2 『ごめんね、ちょっとヘルシェイク矢田のこと考えてた』
「…………」
お休みの日、王都の街中を、考え事をしながら歩いていた。
平日の昼下がりだと人通りはほとんどなかったので、こんな風にぼんやりと歩いていても問題はなかった。そんなワタシの横顔を、少し冷やりとする風が撫でていく。王都では、これから秋を迎えるのだそうだ。といっても、そこまで寒暖差はないそうなので心配はいらないそうだ。助かったよ、ワタシ、冷え性なんだよね。
「何をボーっとしているんですか、花子先生」
考え事をしていたワタシに声をかけてきたのは、ワタシのことを『先生』などと呼ぶリリスちゃんだ。ただし、発音としては『センセー』といった感じで、そこに尊敬の念は微塵も感じさせない。それでも憎めないのはズルいんじゃないかなと、センセーは思います。
「ああ、リリスちゃんごめんね、ちょっとヘルシェイク矢田のこと考えてた」
「どちら様ですか、それ!?」
リリスちゃんは、ビックリした時の猫のように体を硬直させていた。この子、今日も短めのスカートだからそういう動きをするとパンツが見えちゃうのに。というワタシの老婆心などどこ吹く風で、リリスちゃんは話しかけてきた。
「もー、しっかりしてくださいよ。花子先生は、この『王都探偵団』の先生なんですから」
「え、それそんな名前に決まったの?」
そういえば、以前、探偵団の名前をどうするか、という話をしていたことはあった。
…いや、ワタシ探偵やるなんて一言も言ってないんだけどね。
「そうですよ、カッコいいでしょ」
「カッコいいけど、ワタシそんな看板背負えないよ?」
そもそも、探偵団ってごっこ遊びじゃなかったの?
「あ、『王都白狼探偵団』とかの方がよかったですか?今からでも変えましょうか」
「名前負けにもほどがあるからやめようよ!」
ワタシたちのどこに白い狼的な要素があるの!?
いいとこトイプードルだよ?
「えー、この間は、盗賊団を捕まえたじゃないですか、先生が」
「…盗賊団を捕まえたのは騎士団の人たちです」
「その盗賊団に盗まれた『秘石』を取り戻せたのだって、先生のお陰じゃないですか」
「あれは…色々と偶然が重なったからだよ」
そう、本当に、色々と偶然が重なっただけだ。
セシリアさんという女性と出会い、アンさん…いや、サザンカさんという人たちと出会っていたから、だ。
ワタシ一人でどうこうできたことなど、一つもない。
「えー、もっと探偵しましょうよー」
リリスちゃんは、アヒル口で不平を訴えていた。そんなリリスちゃんを、ワタシはお姉さんとして諭す。
「大体、探偵しましょうっていっても、そんなにポンポン事件なんて起こるわけないでしょ。ここ米花町じゃないんだよ?」
「でも、探偵が事件を呼ぶって諺もあるじゃないですか」
「…そんな不吉な諺、聞いたことないんですけど」
だけど、実際に『探偵がいるから事件が起こる』、なんてミステリを揶揄するような言葉はあったかも。
いや、ワタシは名探偵とかじゃないから該当しないのだ。
「ほら、この間の…『願い箱』のこととか、調べに行きましょうよー」
リリスちゃんは、背後からワタシの服を引っ張る。
…おい、やめろ。
後ろから服を引っ張ったら、ワタシの服の前面がぴったりと張り付くことになり胸のなさが強調されるだろうが。その辺りを暈すために、わざとゆったりした服を着てるんだろうが。
「あの『願い箱』はでたらめだったってことで決着したでしょ」
ワタシの服からリリスちゃんの手を離させながら、そう言った。
「えー、そうでしょうかねぇ」
リリスちゃんはまたも不服そうだ。
「そうだよ。それにそもそも、ワタシだってお仕事してるんだよ?これでもギルドの看板娘なんだよ?探偵ごっこに興じてる暇なんてないんだよ?」
「でも、花子先生ってギルドの窓際社員…窓際職員でしょ?」
「そんなに追いやられてないもん!」
「でも、今日だって平日なのにお休みとかもらってるじゃないですか」
「今日はあれだよ…なんか、『大事なお客さんが来るから花子は休んでいいぞ』って言われただけだもん!」
「…追いやられてるじゃないですか、窓際というか土俵際まで」
リリスちゃんに、なんだか生暖かい目で見られた。
「ふぅ、ちょっとお腹が空きましたね」
と、そこでリリスちゃんは懐から瓶を取り出し、そこから一本の串を抜いたのだが…。
「リリスちゃん…それって」
「先生も食べますか?蝉の素揚げ」
「…謹んで、遠慮させていただきます」
「そうですか?美味しいんですけどねぇ」
言いながら、リリスちゃんは串にささった蝉をその小さなお口に入れ、ご満悦の表情でぽりぽりと食べていた。
…なんでこの子、昆虫食ばっかりなの?この前は蜂の子とか食べてたし。
「今日は、ワタシもスイーツを持ってきたんだよ」
言いながら、ワタシは小さな木箱を取り出す。そして、ワクワクした心持ちで木箱の箱を開けた。木箱の中に入っていたのは、琥珀色の宝石たちだ。艶々と輝いていて、見る者の目を釘付けにする。さらには、箱を開けた瞬間から漂う芳醇な…。
「琥珀色の宝石だのなんだのって…それ、にんにくじゃないですか」
「え、ワタシ声に出てた?」
声に出してにんにくを褒め称えてた?
「出てましたよ…というか、さっき先生はスイーツって言ったじゃないですかねぇ」
「にんにくはスイーツにならないとでも?」
「にんにくをスイーツに落とし込むのは無理がありますって!」
何やらリリスちゃんはそんなことを力説していたが、ワタシは素揚げしたにんにくに砂糖をまぶしたお菓子を口に運んだ。
…うん、芳醇な香りが鼻孔を抜ける。やっぱりスイーツもいけるんだよ、にんにくは。
「で、まあさっきの話に戻りますけど、もっと探偵活動をしましょーよー」
リリスちゃんは、先刻の話を蒸し返した。素揚げした蝉を口内に放り込みながら。
「やだよ、危ないことしたくないもん」
ワタシは、拒否すると同時に素揚げにんにくの砂糖まぶしを口に入れる。
どうやら、どちらも同じ素揚げだったね。奇しくも同じ構えだね。
「でも、花子先生いつギルドを首になるか分からないじゃないですかー」
「なーりーまーせーんー、ギルドを首になんかなりませんー」
なりそうになったら、ギルドマスターである雪花さんを脅迫してでもワタシはギルドに残る。
そのためのネタならあるのだ。シャルカさんだって叩けば埃が出る身なのだ。
「それに…」
と言ったところで、二つ目のにんにく素揚げ砂糖まぶし…長いな、この名前。を、口に入れた。
「今のワタシ、けっこう忙しいんだよ」
「…リストラ喰らったお父さんくらい暇そうですけれどねぇ」
「ええとね、今度…王さまたちが主催するゲームに出るんだよ」
「ゲーム…?」
リリスちゃんは、小首を傾げていた。普段から小悪魔なこの子が、たまにこういう何気ない仕草をすると二割増しくらいでかわいく見えるの、反則だと思います。
「なんかね、お祭りの余興でやるんだって…でね、そこで勝てば百万円がもらえます」
「すごいじゃないですか、先生…それだけあれば探偵事務所が借りられますよ!」
「ワタシの賞金を探偵事務所の開業資金にあてようとするのよくないよ!?」
その百万円はにんにく様に貢ぐんだよ?
「…けどね」
「どうしたんですか、花子先生?」
リリスちゃんが、ワタシの顔を覗き込みながら問いかける。
「ちょっと…気になることがあるんだよね」
「気になること?」
そう、とても気になること、だ。
ワタシは、その『気になること』を口にした。
「それはね、誰でも参加できるゲームのはずなんだよ…参加費だっていらないんだよ?しかも、お祭りの余興だよ?」
「ほむほむ」
リリスちゃんは、蝉を頬張りながら相槌を打つ。
「けどね、そのゲーム…参加者があんまりいないんだって」
なので、開催すら危ぶまれているそうだ。
…けど、なぜに、参加者が少ないのだ?
いつも最後までお読みいただき、ありがとうございます。
なんだか、久しぶりに深夜のテンションで書きました。
眠気とか疲労とかの板挟みで書いたので、後ほど手直しする場面とかもあるかもしれませんがお許しください。なんでもはできませんけど。
というわけで(?)次回も頑張りますのでよろしくお願いいたします。
あ、調べてみたらにんにくをスイーツに落とし込んだレシピはありました。
にんにくスキーの皆様はお試しいただくのもよろしいのではないでしょうか?
それでは失礼いたします。ありがとうございました!




