッケンが赤く染まってくるって言ってたけど…」
完全に赤色になれば、その時点で参加者は敗北となるそうだ。
鬼に触れられてもアウト、一定以上、鬼に見られてもアウト。その上で、参加者は『お題』とやらをクリアして三種のお宝をみつけなければならない。思っていた以上に参加者はハードモードだよ。
「救済措置も、あるといえばあるんだけど」
参加者には、数珠のようなものが渡されていた。その数珠は、鬼が近づいてくると振動して参加者に教えてくれるらしい。鬼にはそうした道具は渡されていないそうなので、これは完全に参加者だけのアドバンテージだ。
「それに、このゲームには必勝法がある」
ワタシは、決め顔でそう言った。
誰かが見ているわけではないし、声だってほとんど出してないけれど。
このゲームには、ワタシ、慎吾、雪花さん、繭ちゃん、白ちゃんの五人で参加していた。
ワタシは、念入りに周囲を見渡した後、『念話』を発動させた。
平たく言えばテレパシーで、離れた相手とも心で会話をすることができる。これは、世界でワタシだけが扱えるユニークスキルだ。
『もしもし』
電話ではないが、電話のようなやり取りになってしまうのは仕方ないね。
『花子か』
ワタシが『念話』をかけた相手は慎吾だった。
ワタシは慎吾に問いかける。周囲に気を配りながら。
『そっちはどう?鬼はいた?』
『いや、まだだよ。そんなすぐには出くわさないようになってるんじゃないか?』
『あー、そうかもしれないね』
このゲームを企画した人は、エンタメのいろはを知っている人間だと思われる。最初から脱落者をバンバン出すようなことは、おそらくしない。観客も盛り上がらないしね。
そう、このゲームには観客もいる。
魔法を使い、鬼が見ている視界をスクリーンのように投影しているのだそうだ。すごく難度の高い魔法だそうで、扱える人はごくわずかだと聞いている。その魔法を使い、観客たちにこの『リアルかくれんぼ』を楽しんでもらっている…ということを、観客席で酔っぱらいながら観戦しているシャルカさんが教えてくれた。何してんの、あの人?隣りにいたティアちゃんが頻りに『このキス魔を何とかしろ!』と『念話』で苦情を入れてきた。何してんの、あの人?
『ありがとね、慎吾。また後でかけるよ』
電話のように『念話』を閉じた。それから繭ちゃんや白ちゃん、雪花さんにも『念話』で話しかけたが、慎吾と同じようにまだ鬼とは出くわしていないと教えてくれた。
「…………」
ワタシたちは、このゲームのフィールドを九つに分けた。北側から順にエリアA、エリアB、エリアC…といった感じだ。そして、手分けをしてお宝を集めることにした。本来なら個人戦のこのゲームにチームで挑んだんだ。しかも、ワタシには『念話』がある。これで鬼の位置情報を知ることができるのだ。参加者である慎吾たちは勿論、観客席にいるシャルカさんやティアちゃんは鬼からの視界でこちらを見ている。
「負ける要素は見当たらないね」
しかも、他の参加者や鬼たちはスキルを使えない。
いや、正確に言うのなら、身体強化系のスキルが使えない。つまりは、単純な肉体勝負となる。けど、こっちには『念話』という『耳』がある。これで鬼を避けながら進むこともできるし、お宝の場所だって知ることができるかもしれない。
「勝ったな」
小声で呟き、ほくそ笑んだ。
ところで、背後に気配を感じた。
ワタシは、猫のように振り返る。
そこに…いたのは。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
やっとゲームが始まりましたw
なので、ナナのゲーム開幕の宣言時のネタがやっと使えましたw
そんな戯言だらけのコメディですが、ちょっとしたミステリ要素も用意しておりますので、今エピソードも最後までよろしくお願いいたします。




