6 『せっしゃはしょうきにもどった!』
「普段は何気なく使っているものほど、その構造を知らないってことはあると思うのでござるよ」
隣りを歩く雪花さんが、そんなことを呟いた。
「確かにありますね、そういうこと」
ワタシは、抱えていた買い物袋を抱え直しつつ返事をする。ワタシと雪花さんは、買い物からの帰り道にいた。一緒に買い物といっても、ワタシが勝手に雪花さんの用事について来ただけだったけれど。
まあ、何というか、少し…少しくらいウエイトを落とさないと、かくれんぼだろうが鬼ごっこだろうが勝てないからだ。だけど、そんなにたくさん落とさなくてもいいんだけどね、けっして、繭ちゃんに「花ちゃん、そろそろデッドラインを越えそうだよ?」とか言われたからではないのだ。
そんなワタシを横目に、雪花さんが口を開いた。
「拙者、元の世界では車の免許とかも持っていたのでござるが、どうやってあんな鉄の塊が動いているのか、よく分かってなかったのでござるよ」
「ワタシとしては、雪花さんが免許を持っていたことに驚いてますけどね…」
今までそんなこと言ってなかったじゃん。
ドライブとか行くの?
キャンプとかしてたの?
インドアの権化みたいな生活してるのに。
「で、構造…というか、製造の方法すら知らない物も多いのでござるよね」
雪花さんは、自分の袋から一枚の紙を取り出した。雪花さんの今日の買い物の目的が、漫画で使用する画材などの買い足しだった。
「まあ、元の世界でも紙がどうやって作られていたのか、なんて知らなかったのでござるけれど」
「あー…紙ですか」
元の世界なら、植物などが原料になっていたはずだ。最近では、植物以外の素材などでも紙は作れると聞いたことはある。
雪花さんは太陽に透かすように一枚の紙をつまみ上げ、独り言のように呟く。
「改めて考えると、紙というのはすごいでござるよ。文字や絵を、簡単に保存できるのですぞ?それを他の人たちに伝えることができるのでござるぞ?紙が、あったから教育や文化が発展しました。ひょっとすると、紙というのは人類史における最大の功労者ではござらぬか?」
記録媒体としての紙は、さすがにそろそろお役御免となりそうだったけれど、それでも紀元前から使われていることを考えれば、雪花さんが言うように、紙というのは人類の歴史にどれだけの貢献をしたか計り知れない。
…その、紙という人類の最大ともいえる功労者に対して雪花さんはえげつないBL漫画を描いていたりするのだが。いや、本人は感謝しているようだけど。
そんなワタシたちは、王都の街中を歩く。
街の中は平穏そのものだった。
けれど、少しだけ浮き足立っているようにも見える。もうすぐお祭りがあるからだろうか。あの、お祭り特有のそわそわした感じが町中に広がっていた。
…ワタシ、お祭りって一回しか行ったことないけど。
「花子殿、ちょっと休憩していかないでござるか?」
雪花さんは、通りかかった広場を眺めながらそんな提案をしてきた。昼下がりの広場は…というか公園か。その公園は色々と設備も整えられていた。滑り台やブランコに砂場、そしてベンチなどが設置されている。
「いいですね、休んでいきましょうか。別に急ぐ用事もありませんし」
「じゃあ、そこのベンチで座って待っていてくだされ、飲み物を買ってくるでござるから」
「あ、じゃあお金を…」
出そうとしたが、雪花さんは「いらないでござるよ」と断った。
「花子殿には荷物持ちをしてもらっているでござるからな、飲み物くらいは奢らせてもらうでござるよ」
そして、抱えていた荷物をベンチに置き、雪花さんはドリンクを買いに行った。ので、ワタシは座って待つことにする。目の前の広場では、子供たちが走り回っていた。こういう光景は、元の世界も異世界も変わらないようだ。
「ただいまーでござるよ」
ぶどうジュースとクレープを二つずつ持った雪花さんが、ワタシのところに戻って来た。雪花さんはジュースとクレープをワタシに手渡してくれた。
「いいんですか、クレープまで奢ってもらっちゃって」
「いいでござるよー、臨時収入もありましたから」
「…臨時収入があったなら、未納のアシスタント代を払って欲しいのですが」
「あ、ほら花子殿!猫でござるよ、猫!」
「露骨に誤魔化された…」
雪花さんの懐事情はよく分からないんだよね。雪花さん、商店街の人たちから店頭に飾るイラストの仕事を請け負ったりしてるし、イベントで漫画を売ったりしててそれなりの収入とかありそうなのに、ワタシに払うアシスタント代はケチろうとするんだよね…どっかで無駄使いでもしてるのかな。まあ、漫画の画材でけっこう使ってるのかもしれないけど。
「異世界のクレープも美味しいでござるなー」
「はいはい、そうですね」
もう今日は誤魔化されることにしておこう。天気もいいし、クレープも美味しいし…いや、ワタシ食べちゃダメじゃない?繭ちゃんに言われてたんじゃない?
「んー、美味しかった、でござるな」
「もう食べちゃったんですか?」
雪花さんは、クレープをぺろりと平らげていた。その鼻先に生クリームがついていたので、ワタシはハンカチでキレイにしてあげた。
「花子殿はゆっくり食べてていいでござるよー」
「そうさせてもらいます」
美味しいものは味わって食べたいのだ。本当に美味しいんだよ、このクレープ。生クリームがしっとりしてて、酸味の利いたイチゴが入ってて。
と、クレープに舌鼓を打っていたワタシの横で、雪花さんはさっき買ったスケッチブックを取り出して絵を描き始めた。
「雪花さんって、絵を描くの本当に好きですよね」
「嫌いになりそうなこともあるでござるけどねー。でも、気が付いたら勝手に描いてるんでござるよ。こうなると、もう呪われてるのかもしれないでござるな」
「そんなこと言いながら、楽しそうに描いてるじゃないですか」
たまに半泣き…いや、夜中にガチ泣きしながら描いてることもあるこの人だけど、漫画を描くことだけはやめられないようだ。
…だから、呪いか。
そこまで夢中になれることがるのは、少しだけ羨ましい気もするけど…などと考えながら、そっと雪花さんのスケッチブックを覗き込んだワタシは、咳き込んだ。ぶどうジュースが鼻から逆流しそうになる。
「…なんで少年たちを描いてるんですか?」
なんとか、ぶどうジュースの逆流という乙女的失態は晒さずに済んだワタシは、雪花さんに問いかけた。雪花さんは、広場で駆け回っていた少年たちをスケッチしていたのだが…。
「なんで、少年たちが裸にむかれてるんですか?」
雪花さんが描いている少年たちは、はだかんぼだった。
…マジで何してんの、この人?
「いあ、その…人体を描く時の練習でござるよ骨格を意識して描くことが大事なのでござるよやっぱりバランスが大事でござるからな」
「すごい早口で言ってそうですね」
というか言っていた。
「なので、だから知らないうちに勝手に無意識にこんな風に描いちゃっていたようでござるな。いやあ漫画に意識を乗っ取られていたようでござるな」
「…………」
「セッシャハショウキニモドッタ!」
「正気に戻った人はそんなこと言わないんですよ」
と、そんな茶番をしていたワタシたちのところに、一人の少年が寄って来た。
「あ、漫画描きのねーちゃんじゃん!」
少年は元気に叫ぶ…というかこの子、雪花さんのことを知ってる?
「何してんのー?」「ああ、雪花ねーちゃんか」「また絵の練習してたのかよ」
一人の少年がこちらに来たのを皮切りに、他の子供たちも寄って来る。しかも、殆んどが雪花さんと旧知の仲のようだ。
…なんで?
「なあなあ、また前みたいにモデルになってやろうか?」
一人の少年がそんなことを言い出した。
雪花さんそんなことしてたの?
「モデルって何?」「ああ、ねーちゃんが絵を描く練習をするんだよ、俺を見て」「それがモデル?」「そうだぞー、でも、動いちゃダメだから難しいんだぞ」「動いちゃダメって、じゃあなんでマリオができるんだよ」「ちゃんと動かなかったらねーちゃんは菓子を買ってくれるんだよ」
などと、少年少女たちは口々に喋っていた…が。
聞き捨てならない言葉がいくつか聞こえてきた。
「何か申し開きはありますか、雪花さん」
「も、申し開きってなんでござるか!?」
「言い換えましょう。何か、シャバに言い残すことはありますか?」
「拙者シャバにいられなくなるのでござるか!?」
「事案でしょこれー!」
子供にモデルになってもらった?
そのお礼にお菓子をあげた?
何してくれてんの!?
「大丈夫でござるよ、憲兵さんにも『そこまでにしておけよ、月ヶ瀬』って言われただけでござるよ」
「それもうほぼ最後通牒ですからね!」
などと、雪花さんとやいやいやっているワタシの目に一人の少年の姿が入った…少年はズボンをはいていたが、その膝が破れていた。ので、つい言ってしまった。老婆心のつもりで。
「お膝が破れてるよね。お母さんに直してもらった方がいいよ」
「うち、お母さんいないから」
「あ、そうなの…ごめんね」
ワタシは、無神経な言葉を口にしてしまった。知らなかったとはいえ、言わなくてもよかった言葉を。
にもかかわらず、少年は無邪気に笑っていた。
「ううん、大丈夫だよ。みんなと一緒だから」
「みんな?」
「うん、ここにいるみんなだよ。孤児?ってやつだよ。みんな親がいないんだ」
「そう…なんだね」
「だから、寂しいとかはないんだ」
少年は、逆にワタシのことを気遣ってくれているようだった。
「けど、服とかがボロボロになっていっちゃうのはちょっと困るかなぁ」
「大丈夫だよ。もうすぐお祭りじゃないか」
「そうだね、お祭りが終わったら、聖人さまが来てくれるよね」
「聖人さま?」
口々に喋る少年少女たちの言葉の中に、気になる言葉が混じっていた。思わず、ワタシはその『聖人』さまという言葉を口にしてしまった。そんなワタシに、少年たちが説明をしてくれる。
「僕たちに色々な物をくれるんだよ。本だったり食べ物だったり、服だったりね」「だから、寂しくなんてないんだよ」「だよねー」「今年は何がもらえるのかなー」「よし、そろそろ続きをやろうか」
少年少女たちは、また口々に喋りながら広場の方に走って行った。バイタリティの塊だった。
ワタシたちはその背中を見送っていた。そして、雪花さんが呟く。
「あの子たち、親はいないのでござるが…まっすぐに育っているでござろう?」
「そうですね…けど、雪花さんはそんな子供たちを相手に邪なスケッチをしてたんですけどね」
「…ぐ」
なんか、雪花さんはちょっといい話風に終わらせようとしていたけれど、そうは問屋が卸さないのだ。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
基本的に、このお話は深夜のテンションで書かれております。
ほぼほぼ戯言だらけなのはそのせいですね。
そんな戯言まみれの本作ですが、次回もよろしくお願いいたします><
いつも、お読みいただいている皆さまのお陰で頑張れております!




