7 『えー…これから、みなさまには殺し合いをしてもらいます』
「女将を呼べえっ!」
声の限りに、ワタシは叫んだ。
その悲痛な叫びは、雲一つない青空に吸い込まれていく。
「どうかしたのでござるか?木馬に物が挟まったような物言いをして」
隣りにいた雪花さんが、ご立腹のワタシにそんなことを言った。
「それを言うなら奥歯ですし、奥歯だとしても状況に合わないでしょ」
ただ雪花さんが小ボケを挟みたかっただけだよね?そして、そんな雪花さんの胸にはゼッケンがつけられていて、番号は『12』だった。それを見たワタシは、溜め息交じりにぼやく。
「…どうもこうもないですよ」
唇を軽く噛んでから、ワタシは再び叫んだ。
澄んだ青空は、ワタシの叫びすら受け止めてくれる。
「なんで参加者が二十人くらいしかいないのに…ワタシのゼッケンが『72』番なんですか!」
おかしいでしょ!?
おかしいと思ってたんだよ!
ゼッケンなんてみんな適当に渡されてたのに、ワタシだけ『花子用』とか書かれた箱からゼッケンを渡されたんだよ?その時点でおかしいと思ってたよ?それで、さっき確認したら番号が『72』だよ?そりゃ、ワタシだって叫ぶよ?
「やめろぉ!公式による花子いじめはやめろお!」
「まあまあ、花子殿が愛されている証拠でござるよ」
「ここで許容したらこの後もいじられ続けるんですよ!」
具体的には、この後もことあるごとに『72』が付いて回るんだよ!
というやり取りをしていたワタシと雪花さんに、慎吾が声をかけてきた。
「あんまり大声を出してたら周りに迷惑だろ」
慎吾は、いつものこととばかりにワタシたちを窘めた。
…いや、でもこれ、ワタシ悪くないよね?
確かに、ここにいるのはワタシたちだけじゃないけどさ。ワタシは、ゆっくりと辺りを見回した。そこには二十人ほどの人間がいる。見知った顔も、ちらほらといた。
その全員が、『リアルかくれんぼ』の参加者たちだ。
「…………」
今日、これからここで『リアルかくれんぼ』というゲームが開催されることになっていた。参加者たちは申し込みを済ませた後、ゼッケンを渡されてからこの場所で待機をしている。けど、あらためて思う。
…参加者が少なくないか、と。
だって、今日はこの国を挙げてのお祭りの日だよ?勝てば百万円がもらえるんだよ?駄目元でも参加するよね?踊る阿呆に見る阿呆なら、参加するよね?
それなのに、参加者がこれだけ?抽選とかもなかったんだよ?
そこでワタシは、パン屋のおじさん…ジャックさんの言葉を思い出していた。去年、あの人はこのゲームに参加した。そして、そこで優勝の一歩手前までいったのだそうだ。けど、そんなあの人がこんな風に言っていた。「空気を読まずに参加してしまった」と。どういうことなのか教えて欲しかったが、ジャックさんは苦笑いをするだけで教えてくれなかった。
けど、それだけじゃない。
シャルカさんまで似たようなことを言ったんだ。
『秋祭りのゲームに参加する…?やめとけやめとけ』
けんもほろろだった。理由を聞いても教えてくれないし…まあ、それは酔っぱらっていたからかもしれないが。
などと考えていたところで、繭ちゃんが寄って来た。
けど、その表情は…珍しく、浮かない顔をしていた。お祭りというハレの日には似つかわしくない、難しい顔だ。
「ねえ、花ちゃん…ボクたちこのゲームに出ない方がいいんじゃないかな」
繭ちゃんまでそんなことを言い出した。
え、なに?パン屋のおじさんから何か感染したの?
「でも、繭ちゃん、もうゲーム始まるよ…というか、何で今になってそんなことを?」
「それは…ええと」
繭ちゃんは、何かを探すように周囲を見渡した。何かを探すようで、でも、見つけられなかったようで…その後で、ワタシに言った。
「だって、最近の花ちゃん、フォルムがちょっと丸くなったし」
「やーせーまーしーたー!ワタシちょっとやせましたー!」
なんてことを言うんだこの子は。流言の飛語はお尻ぺんぺんの刑だよ?
だって、ワタシ走ったんだよ。慎吾と一緒に頑張ったんだよ。そんな慎吾が、ワタシと繭ちゃんの会話に入ってきた。
「やせたって言っても、花子は一キロちょっとしか減らせなかっただろ」
「それでもやせたで…なんでお前が乙女のトップシークレットを知ってんだよあぁ!?」
なんで慎吾がワタシの体重を把握してんだよ!誰にも知られないように計ってたのに!
「確かに、一キロでもやせたのはやせたんだろうけど、初めてオレと会った頃よりも花子は八キロちょっとは増えてるからな」
「だからなんでお前がワタシのウエイトを知ってんだよ!?」
この異世界に来てから一番、驚いてるわ、今が!
「あんまり大声を出すなよ、白ちゃんがびっくりしてるだろ」
慎吾はそんなことを言うが、白ちゃんはひらひらと舞うちょうちょを楽しそうに追いかけていた。白い耳に白い尻尾の白ちゃんは、たまに犬っぽいところを見せる。犬そのものにも変身できるしね。
けど、そんな白ちゃんは足を縺れさせて転びそうになってしまった。慎吾が駆け寄ろうとしたけれど、間に合う距離ではなかった。
「…あれ?」
と、不思議そうな声を出したのは、転びそうになっていた当人の白ちゃんだ。白ちゃんは、若い女性に抱きかかえられていた。
ワタシも慎吾も、繭ちゃんも言葉が出なかった。今の今まで、白ちゃんの傍には誰もいなかったはずだ。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
白ちゃんを抱えていたその人は、白ちゃんを立たせた後で白ちゃんに無事を確認していた。
「はい、大丈夫です。あと、僕は男の子です。それと、ありがとうございます」
「お、そうなのかー。似合ってるよ、その格好」
白ちゃんが女の子の服を着た男の子だと聞いても、その女性は鷹揚に笑うだけだった。細かいことは気にしないタイプのようだ。
「あの、ありがとうございます」
その女性に、ワタシからもお礼を言った。
「いやいや、当然のことをしただけだよ」
長いズボンにシャツ…ジャージのような服を着た彼女は快活に笑う。髪は短めで逆立っていて、どこか男性的だ。キレイやかわいいというよりは、かっこいい女性といったところか。そして、そんなかっこいい彼女は笑いながら言った。
「何しろ、俺は勇者だからな」
「…はい?」
今なんと?勇者?
見た目は、どちらかというとエフエフさんのお家の主人公っぽいのに?
「ああ、一人称が俺なのは許してくれ。俺、元は男なんだよ」
「さらに追い打ちみたいな告白で畳みかけるのやめていただけます!?」
え、勇者で?
え、元は男?で、今は女?
呪〇郷にでも落ちたんですか!?
節操ないくらいなんでもありだな、異世界!
「なんか、どっかのダンジョンにもぐった時に呪われたみたいなんだよ。で、今はご覧のあり様だよ」
笑ってそんなことを言いながら、勇者さんは自身の胸を揉みほぐしていた。
…ばいんばいんじゃねえか。
ちょっとワタシもそのダンジョン行ってこようかな。
「えー…テステス」
と、ワタシが勇者さんのばいんばいんに目を奪われている間に、ナナさんが現れていた。しかも、マイクテストをしている。この異世界ソプラノのマイクは魔石を応用した拡声器なのだが…と、異世界のマイク事情はどうでもいい。
そろそろゲームが開始される時間ではあるが、なんだかナナさんが壇上に上がろうとしているんですけれど?大丈夫なの、あの人で?と、ワタシの心配をよそにナナさんは壇上に上がった。そして、手に持ったカンペを読み上げた。
「えー…これから、みなさまには殺し合いをしてもらいます」
「ほらもうやらかしてるじゃん!」
一言で全部、持っていくのやめてくれませんかねえ!?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
眠気でふらふらしながら書いてますので、ミスがありましたらすみません。
今回のタイトルにもなっているラストのナナの台詞は、一世を風靡したあの映画をパク…オマージュしたものです。
…いえ、これだけではないですし今回だけの話でもないのですが(汗)
それでは、次回もよろしくお願いいたします。




