1 『ノーベル平和賞はワタシのものだね!』
「しゃくまい…いぇん?」
歯の根が噛み合わず、その言葉は意味をなさなかった。
けど、無理もないのだ。それだけ、この時のワタシは驚きと歓喜に支配されていたのだ。その驚きや喜びといったノイズを取っ払って先ほどのワタシの言葉を再構築すると、それは『百万円』だった。
「それ、本当なんですか!?」
ワタシは、テーブルに両手をついて椅子から腰を浮かせた。乙女としてはややはしたないリアクションではあるが、『百万円』などという破格の金額を耳にすれば誰だってそうなる。ワタシだってそうなる。
「本当に…本当に百万円がもらえるんですか!?」
しかもコレである。
百万円がもらえる…などと聞けば、普段は冷静で理知的なワタシだって浮足立つし色めき立つに決まっているのだ。
ちなみに、この異世界ソプラノの貨幣は当たり前だが『円』ではない。ただ、ワタシたちはこちらの世界で生まれ変わる際に翻訳のスキルが授与されていた。ソプラノでの言葉が日本語に聞こえ、ワタシたちが口にする日本語が全てソプラノの言語に自動的に変換されている。なので、この世界での通貨は円ではないが円と聞こえているし、円ではないのに円と言っても相手に通じるのだ。便利だね、異世界設定。
「うん、もらえるよ」
ハッキリとした言葉で断言をしたのは、この王都の騎士団長であるナナさんだ。ナナさんは今日も今日とて深紅の鎧に身を包み、ワタシたちの家である三刻館のラウンジで椅子に腰かけていた…のはいいんだけど、あの鎧、けっこうな重量があるはずなんだよな。今も、椅子がギシギシと苦情を言ってるんだけど。いや、今は椅子の心情や苦情を慮っている場合ではない。
なにしろ、百万円だ。
「そんな上手い話があるわけないだろ」
百万円などという望外の大金に鼻息を荒くするワタシに、興覚めとなる言葉をなげかけたのは桟原慎吾だ。慎吾は、夕食後のコーヒーを飲みながら今日の新聞に目を通していた。新聞といってもこの王都では毎日、新聞が発行されているわけでなく、発行されるのは一週間に一度ほどだ。そして、その横では地母神さまであるティアちゃんがコーヒーの表面張力限界までカップに砂糖を注ぎ込んでいた。
「慎吾はそんなうまい話があるわけないって言うけどさ、ナナさんが持ってきてくれたお話だよ?騎士団長のお話だよ?信じていいでしょ」
しかも、ナナさんはワタシたち転生者の先輩でもある。
「そのナナさんが「彼氏ができた」とか、「結婚も秒読み段階に入ったよ」とか言っても、花子はこれっぽっちも信用してなかったじゃねえか」
「あー、男の子の慎吾にはワタシたちみたいな乙女の機微が分からないかな」
「お前…あれだけやらかしておいて、よく自分を乙女にカテゴライズできるな」
慎吾は溜め息交じりだったけれど、そんな慎吾にワタシは言った。
「慎吾はそんなこと言うけどさ、意外とあぶく銭を手に入れるチャンスって落ちてるものなんだよ?向こうの世界にいた時は「隙間時間にスマホの簡単操作で副収入」とか、「アマ〇ンの商品売り上げをネットで支援するだけでウン万円」とかのお仕事もあったじゃん」
「それ仕事じゃねえよ!お前、絶対に変な詐欺とかに引っかかるなよ!?」
「もー、ワタシが詐欺なんかに引っかかるわけないじゃん」
「そんなこと言ってる人間が引っかかるんだよ!」
などと叫ぶ慎吾に、ナナさんが声をかける。
「でも、本当に大丈夫だよ。お金を出してくれるのは王さまだから。しかも、今回で四回目だしね」
「ほら、王さまが出してくれるなら安心だよね」
と、ワタシは言ったが慎吾はまだ信じていない、といった表情をしていた。軽く眉を顰めてへの字口だ。なんだかだるまさんみたいだった。そんなだるまさんに、ワタシは話しかける。
「そうだね、百万円あれば…慎吾の畑を全部にんにく畑にしてもお釣りがくるよね」
「お前…うちの畑を侵食する気か?」
「それどころか、新しくにんにく専用の大きな畑が買えるかな。そしたら、慎吾には朝から晩までにんにくを作ってもらってえ」
「お前…まさか、その大きな畑とやらをオレにワンオペで管理をさせるつもりか?」
「その畑で取れたにんにくで、また新しいにんにくを作れるから…ヤバいよ、慎吾!永久機関の完成だよ!百年くらいにんにくが無料で食べ放題だよ!」
「…お前、絶対オレの人件費とか計算に入れてないだろ」
「ノーベル平和賞はワタシのものだね!」
「どんな暴君でも、少しぐらいは良心の呵責とかあると思うんだが?」
溜め息交じりの慎吾を尻目に、ワタシは雪花さんに声をかけた。
「雪花さんは百万円あったらどうしますか?」
月ヶ瀬雪花さんは、テーブルの上で漫画のネーム(漫画の設計図のようなもの)の作業中だった。最近、雪花さんはBL意外の漫画も描き始めた…のだけれど、そこに描かれていたのは明らかに絡み合っている二人の男子だった。ネームの段階だからまだいいけど、ここで下書きとかするなよ?ペン入れとか絶対にするなよ?
そこで、雪花さんは顔を上げて言った。
「百万円…でござるか」
「あ、くれぐれも法に触れない使い方でお願いしますね…」
この人なら、「その百万円でショタを買うでござる」、とか本気で言い出しかねない。牽制とは自衛のために行うものなのだ。
「そうでござるな、百万円あれば…花子殿を百年くらいアシスタントにできるでござるな」
「あれだけワタシをこき使って一年に一万円しか払わないつもりですか!?」
どんな暴君だよ!?
「一年で一万円でも払う意思があるだけ花子よりマシだってことに気付けよ」
慎吾は、溜め息交じりにそんなことを言ってから、ナナさんに問いかける。
「けど、ナナさん…百万っていっても、何もなしにもらえるわけじゃないんでしょ?」
「え、勿論そうだよ」
慎吾の問いかけに返事をしたナナさんは、いつの間にか雑誌を読んでいた。
…妊婦さん向けの雑誌だった。
いや、あなた飛び級とかできませんからね?
この人は王都の騎士団長であると同時に婚活魔人だからな…しかも全戦全敗の。まあ、原因は明らかで、この人は人との距離のつめ方が致命的に下手なんだ。そりゃ、相手も逃げるよ。そんな、常敗の婚活騎士団長は百万円のカラクリを教えてくれた。
「王さまたちが主催するお祭りのゲームで勝てば、百万円がもらえるんだよ」
ナナさんは、やたらと付箋まみれの妊婦さん向け雑誌をそこで閉じた。
「…ゲーム?」
というナナさんの言葉に反応したのは、甲田繭ちゃんだ。繭ちゃんは、今日も今日とて男の子なのに女の子の格好が板についている。うん、雪花さんより女の子してるね。そんな繭ちゃんは、白ちゃんと一緒に何か話をして…ああ、どうやら、二人で双六ゲームを自作していたようだ。基本的に繭ちゃんは女の子だが、ゲームを作るのが好きだったりで、こういうところでだけ男の子を感じさせる。
「ゲームって、どんなの?」
興味を引かれたのか、繭ちゃんはナナさんに問いかけた。
ちなみに、ナナさんは過去に繭ちゃんにも婚姻届を渡そうとした前科があった。あの時は、ワタシたち総出で阻止したものだ。
「ふっふっふ」
ナナさんは、意味もなく胸を張り笑う。この人、基本的には人見知りなのだが何度もここには訪れているのでここの面々には慣れている。
「それはね…人呼んで『リアルかくれんぼ』だよ!」
ナナさんは高らかに宣言した。
けど、リアルかくれんぼって…それ、ただのかくれんぼじゃないの?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ここからまた新章を始めさせていただきます。
次は、コメディに全振りの短編になる予定です…けれど、途中で何か思いついて、いきなり密室殺人とかやり始めたらご容赦ください。
それでは、新章もよろしくお願いいたします。
評価やブックマークなどはいつでも受け付けておりますので、よろしくお願いいたします。
本気で「こんなんなんぼあってもいいですからねー」となりますので><




