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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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エピローグ 『選ばれないなら、手を叩こう』

「拙者もう漫画やめるぅ!」


 時刻は深夜の二時。

 場所は雪花さんの部屋。

 そして、雪花さんの「漫画をやめる」という悲痛な叫び声。

 …うん、いつもの日常だな。


「よし…やめましょう」

 

 渡りに船とばかりに、ワタシも乗っかった。というか、ふらふらとしていた。いや、朦朧(もうろう)としていた?なんかもう、それすら分からないくらい疲弊していた。のだけれど?なんかもう、『小さいオッサン』くらいならさっき見た気が。するんですけれど?


「待って、花子殿に見捨てられたら間に合わなくなるでござるから!」

「…漫画やめるっていいましたよね」

「やめるけどやめないのお!」


 雪花さんの部屋から出て行こうとしていたワタシの腰に縋りつき、雪花さんは意味不明な言葉を叫ぶ。いや、なんとなくその言葉の意味が理解できるような気がした。今のワタシなら。


「それじゃあ、雪花さん…さっさと続きをやりますよ」

「だから花子殿のこと好きー」


 雪花さんは猫なで声で言いながら、また漫画を描き始める。その隣りで、ワタシはベタを塗っていた。要するにアシスタントだ。なんだかんだでしょっちゅう手伝っているので、これぐらいはできるようになったのだ。というか、最近は背景まで任されている。そのうち漫画とか描けるようになるんじゃないの、ワタシ?


「こっちはそろそろ終わりそうですけど…雪花さんは」


 それからしばらく二人で黙々と作業を進めていた。けど、途中で進捗(しんちょく)を聞いたワタシは、隣りの机で描いていた雪花さんを見て目を疑った。


「…なんでそのキャラ裸になってるんですか!?」


 今回の原稿には一切、裸のキャラが出てこないはずだったのに!


「え…は、なぜ脱いでるのでござるか?」

「なぜ…はこっちの台詞なのですが?」

「…どうやら、我々は何者かのスタンド攻撃を受けているようでござるな」

「単に雪花さんがショタの裸に飢えているだけです…」


 言っておいてなんだが、字面がヤバすぎるな。

 けど、今回の雪花さんの漫画はR18ではない。だから、美少年同士の絡みもないし、美青年同士の絡みもないし、ショタ同士の絡みもない。

 …言っておいてなんだが、本当に焚書(ふんしょ)されるような漫画しか描いてないな、この人。


「ほら、もうひと頑張りですよ、雪花さん…この王都に漫画文化を根付かせるんでしょ?」


 この言葉で発破をかけた。そう、今回の…いや、これからの雪花さんの命題はこれだ。

 結局、王都初の…というか、異世界ソプラノ初の出版社は幻で終わった。元々、あの仮面の男たちの目的は『秘石』だった。そのために、この異世界ではまだまだ怪しげな存在である漫画の会社を立ち上げ、そこを隠れ蓑とした。漫画という文化自体が、この世界ではまだ市民権を得ていない。そんな胡乱(うろん)な存在である漫画に携わろうとするのはよほどの変わり者だと、周囲からは判断される。その結果、ある程度の怪しい動きを見せていても、怪しまれることはない。そういう論法だったようだ。実際、ある程度の効果はあったようだ。


「うー…漫画、文化、でござるか」

「雪花さんがやらねば誰がやるんですか」

「拙者以外の人がやってくれないかな…」

「雪花さん以外の人だと全員が過激なBLしか描かないんですよ!」


 好きに描くとなったら、あの人たちも全年齢版は描かない。ほぼ裸しか描かない。自制なんかしないからだ。そもそも、最初からそんな無法地帯状態だったから、この世界に漫画が文化として根付かなかった。オカルトだってもう少し市民権を得ていたぞ。


「本物の漫画家さんになりたいんでしょ!」


 そのために、雪花さんは死に物狂いになっていたはずなんだ。


「でも、きっと…なれないんだよ」


 しかし、雪花さんはそう言った。そして、続ける。救いを求めるような、縋るような、その声で。

 そして、その声で独白をする。


「私もね、選ばれない側の人間だったんだ。今回だけじゃなくて、今までも…ずっとね」

「雪花さん…」


 雪花さんの声は薄く、脆い。薄氷よりも、それは儚かった。

 …けど、しみったれたパートはもう終わりっているだ。

今はもう、今回のエピソードを『楽しかった』と思ってもらうためのカーテンコールの時間なのだ。

 だから、ワタシは。


「…いったあ!?」


 ワタシは、雪花さんの乳を張った。今日はさらしを巻いていないので、雪花さんは巨乳のままだ。その乳を、引っ叩いた。


「なにをするだぁっー!?」

「そんな泣き言を言ってる暇があったら手を動かしてください。じゃないと、その無駄にでかいだけの乳を張り倒しますよ」

「…たった今、張り倒したのでは!?」


 雪花さんは涙目でそう訴えていた。そんな雪花さんに、ワタシは言った。ちょっとだけ、そっぽを向いて。


「あと、自分は選ばれないとか簡単に言わないでください…ワタシなんか、最初っから神さまに選ばれなかったんですからね」

「そうでござるな…よし」


 そこで、雪花さんは手を打った。乾いた音と振動が、部屋の中で反響した。そして、最後はワタシたちの胸にすとんと落ちる。


「選ばれないなら…拙者は手を叩くでござるよ」

「手を…叩く?」

「神さまに選ばれなくても、楽しくやってるんだぞって、神さまに教えてあげるのでござる。そしたらきっと、いつか楽しいことが起こるんだよ」


 そして、雪花さんはもう一度、手を叩いた。さっきよりも軽快で響く音色が、部屋の中を縦横に飛び交う。


「よし、もうひと頑張りするでござるか。せっかく、花子殿が無報酬で手伝ってくれているのでござるからな」

「…勝手にただ働きにさせないでください」


 何時間ベタを塗っていると思ってるんですか。

 蟹工船だってもう少し良識がありますよ。

 と、そこで。


「くきぃえええぇ!」


 唐突に雪花さんが叫んだ…というか奇声を上げた?

 あ、これ、たまに夜中に聞こえていたやつだ。


「よし、気合が入ったでござる」

「気合を入れるためにやってたんですか…それ」

「花子殿もどうでござるか」

「え、でも…」


 正直、乙女としてはどうかと思う…思うのだが。


「大丈夫、大丈夫でござるよ。みんなもやってるでござるし、ちょっとくらいなら健康にもいいでござるから」

「…絶対に手を出しちゃいけないお薬みたいな勧め方やめてもらえます?」


 シャレにならないやつじゃないですか。


「けど、まあ…ちょっとだけなら」


 お腹がちょっと痛くなるまで息を吸い、取り込んだ酸素をすべて吐き出しながら、ワタシは叫んだ。


「…シャバドゥビタッチヘンスィーン!」


 深夜のテンションに後押しされ、ワタシも雪花さんのように思うままの奇声を上げてみた。

 …めっちゃ気持ちよかった。


「お、花子殿もいける口でござるな、じゃあ拙者ももう一度…」

「あ、ズルい、ワタシだって負けませんよー」


 こうして、雪花さんとワタシは深夜にもかかわらず二人して奇声を上げ続けたのだが…。

 

「何時だと思ってんだー!!」


 と、怒鳴り込んできた慎吾に二人して怒られた。

 その後ろには、目をしょぼしょぼとさせる繭ちゃんと白ちゃんもいた。


 そんな、ありふれていて、どこにでもあるような毎日を、ワタシたちはあますところなく享受(きょうじゅ)していた。

 それが、神さまからの贈り物だということに、こっそりと感謝をしながら。


     幕間 Case1 月ヶ瀬、漫画やめるってよ 了

今回のエピソードも最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

短編となる予定が、なんやかんやで伸びてしまっておりました。

次回こそはもう少し短めの短編となる予定ですので、次も最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

そして、少しでも楽しんでいただけましたら、評価やブックマークをよろしくお願いいたします。本気でモチベーションが上がりますので。更新頻度も上がるかもしれませんので><

それでは、次回も読んでいただけますように頑張ります!

次は幕間のCase2となります!

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