3 『や、やめて差し上げろください!』
「花子先生。それで、どんな感じなんですかねぇ?」
「え、なにが?」
リリスちゃんの問いかけの意味が分からず、ワタシは問い返した。ワタシとリリスちゃんの歩くリズムは同じだったけれど、会話の足並みはそれほど揃っていない。まあ、ワタシが上の空だったということもあったのだけれど。
「だから、先生が参加するっていうその…『半熟オイスターキャッチャー』とかいう意味不明なゲームですよ」
「そんなアバンギャルドなゲームに参加しないよ!?」
そりゃそんなゲーム意味不明でしょうよ!?
ワタシの翻訳スキルがバグったかと思ったわ!
あと、アバンギャルドってどういう意味なんだろうね。とりあえず、リリスちゃんに訂正しておくことにした。
「ええとね、『リアルかくれんぼ』だよ」
「そうですか、興味がなかったのでちゃんと記憶していませんでしたねぇ」
本当に興味がなさそうに、リリスちゃんは呟く。軽くそっぽも向いていて、ワタシと目を合わせようとしない。
…ああ、これ拗ねてるな。
ワタシが、ゲームの方に執心してて探偵を疎かにしているからか。いや、ワタシ、探偵に本気になったことなんか一回もないんだけどね。
「私としては、花子先生にはもっと探偵に本腰を入れて欲しいんですけれどねぇ」
「事件も起こってないのに探偵は無理だよ…というか、そもそもワタシに探偵は向いてないよ」
これは本音だった。リリスちゃんの言う探偵とは、浮気調査や猫探しの依頼に東奔西走をする便利屋さんのことではない。難事件や凶悪事件の謎を解き明かす者、のことだ。ワタシは、そもそも名探偵などではないし、ハードボイルドでもない。そんなカロリーの高い役柄なんて不可能なのだ。
「でも、この間は盗賊団を捕まえましたし、きっと花子先生には探偵の素質がありますねぇ」
「探偵の素質って簡単に言うけどね、その素質っていうのはきっと…致命傷を受けてても「気にするな、ただの致命傷だ」って笑って言える人のことだよ?ワタシはね、かすり傷でも泣くんだよ?そんな探偵いないでしょ?」
これは事実だ。
ワタシは生粋の痛がり屋さんなのだ。だから、そういうハラハラドキドキは、フィクションの中だけで十分なのだ。
「けど、先生が誰かのために必死になるのも事実じゃないですか。探偵の素質っていうなら、多分、それが一番の素質だと思いますけどねぇ」
「それは…」
「きっと、先生じゃないと助けられない人とか、王都にたくさんいると思いますけどねぇ」
「たくさんは…いないと思うけどなぁ」
そこで言葉につまったワタシは、にんにくの砂糖まぶしを取り出して口に運んだ。うん、やはりにんにくはスイーツとしてのポテンシャルも高いね。そのうち、モンブランの上の栗はにんにくに置き換わるし、マロングラッセのマロンはにんにくに代わっているはずだ。
「それで、そのゲームってどんなルールんなんですか?」
そこで、リリスちゃんがゲームの概要について聞いてきた。相変わらず、あまり興味はなさそうだけれど。
「ええとね…『リアルかくれんぼ』って言ってたけど、どちらかというと鬼ごっこに近いかも」
ワタシは、軽く目線を上げてゲームの概要を思い出す。
「鬼は、基本的に主催者の側が用意するんだって…で、ワタシたち参加者はその鬼から逃げ隠れしながらゴールを目指すって感じかな」
「かくれんぼっていうか、鬼ごっこじゃないですかねぇ」
「うん、そうだよね。鬼に捕まったらアウトらしいから」
まあ、鬼ごっことかくれんぼの境界も曖昧というか、子供の遊びって鬼ごっこがベースになっているものが多いのだ。かくれんぼといっても、ただ隠れている相手を鬼が見つけるだけじゃなくて、鬼に見つかった後、そこからはかけっこのようになる遊びもある。缶蹴りなどがそうだし、おそらく、地域差を含めれば多種多様なかくれんぼがあるはずだ…どれもやったことないけどね、ワタシ。
「それでね、リリスちゃん。参加者は鬼から隠れながら、隠されているお宝を見つけないといけないんだって」
「お宝?」
リリスちゃんは、そこで小首を傾げる。本来なら無垢な子供みたいな仕草なんだけど、この子がやると妙に小悪魔的なんだよね。絶対、ちょろいお兄さんとかだったら引っかかるよ。ワタシも気をつけねば。ねば。
「スタートからゴールまでの間に、三つのお宝が隠されてるんだって。参加者は、鬼から隠れながらそのお宝をゲットしないといけないんだ。そのお宝がそのまま賞金になるから」
「ということは、そのお宝を三つとも手に入れて、初めて百万円の全額がもらえるってことですかねぇ」
「それが基本的なルールなんだってさ」
「基本的なルール?」
リリスちゃんは、また小顔を傾けて上目遣いだ。その瞳が、ちょっと潤んでいるような気もする。ワタシは、そんなリリスちゃんに答えた。けど、なんていうか…もしかしてこの子、ワタシに気があるんじゃないの?
「毎年、細かいルールが違うらしいんだよ。だから、今年も同じルールで開催されるかどうかは分からないんだ。基本的に、かくれんぼの要素があるってことだけは共通らしいんだけど」
ワタシがこの異世界に来てから、また一年も経過していない。だから、そのゲームが開催されたところを見たことがない。そして、リリスちゃんも最近この王都に越してきたらしい。だから、このゲームについて何も知らないんだ。
「じゃあ、先生には対策の立てようがないんじゃないですかねぇ」
「そうなんだよね…どうしようか」
毎年、そのゲームは秋の収穫祭的な感じのお祭りで行われるのだそうだ。そして、主催者はこの国のトップ…つまりは王さまたちだ。直接的に王さまたちが関わっているわけではないだろうけれど、それでも、王国の騎士たちも参加をするそうだ。主に、鬼の役割りで。
「…………」
ということは、アノ人も関係している可能性は高い。きっと、騎士団長ともなれば、色々とその『リアルかくれんぼ』の情報を得ているはずだ。
なので、ワタシは騎士団長であるナナさんに『念話』…ワタシだけが扱えるテレパシーのようなユニークスキルでこっそりとゲームの内容を聞いていたのだが、『お前に話すとどこで喋るか分からないから教えない』と、ナナさんは副団長にゲームの詳細を教えてもらえなかったそうだ…くそ、よく分かってるじゃないか副団長。
「でも、聞いてる限りだと参加者の方が不利じゃないですかねぇ?」
リリスちゃんは、ワタシの指に自分の指を絡ませてきた。手と手をつなぐという感じではなく、それは、お互いの指を一本ずつ絡めるという感じだった。
…あ、この子、やっぱりワタシに気があるわ。
「うーん、そうなんだけど、その辺はちゃんと考えてあるそうだよ?」
ただ、その話を聞いた相手がナナさんだったからなぁ。あの人、なんか要領をえない感じでお話しするからよく分からない時があるんだよね。酔った時のシャルカさんといい勝負というか。
という話を続けながら、ワタシたちはずっと歩いていた。目的地は、あの『願い箱』がある廃教会だ。『願い箱』とは、その箱の中に願い事を入れれば現実になる…という類いのオカルトだ。けど、そのオカルトがデマだったことは既に証明されている。その『願い箱』の中に、雪花さんは自分が描いた漫画を入れていた。そして、漫画が現実化されたような事件が起こったけれど、結局それはよからぬ人たちが起こした事件だった。
つまり、『願い箱』なんてものはガセだった、ということだ。
ワタシとしてはそんな場所にまた行くのは面倒だったけれど、リリスちゃんが行きたがっているからついて来た、という展開だ。
…けど。
「リリスちゃん…その、もう少しゆっくり行かない?」
少し息切れがしてきた。山道というほどではないが、それなりに木々が多くて歩きにくいのだ。
「かくれんぼだか鬼ごっこだかに参加するなら、体力は必須だと思いますけどねぇ、先生」
「それは…そうなんだけど」
「というか、先生。ちょっとふとましくなりましたかねぇ?」
「なってないよ!?」
「そのゆったりした服。本当は、胸がないことを隠してるんじゃなくてお腹が出てることを隠したいんじゃないですかねぇ?」
「や、やめて差し上げろください!」
泣いちゃうよ?
ワタシ、こんなとこで泣いちゃうよ?
泣いたら面倒くさいんだよ?
と、そんな掛け合いをしながら、ワタシたちはあの廃教会にたどり着いたのだが、そこには先客がいた。
「誰かの声がすると思ったら…以前、あなたたちとはお会いしましたね」
そこにいたのは、シスターだ。彼女が言うように、この人とは、以前にもこの場所で会っている。
そして、その時、シスターは言った。「この教会は、悪魔が建てたものだ」と。
…ただ、そう言った後で、彼女は「では、お腹が空いたので帰ります」と言って帰ってしまったけれど。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
缶蹴りとかかくれんぼって、今の子供たちもやるのでしょうか?
近所の公園(それなりに大きなところ)などに行っても、そういう遊びをしている子供たちをほとんど見かけません。まあ、隠れられるような場所がなさそうなので、やってもすぐに見つかって面白くないのかもしれませんけれど…。
では、次回もよろしくお願いいたします。
可能な限り頑張りますので><




