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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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18 『だって、「神を見せてやろう」とかいうセリフと一緒に出てくる類いの神さまじゃん、それ…』

 王都を吹き抜ける風が、ワタシの頬にそっと触れた。

 少しくすぐったい匂いが、鼻孔をかすめる。

 異世界だろうと元の世界だろうと、風は風、ただの運び屋…では、ない。

 風が運ぶのは、世界の原液を希釈(きしゃく)したものだ。


 海を渡り、山を越え、森を通り抜け、街を巡る。

 その過程で、風は、少しずつ世界と溶け合う。溶け合い、色のない色をその身に内包する。

 だから、風というのは、世界を希釈する旅人だ。

 この風は、異世界ソプラノの姿なき代弁者だ。

 だから、異邦人であるワタシには、異世界の風がまだ少しだけ、くすぐったい。

 いつかは、ワタシもこの風に馴染める時がくるのだろうか。

 そんなあやふやなことを考えながら、ふわふわとした足取りで歩いていた。セシリアさんの家を出てから、この場所に向かうために。


「到着…だね」


 ワタシは、あの神社に…まだ名前も知らない神社に足を運んでいた。


「…だって、名前とか書いてないし」


 誰ともなしに言い訳をしてみた。

 けど、この神社に名前が書かれていないのは本当だ。元の世界なら、神社というのは鳥居などに名前が掲げられているはずだった。もしかすると、ここは神社ではないだろうか。異世界なのだから、神社に似たナニカという可能性もなくはない。いや、鳥居もあるし社もあるし、祠もある。この場所は神社以外の何物でもなかった。

 しかし、神社というのは神さまがおわす場所だ。

 この異世界で最も信仰されている神さまといえば、(不本意でしかないが)アルテナさまだ。

 そして、アルテナさまは神社には祀られていない。

 ならば、このお社には、どんな神さまが祀られているのだろうか。


「…………」


 とりあえず一端、神さまのことは忘れよう。確認したかったのは、あの祠だ。なので、ワタシは境内に入る。鳥居もくぐる(くぐる前に一礼した)。前に来た時はしなかったが、手水舎(てみずや)があったのでそこで手を清めた。


 昔、一度だけだが、お母さんとお父さん、そしておばあちゃんとどこかの神社にお参りに行ったことがあった。ワタシも、みんなの真似をしてこうして手を清めた。あの時は参拝の決まり事など知らなかったし、自分が何をしているのかもよく分からなかったけれど、それでも、みんなと同じことができた自分が、少しだけ誇らしかった。

 …体の弱かったワタシは、みんなと同じことすら、まともにできなかったからだ。


 今にして思えば、両親やおばあちゃんは、神さまに(すが)るためにあの神社に行ったのだろう。

 …ワタシの病気を、治してください、と。

 残念ながら、そのお願いは聞き届けられなかったけれど。


「…………」


 確かに、その願いは叶わなかった。

 ワタシは、命を失った。

 けど、ワタシはこの異世界に来ることができた。

 この異世界でたくさんの人たちと、出会えた。

 それだけで、きっとお釣りがくる奇跡なんだ。


「…それじゃあ、その奇跡を少しでも還元しますか」


 与えてもらった奇跡で、新しくもらえた元気な体で、ほんの少しでも恩返しがしたかった。

 …本当に返したい人たちには、もう、何も返せないから。

 だから、この世界そのものに還元をする。

 それが、ワタシの恩返しだ。

 その恩返しこそが、ワタシの異世界転生の旗印だ。

 照れくさいから、誰にも話したことはないけれど。


 祠に向かって、歩いた。

 祠は、閉まったままだった。

 当然だ。セシリアさんに会った後、ワタシはすぐこの場所に来た。この祠を開けられるのがあの人だけなら、現在、こうして祠が閉じているのが当たり前の状態だ。


「中は…見えないか」


 祠の中を覗き込んでみたが、隙間がないので中の様子は窺えなかった。

 …さて、どうしようか。

 少し祠に触れてみたが、その開き戸はワタシには開けられなかった。どうやら、本当にセシリアさんでなければ祠の扉は開かないらしい。罰当たりかもしれないとは思ったが、これも恩返しのためなので許してください。罰を当てるのならアルテナさまに当ててください。


「こんにちわあ」


 背後からかけられた声に、ワタシは小さく震えた。今日もワタシ以外の参拝者がいなかったし、声をかけられるとは思っていなかった。


「あ、はい…こんにちわぁ」


 祠を開けようとしていた罪悪感もあり、ワタシは恐る恐る振り返った。

 そこにいたのは、巫女さんだった。

 白衣に赤い袴の、ジャパニーズスタイルの巫女さんだった。

 いや、巫女さん…巫女さんだよね?

 …なぜか、この巫女さんは頭にバニーガールがするようなヘアバンドをしていたけれど。


「わぁい、巫女さん…花子、巫女さん大好き」


 …一気にIQが下がったワタシではあったが、仕方ない。

 まさか、異世界で巫女さんに会えるとは思っていなかったのだ。いや、神社があるなら巫女さんだっているかもしれないが、実際に目の当たりにすれば驚くものだ。あと、何なのだ、あのウサギのヘアバンドは。色々な要素が渋滞していて処理しきれないのだ。


「すみません、驚かせてしまいましたかあ」


 赤い袴の巫女さんは、雪花さんくらいの年齢の若い女性だった。髪は黒く短めだったのでアクティブな印象を受けるが、言葉だけでなく所作もまったりとしていた。


「…いえ、ワタシが勝手に驚いただけですので」

「貴女が参拝の作法を知っている方のようでしたので、思わず声をかけてしまいましたあ」

「そ…そうですか」


 そこで、小さく声が裏返ってしまった。

 ここは、異世界だ。

 参拝の作法など浸透しているとは思えない。事実、ワタシはついこの間までこの王都に神社があることも知らなかった。もしかすると、王都の人たちはここに神さまが祀られていることすら知らない可能性もある。

 

「…………」

 

 どこまで尋ねていいのだろうか。

 あまり訳知り顔で神社の話などしてしまえば、ワタシが転生者だと悟られてしまうかもしれない。できるだけ、自分が転生者だという事実は秘匿すべきだ。前回の件で、嫌というほどそのことを思い知った。

 そんなワタシに、巫女さんが話しかけてきてくれた。


「この間、セシリアさんと一緒に来られた方ですよねえ」

「…セシリアさんを知っているんですか?」


 と、尋ねた後で気付いた。

 セシリアさんはここの祠を開くお役目を担っていた。だとすれば、この神社の人たちと既知の仲のはずだ。


「ええ、勿論ですよ。あ、申し遅れました、私はシャンファといいます。よろしくお願いしますね」


 ウサギ耳の巫女の女性はおっとりと名乗り、おっとりと微笑んでいた。

 その微笑みを受け、ワタシも慌てて自己紹介をした。


「あ、ワタシは花子っていいます…ええと、セシリアさんとはお友達のような関係です」


 うん、嘘は言っていない。

 そして、自己紹介のついでにシャンファさんに祠について聞いてみた。


「ええと、その…この祠が悪いモノを浄化してくれるという話は本当なんですか?」

「本当ですよ。このお社は、そのために建てられたのです」


 やや失礼だったかもしれない質問にも、シャルカさんは笑顔のままで答えてくれた。

 そして、そのまま巫女の彼女は語り始める。

 子供の頃におばあちゃんからよく聞かされた、あのイントネーションそのままで。


「昔々、このあたりで悪さをする魔物がいました」


 それは、昔々から始まる物語だった。

 古今東西どころか、その出だしは異世界でも変わらないのかもしれない。


「その魔物は体も大きく、毒を吐き出してこの辺り一帯で暴れていたそうです」

「魔物…ですか」

「ええ、とても大きな、獣の姿をした魔物だったそうです」


 ウサギ耳の巫女さんはややまったりとした語り口だったが、その言葉は聞き取りやすかった。意外と語りなれているのかもしれない。


「その頃、ここには今の王都のようにたくさんの人たちがいたわけではなかったそうですけれど、それでも、その魔物の所為で数多くの人たちが死に絶え、土地は毒によって汚染されました」

「…昔話にしては、物騒ですね」


 いや、ここは異世界だ。

 ワタシたちの知っている、含蓄(がんちく)蘊蓄(うんちく)を子供たちに伝えるための昔話とは毛色が違うのかもしれない。

 彼女が語る物語が、実話だったという可能性がある、ということだ。


「最後に少しだけ残った人々も、全滅すると思われたその時…空のかなたから神さまが現れたそうです」

「神さま…ですか」

 

 オウム返しに、ワタシは驚く。

 小さく固唾(かたず)を、吞みながら。


「はい、神さまはその魔物を退治し、この場所に光を灯したそうです。すると、その光が魔物の毒を浄化してくれました。そして、人々はその光が灯った場所に祠を建てたのです」

「…それが、この祠ですか」


 ワタシは、ちらりと祠を眺める。


「ええ、神さまと共に現れた人たちが、このお社を建ててくれたそうです。そして、その方々が、私たちのご先祖さまだと聞いております」


 シャンファさんは、丁寧に説明をしてくれた。

 そんなシャルカさんにワタシは質問を重ねる。


「ちなみに…その神さまの名前とか教えていただいてもいいでしょうか?」


 ここは、和の神域だ。

 だとすれば、現れた神さまというのも、ワタシたちでも名前を知っている神さまの可能性がある。

 しかし、そこで帰ってきたのは、巫女さんの申し訳なさそうな声だった。


「すいません、実は…長い年月の中で、その神さまの名前が記された書物は失われてしまったそうです。細かい言い伝えなども、その時に失われてしまいました」

「え…そうなんですか」


 残念ではあるが、仕方ない。

 あまりに古い歴史は、時の狭間に埋没してしまうことも間々ある。

 邪馬台国だって、本当の場所は分かってないのだ。


「ですが、伝え聞いた話ですと、その時に現れた神さまというのは…『炎熱神ソルディヴァンガ』さまとか、『凍結神アイヒリッター』さまと呼ばれていたそうです」

「そんなソシャゲの最高レアみたいな神さまが祀られてるんですか!?」


 ウッソだろ!?

 ここ神社だよね?


「あくまでも伝え聞いた話ですので、私たちもお社さまの本当のお名前は分かりませんけれど」

「断言します…絶対に『炎熱神ソルディヴァンガ』さまでも『凍結神アイヒリッター』さまでもないですよ、ここに祀られてる神さまは」


 だって、「神を見せてやろう」とかいうセリフと一緒に出てくる類いの神さまじゃん、それ…。

 さすがにいないよ?

 神さまが八百万もいるって言われてるワタシたちの国にも。


「というわけで、私たちはこのお社を守っているのです。この祠も、毎日セシリアさんに開いてもらっているのです」

「あ、でも…昨日は開いてなかったはずですよね」


 余計なことかもしれない一言を、口にしてしまった。

 けれど、返ってきたのは想定外の一言だった。


「いえ、昨日も祠は開いておりましたよ」


 ウサギ耳の巫女さんは、おっとりとした口調でそう断言した。

 開かれていなかったはずの祠は、開かれていた、と。

新年あけましておめでとうございます…ちょっと遅すぎますけれど。

昨年は大変お世話になりました。

いつも読んでくださる皆さまのお陰で、こうして投稿することができております。

本当に、ありがとうございます。

そして、本年もよろしくお願いいたします。

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