表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case3 『リアルかくれんぼ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/267

4 『クレア・ディエーゴ・ハセ・フランシスコ・パウラ・ネアン・ネポムゼーノ・マリーア・デ・ロス・メレディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダート…』

「ここには近づかないように注意したはずですよ」


 黒い修道服に身を包んだシスターが、(とが)めるように、(さと)すように、ワタシとリリスちゃんに言った。そのシスターは若く端正な面立ちをしていて、整った眉は聖職者としての彼女の意思の強さを感じさせた。

 …のは、ここまでだったけれど。


「それなのに、二人してまたこの教会に来たということは…やはり、この場所でえっちぃことをするつもりだったのですね!?具体的には、二時間ほど休憩(運動)をするつもりだったのですね!?」


 初対面の時と同じく、彼女の中の『ユリを見守るおじさん』が暴走を始めた…これで聖職者を名乗れる図太い神経は少し羨ましい。


「花子センセー、休憩なのに(運動)ってどういうことなのか教えてください」

「ワタシに聞かないでよ、リリスちゃん…」


 …ていうか察してるでしょ、この子。


「まだ心の中の『ユリを見守るおじさん』を追放してないんですか?」


 ワタシは、シスター…クレアさんだっただろうか?に、問いかける。


「ええ、どうやら、私の中は居心地がいいようでして…」

「…それもう完全に膠着(こうちゃく)状態というか、癒着(ゆちゃく)しちゃってるじゃないですか」


 ブラックジャック先生とかじゃないと剥離(はくり)できないんじゃないですか?

 まあ、ブラックジャック先生もこんな奇病に罹患(りかん)した患者が来たら困惑するでしょうけど。

 

「ですが、本当に危ないですよ。この教会、いつ崩れるか分からないのですから」


 クレアさんは、背後の教会に視線を向けながらそう言った。


「あ、ええと…すいません、クレアさん」


 真っ当な正論で怒られると、真っ当に謝るしかないのだ。

 たとえ、相手が奇人だとしても。


「私の名前を憶えてくださっていたのですね」

「はい…あ、ワタシは田島花子っていいます」


 そこでワタシが名乗ったことで、クレアさんも自己紹介をしてくれた。


「花子さんですか…いいお名前ですね。私の名前は、クレア・ディエーゴ・ハセ・フランシスコ・パウラ・ネアン・ネポムゼーノ・マリーア・デ・ロス・メレディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダート・ルイス・イ・コートリアです」

「…個性的なお名前ですね」


 ピカソのフルネームかよ!

 とかツッコめないんですよ?名前ってセンシティブなんですからね?


「まあ、偽名なんですけれど」

「ワタシ途中まで憶えたんですよ!?」


 具体的に言うとマリーアのあたりまで!


「本名はクレア・コートリアです」

「…そうですか」


 まさか、修道服を着た人に偽名を名乗られるとか思わなかったのですが?

 マジメな服を着てる人がボケるの禁止にしません?


「ええと、そちらの方のお名前は?」


 クレアさんはリリスちゃんの名前を尋ねた。


「…リリスちゃんはリリスちゃんですねぇ」


 リリスちゃんは、どこか野良猫のようにクレアさんを警戒していた。確かに変な人だけどさぁ、クレアさん。


「リリスちゃんですか、いいお名前ですね。でも、この教会はいつ崩れるか分かりませんから、近づくのは危険ですよ」


 クレアさんは、年上らしく落ち着いた口調で注意をしてくれた。

 けれど。


「その理屈でいくなら、貴女もここに来ちゃいけないんじゃないですかねぇ」


 リリスちゃんは真っ向から反論した。小悪魔的な瞳をつり上げ、シスターを見据える。そんなリリスちゃんに、シスターは気分を害した様子もなく普通に答えていた。


「私は遊び半分で来ているわけではありませんよ」

「私たちだって遊び半分なんかじゃないんですけどねぇ」


 リリスちゃんはそんなことを言っていたが、ワタシとしては暇つぶし程度の感覚だったから何も言い返せないのだけれど。


「私は、この教会を掃除するために来ているのです」


 クレアさんは泰然とした態度を崩さない。そして、頭ごなしにワタシたちを怒鳴りつけたりはしない。あくまでも、ワタシたちを諭すように言葉を選んでいる。


「だから、私たちだって調査のために…」


 リリスちゃんはそう言いかけていたが、ワタシが割って入った。クレアさんの言葉が気になったからだ。


「クレアさん…この教会って、今は使われていないんですよね」

「ええ、そうですよ」

「なのに、掃除ですか…」


 誰も、礼拝に訪れることなどないだろうに。

 いや、それよりも。


「この教会を建てたのは、悪魔なのに…それでも、掃除をしたりするんですか」


 以前、ワタシたちとクレアさんはこの場所で会っている。

 その時、彼女は確かにこう言った。


『この教会を建てたのは悪魔だ』と。


 ワタシたちは、そのことが少し気になっていた。

 なぜ、悪魔が教会などを建てたのか、と。

 教会というのは神さまに祈るための場所で、神さまというのは悪魔の天敵ではないのか、と。

 ただ、前回はクレアさんがすぐにこの場所を離れてしまったため、その答えを聞くことができなかった。


「昔々…」


 クレアさんは語り始めた。それは、ワタシも知っている語り口だ。昔々の絵空事を語り継ぐための、抑揚を多用した声だった。


「この辺り一帯が飢饉や災害に、同時期にみまわれたことがあったそうなんです。当然、人々の心は荒み、争いも絶えなくなってしまいました。そこで、人々はこの場所に教会を建てようと決めたそうです。神さまに救いを求めようとしたのですね」


 クレアさんの声は耳障りがよく、ワタシの脳裏に当時の光景を投影した。なので、ワタシは口を挟んだりすることなく聞いていた。


「しかし、教会の建造はとても難航したそうです。当時の人々には余裕もありませんでしたからね。そんな時でした…どこからともなく一匹の悪魔が現れ、交換条件と引き換えに『この場所に教会を建ててやる』と言い出したそうです」

「…悪魔ですか」


 ワタシたちが居た元の世界では、悪魔というのは架空の存在だった。それに最も近い存在がいるとすれば、それは人間だった。

 しかし、ここは異世界だ。妖精がいる。エルフがいる。なら、悪魔がいても何の不思議もない。

 …そもそも、女神さまだっているからね。


「ええ、悪魔は教会を建てるための交換条件として、『子供を一人、連れて行く』と言ったそうです」


 物静かにそう語るクレアさんは、なぜか寂しげに見えた。


「人々は、その条件を呑みました…そして、悪魔は教会を建て始めたのです。長い時間が、かかったそうです」

「え…悪魔なんですから、こう…魔法みたいな力でなんとかできなかったんですか?」


 思わず、口を挟んでしまった。黙って聞いているつもりだったのだけれど。


「ええ、悪魔は毎日毎日、こつこつと教会を建てたそうです…どこかから石材を集めてきたり、木材を集めたりと、それは大変だったようです。そして、遂に教会が完成しました」


 クレアさんは、そこで少しだけ口を閉じた。教会が完成したのならば、それは約束の日が来た、ということでもある。クレアさんの口調も、ここから少し低くなった。


「人々は喜びましたが…同時に、悪魔と交わしていた約束のことも、思い出しました。長い年月が経過していたので、みな、忘れてしまっていたのです。そして、その生け贄として、最も貧しい家の子供が選ばれました」

「…どうして悪魔に捧げる子供を、一番、貧乏な家から選んだんでしょうねぇ」


 それまで沈黙していたリリスちゃんが、そこで口を開いた。その声に、皮肉を込めて。


「最も貧しかった家族は、本当に貧しかったそうです…ベッドどころか家具すらなかったと伝え聞いていますよ」

「…そうですか」


 興味がなさそうに、つまらなさそうに、でも、それだけじゃない声でリリスちゃんは呟く。そんなリリスちゃんを一瞥してから、クレアさんは続きを語った。


「そして、悪魔は約束通り、子供を連れて行くためにその貧しい家族の元へ行き、尋ねました。『約束の子供はいるか?』と」


 そこで帰って来た言葉を、クレアさんはそのまま語った。


「子供は死んだ、と家族は返事をしました」

「え…嘘ついちゃったんですか?」


 意表をつかれたワタシは、クレアさんに尋ねる。


「いいんですか、悪魔との約束を反故(ほご)にしちゃって…そういうのって、大体はしっぺ返しを喰らうんじゃないですか?」


 大抵、その結果はろくなことにならない。それほど重いのだ。約束を反故にした対価は。


「はい、何事もなかったそうで、悪魔はそのままどこかへ消えてしまったらしいですよ。そして、この場所には立派な教会が残りました」

「え…そうなんですか?」


 やや消化不良を感じるお話だった。たとえ、悪魔が相手の約束とはいえ、それを守らなければ待っているのは『ざまぁ』展開というヤツではないのだろうか。そんなワタシのもやもやを()み取ったのか、クレアさんがことの顛末(てんまつ)を語った。


「けれど、悪魔を騙したことに変わりはありませんからね。結局、悪魔の報復を恐れた人たちは、一人、また一人とこの場所から離れていくようになり、この辺りには人が住まなくなったそうです」


 そこで、クレアさんは『どんとはらい』といった感じに口を閉じた。少しの間、沈黙が流れるかと思ったけれど、この子が口を開いた。


「バカな悪魔ですよねぇ…人間なんか信じるから騙されるんですよ」


 面白くなさそうに、リリスちゃんは頬を膨らませていた。


「そうかな…」


 だから、ワタシはリリスちゃんに声をかけた。


「ワタシはそうは思わないよ。きっと、その悪魔は騙されてあげたんじゃないかな」


 リリスちゃんは疑問をそのまま表情で表していたので、ワタシは説明を始めた。


「生け贄に選ばれたお家って家具も置けないくらいお金がなかったんだよね?なら、家の中に隠れる場所なんてなかったはずだよ?その悪魔が扉を開けて中に入れば、すぐに生け贄の子は見つかったはずだよ?なのに、悪魔はそうしなかった」


 その悪魔にその程度の知恵がないとは思えない。何しろ、その悪魔はこんなに立派な教会を建てたんだ。


「きっと、その悪魔は、最初から子供を生け贄になんてするつもりはなかったんだよ。だって、子供は『連れて行く』としか言ってなかったんだから」


 ワタシは、そこで呼気を整えた。

 そして、続ける。健気(けなげ)な悪魔の物語を語るために。


「きっと、その悪魔は友達が欲しかったんだよ。だから、みんなのために教会を建てた…来る日も来る日も、頑張って建てたんだよ」


 けれど、その想いは報われなかった。

 悪魔だから、というだけの理由で。


「でも、結局はウソをつかれた…そのことが悲しくて、悪魔はどこかに行っちゃったんじゃないかな」


 ワタシは、語り終えた。

 そうであって欲しかった、物語の顛末を。


「花子さんは…悪魔のことをそんな風に考えるのですね」

「クレアさんだって同じじゃないですか?」


 ワタシは、クレアさんにそう返した。

 続けて問いかける。


「だから、今にも崩れるかもしれないこの教会の掃除をしてるんじゃないですか?」

「…さあ、どうでしょうか」


 クレアさんは、そこで小さく舌を出して小さく笑った。聖職者としてははしたないが、女子としてはかなりキュートな微笑みだった。とても、心の中に『ユリを見守るおじさん』が住み着いているとは思えない笑みだった。


 その笑みを見た後、ワタシは空を見上げた。

 その悪魔は、居場所を得ることができなかった。誰の理解も、得られなかったから。

 だから、思った。

 …ギルドにあるワタシの居場所も、なくならないといいんだけれど、と。

今回も最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。

ちょっと遅い時間ですが投稿させていただきました。

ところで、ピカソってなんであんな名前なのでしょうか…フルネームしか調べなかったので分かりません。

『寿限無』と違って実在した人なのに…。

とまあ、頭が働かないので意味のないことを口走ってしまっております。

それでは、次回も頑張りますのでよろしくお願いいたします。

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ