15 『奇跡も、呪いも、あるんだよ』
「…呪い、ですか?」
ワタシは、疑問符と共にその言葉を口にした。
呪いとは、人に災いをもたらす厄災だ。
ただし、それらには現実性がなく、信憑性も何もない。
ワタシたちがいた、世界では。
「呪いなんて、本当にあるんですか?」
だから、ワタシはシャルカさんに問いかけた。
最初に呪いのことを言い出したのも、この人だ。
『ここは異世界だぞ。奇跡も、呪いも、あるんだよ』
シャルカさんの言葉は、ワタシを黙らせるには十分な説得力を持っていた。
ワタシや慎吾たちが生きていた生前の世界では、呪いとは眉唾物の代名詞だった。たまに耳にする言葉ではあったが、それらは現実には起こっていない。少なくとも、表面上は。だから、呪いなどというモノは絵空事の中だけで起こる、架空の災厄だった。
しかし、シャルカさんが言ったように、ここは異世界だ。ワタシたちが生きていた世界とは常識や方式そのものがまるで異なる。呪いなどという胡乱なモノが実在していても、何ら不思議ではない。
「…それで、その呪いの魔石が奪われたんですか」
『正確には、魔石ではなく『秘石』だ。呪われていることに違いはないが』
シャルカさんは、そう訂正した。その『秘石』というものには、ワタシも聞き覚えがあった。以前、騎士団長であるナナさんがその石について語っていた。
「ええと、『秘石』っていうのは、魔石の上位版…ってことなんですよね」
ナナさんから聞いた説明を思い出しながら、ワタシは言った。
『平たく言えばそういうことなんだが…『秘石』は、存在自体がピーキーなんだよ』
「ピーキー…?」
『魔石ってのは、誰にでも扱える魔法の石だ。この異世界…ソプラノの文明の屋台骨になっているのが、この魔石だ』
「それは…分かります」
異世界といえど、何でもかんでも魔法で文明を発展…とはいかなかった。基本的には、人間に魔法は扱えないからだ。一部の例外を除いて。
ただ、この異世界の人類種は、『スキル』と呼ばれる異能力を扱うことはできる。しかし、これは世界の文明を底上げさせられるほど万能ではない。というか、スキルで行えるのは腕力の強化などしか行えない。上手く使えば便利ではあるが、世界を開拓できるほどの利便性はない。
ただし、魔石は別だ。
扱い次第で、魔法と同じような現象を、誰でも再現することができる。その魔石を活用、または応用することで、この異世界の文明は発展してきた。
『だが、『秘石』は違う…あれは、人に扱いきれるものじゃない』
シャルカさんは言い切った。その声には渋味が混ざっていた。
そして、シャルカさんは続ける。
『要するに、『秘石』ってのは人に扱いきれない魔石のことだ…そして、その『秘石』は、人を呪うんだよ』
シャルカさんは、呻くような声で呟いた。
「…呪い、ですか」
ここで、会話が一周してきた。
『ああ、極めて模範的な呪いだよ。近くにいる人間を無差別に、貪るように呪う。分け隔てなく衰弱させる。最後には、ご丁寧に命を吸い上げる』
「…なんで、そんな危険な石を残していたんですか?」
さっさと壊してしまえばよかったのではないだろうか。
『そうもいかないんだよ…『秘石』の破壊には、大きなしっぺ返しがある。そして、そのしっぺ返しは、何が起こるか分からない。過去にも『秘石』の破壊を試みたことはあったそうだが、その時は大きな爆発が起こったそうだ』
「大きな…爆発?」
『未曽有の大災害だったそうだ。街が一つ消し飛ぶほどの、な』
溜め息交じりに、シャルカさんは語った。
「そこまで大きな災害を引き起こす可能性がある石が…奪われたんですか?」
これはそもそも、その話をしている途中だった。
その過程で、シャルカさんが呪いの説明を始めたのだ。
『普段あの『秘石』は、王都の中でも、簡単に人が立ち入れない場所で厳重に保管されていた。けど、何年かに一度は、保管場所を変えなければならなかったんだ…そこを、族に狙われた』
「…なんで保管場所を変えないといけなかったんですか?」
移送などしなければ、誰にも奪われずに済んだのではないだろうか。
『呪いが蓄積するんだよ。人が寄り付かない場所とはいえ、呪いが溜まり過ぎるのはまずい。溜まった呪いの影響で、悪いモノが呼び寄せられたりするんだ』
シャルカさんは丁寧に教えてくれた。
その表情は、苦虫を嚙み潰したようだったけれど、
「…犯人は、複数だったんですよね」
『ああ、五人組だったそうだが、いや、犯人たちの正確な数は分からないが…ナナの不在が痛手だったのは確かだ』
本来なら、ナナさんがその『秘石』の移送任務に就くはずだった。だが、先日、この王都で起こった火事の所為で、そもそもの『秘石』の移送計画にズレが生じてしまった。もし、その現場にナナさんがいれば、相手が誰であろうと圧倒したはずだ。あの人には『結束』というユニークスキルがある。
『けど、『秘石』はまだ、現場の近くにあるはずなんだ』
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
当然の疑問を、ワタシはシャルカさんに投げかける
『結界が貼ってあったんだよ、その地域全体に。もし、『秘石』がその結界を通れば、その箇所が必ず反応するはずだ』
「その結界に反応がないから、『秘石』は遠くには持ち出されていない…ということですか」
『ああ、今、騎士団や憲兵たちが血眼で捜索中だが…まだ見つかっていないんだろうな』
シャルカさんは、そこで頭を掻いた。
そんなシャルカさんに、ワタシは言った。
「でも…その『秘石』って、呪われてるんですよね」
そして、呪いを撒き散らしている。
今も、この街のどこかで。ひっそりと、人知れず。
「そんなモノが近くにあったら…街の人たちも、呪われてしまうんじゃないですか」
『まあ、『秘石』の呪いの有効範囲は半径が二十メートルが関の山だし、直接その『秘石』に触れたとしても、すぐに呪われることはない…というか、呪いの反応が、そもそもないそうだ』
「…呪いの反応がない?」
どういうことだろうか。
『あの『秘石』は常に呪いを放っている…けど、その呪いを感知する方法はあるんだよ』
「…でも、その呪いの反応が、ないんですよね?」
シャルカさんは、先ほどそう言っていた。
『ああ、だから『秘石』の所在を見失っているんだ…本来なら、その呪いを感知して『秘石』はすぐに見つかるはずなんだが』
口惜しそうに、シャルカさんは眉を歪めた。
「なら、犯人たちは、奪った『秘石』をどこかに隠したんじゃないですか」
独り言のように呟いたが、当然これはシャルカさんに問いかけた言葉だ。
シャルカさんもワタシと同じ言葉を繰り返した。
『どこかに隠した…か』
「その結界っていうのを超えていないのなら、『秘石』はまだ現場の近くにあるはずです…それなのに、呪いの反応は現場からは感じられない。となると、犯人たちがどこかに隠したとしか考えられませんよ」
『犯人たちの目的が、王都の破壊とは考えないのか?』
シャルカさんは、正面からワタシを見据えていた。
試されている、ようだった。
『私は言ったはずだ。『秘石』を無理に壊そうとすれば、街一つが滅ぶくらいの反動がある、と…犯人たちが、王都の破壊が目的で『秘石』を奪った、と花子は考えなかったのか?』
またも、試されているような言葉と、視線だった。
「…犯人グループが『秘石』を使って王都を破壊するつもりなら、奪う必要なんてありませんよ。その場で『秘石』を破壊すればいいんですから」
『…そうか』
「なら、犯人グループの目的はやっぱり『秘石』を奪うことですよ…ただ、その先の目的は分かりませんけれど」
『呪われているといっても『秘石』だからな…物好きな好事家が欲しがっている可能性は高いが』
シャルカさんは、また頭を掻いていた。
「ダレカに売り飛ばすつもり、ですか…」
『そんな分かりやすい動機なら、まだマシなんだがな』
シャルカさんの言いたいことは、分かる。
相手の動機や目的が分かるのならば、手の打ちようもある。
怖いのは、自分たちの理解の範疇を越えてくる相手だ。
理解ができない相手の手の内は見えない。だから、手の施しようがない。結果、手に余ることになる。
「シャルカさん…その『秘石』の呪いを無効化する方法とかってあるんですか?」
今現在、その呪いの反応がないから『秘石』の所在が分からなくなっている。
『聞いたことはないな…『秘石』の呪いを無効化はするなんて方法は』
「…そうですか」
この人が知らないということは、そもそもそんな方法は存在しないのかもしれない。この人、これでもギルドマスターだし、天使だしね。
『呪いの無効化じゃないが、対呪い用の魔法なら騎士団の魔術師が使えたはずだ』
「…じゃあ、呪いの反応がないってことは、その魔法が使われてるんじゃないですか?」
『いや、あれはあくまでも人が呪いにかからないための魔法であって、『秘石』の呪いを封じたりはできない。しかも、効果だってそこまで長くは続かないはずだ』
「だとすれば…やっぱり、犯人グループは現場の近くに『秘石』を隠していますね」
結界に『秘石』の反応がなかったということは、『秘石』はまだその結界を超えていない。
そして、『秘石』の呪いを防ぐ手立てがないまま、犯人たちが『秘石』を手元に置き続けるとは思えない。
すぐに呪いに感染するわけではないと分かってはいても、呪いなんて得体の知れないモノは忌避したいに決まっている。
『花子の言う通りかもしれないが…それなら、犯人はどこに『秘石』を隠したんだ?』
「それは…」
そこで、ワタシは口籠もった。
いつまでももごもごと口籠もっていても仕方ないので、ワタシは正直に言った。
「…まだ、分かりません」
『そうか…まあ、騎士団や憲兵たちが、あっさり見つけてくれるかもしれないしな』
「そうですね…って、シャルカさんは何をしているんですか?」
そこで、ワタシは目を疑った。
『晩酌の準備』
「よくこの状況でお酒が飲めますね!?」
貴女ってギルドのマスターでしたよね!?
ギルドに応援の要請とか来たらどうするんですか!
『だって、花子がいるだろ?』
シャルカさんは、そそくさと食卓にお酒を並べていく。
「ワタシがいるから何だっていうんですか…」
『だって、私より的確に判断ができるじゃないか。ギルドとして何か決断しないといけない状況になっても、花子なら私より上手くやってくれる…私はそう信じてるよ。任せたぞ、看板娘』
「え、それは…まあ、ワタシ、看板娘ですけどね」
シャルカさん、ワタシのことをそんなに信じてくれてたんだ…少しだけ、胸が熱くなった。
…いや、違うわ、これ。
「あ、だからさっきワタシのこと試してたんですね!」
先ほどの、ワタシを試すような発言はこのためだ。
自分の代わりをさせられるか、シャルカさんはワタシのことを試していたんだ。
そして、ワタシが気付いた時にはもう遅かった。
この人は、晩酌の準備と言っていたが、その夕飯が始まる前に、この人は既に一瓶を飲み干していた。
「また二日酔いになっても知りませんからねっ!」
いつも最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回もがんばりますので、生暖かい目でお読みいただけると嬉しいです。
…うっすらシリアス風味になってまいりますので><




