14 『何の成果も得られませんでしたっ!』
「そもさん!」
「せっぱ」
リリスちゃんの「そもさん」のかけ声に合わせ、ワタシも「せっぱ」で返した。
要するになぞかけだ。
「橋は橋でも、必要な時に割られる橋ってなんでしょう?」
リリスちゃんは、やや得意気に問題を出してきた。初対面の時といい、この子はこういう問答が好きなのだろう。
「必要な時に割られる橋…か」
そこで口を閉じ、ワタシは考え込む。
橋…ハシ…はし。
それが、必要な時には割られる、か。
「もしかして、割り箸かな」
「やりますねぇ、さすがは花子先生です」
リリスちゃんは嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見ていると、ワタシも少し気が楽になった。
ワタシたちは、またあの廃教会へと向かっていた。といっても、あの『願い箱』の調査が前進した、というわけではない。
寧ろ、その逆だ。
調査の進展を問われても、「何の成果も得られませんでしたっ!」と答えるしかないのが現状だ。
なので、もう一度あの箱を調べてみようと、リリスちゃんと二人で廃教会に向かっていた。その途中で「なぞかけでもどうですか」とリリスちゃんが言い出した。おそらく、ずっと黙り込んでいたワタシを気遣ってくれたんだ。
「ありがとうね、リリスちゃん」
照れくさかったので、聞こえないような小声でお礼を言った。
「え、何か言いましたか、先生?」
「あ、ええと…さっきのなぞかけはちょっと悪問だったかも?って」
聞こえていないと思った声は聞こえていた。どうやらリリスちゃんはけっこうな地獄耳だったようだ。
「ええ、そうですかー?」
リリスちゃんはちょっと不服そうだった。そんなリリスちゃんの頭を、軽く撫でてみた。
そして、ワタシたちは、さらに歩く。
歩きながらワタシは、今朝、ナナさんと『念話』でした話を思い返していた。
現在、ナナさんは王都を離れて隣国に出向いている。そして、人見知りであると同時に寂しがり屋でもあるナナさんは、「一日に一回は『念話』をかけてきて!」と面倒くさい彼女みたいなことを言い出していた。しかも、「かけてくれなかったら、王都に戻った時にお花ちゃんと結婚するから!」とか叫んでいた。
…たぶん、あの人これ本気で言ってるんだよなぁ。
正直すごく面倒くさいとは思っていたが、一応アレでもナナさんは騎士団長なので、この王都で起こっている異変について、いくつか話を聞くことはできた。
つい先日、この王都では火事が起こった。
その火事が、自分が描いた漫画が現実になったからではないか、と雪花さんは心配をしている。
しかし、ナナさんはその火事が人為的に引き起こされたもの…つまりは放火だった可能性が高いことが分かった、と教えてくれた。
「…………」
この異世界にも、放火などという粗野な犯罪はあるようだ。
いや、人がいる限り、悪意は影法師のようにつき纏う。犯罪というモノが世界から消えることは、ないはずだ。
…やめよう、今は犯罪云々について考えるべきではない。
あの火災が、人為的に引き起こされた災害だった、ということを軸に思考するだけでいい。
ただ、放火とはいえ、その火事では誰も命を落としていない。それどころか、一人の怪我人すらいなかった。元々、その建物は倉庫だった。いや、その時、その倉庫には何も置かれておらず、中は空っぽだった。燃えたのは、ガワだけだ。しかも、かなり古い倉庫で、建て直しをするかどうかの検討もしていたようだ。つまり、全焼したところでそれほどの痛手ではなかった、ということになる。
なら、その犯人は何がしたかった?
ただの火遊びか?愉快犯か?
けど、ナナさん…というか騎士団の調査によれば、焼け落ちた倉庫も木造だったとはいえ、そう簡単に火が付くような建物ではなかったそうだ。というか、大体の王都の家屋は火災の対策をしている。ワタシも詳しくは知らないが、壁などには火が付きにくくなる薬剤が塗られているらしい。
そんな倉庫が、放火で焼け落ちた。
つまり、犯人は火災の対策をしている建物に火をつけられるほどの準備をしていた、ということになる。
だとすれば、犯人には、やはり何らかの目的があったはずだ。
周囲に何らかのダメージを与えたかった?
しかし、周りも倉庫が殆んどだったし、燃やされた倉庫と同じように、他の倉庫も現在は空っぽだった。そして、同様に古い。
なので、仮に火災が広がったとしても、被害といえるほどの大きな被害は出なかったはずだ。
それに、騎士団がすぐにかけつけて鎮火もしている。
「…………」
影響と呼べるほどの影響は、秘石と呼ばれる石の運搬予定が狂ったこと、くらいか。
そして、その任につくはずだったナナさんは、秘石の移送に関わることなく王都を離れている。
他に、影響と呼べる影響はない。
今の、ところは。
「先生、そろそろですよお」
リリスちゃんに言われて気付いた。ワタシたちが、あの廃教会に到着していたことに。
「そもそも、いつ、誰がこの教会を建てたんだろうね」
ワタシは、朽ちかけた教会を見上げながら呟いた。
在りし日は、きっと、たくさんの人たちがこの教会を訪れていたはずだ。
ダレカが笑って。ダレカは泣いて。
たくさんの人たちを、この教会は見守ってきた。
なら、この教会は、ダレに見守ってもらえばいい?
…この教会は、ダレに看取ってもらえば、いい?
ふと、そんな感傷が浮かんだ。
と、そこに。
「何をしているのですか、あなた方は!」
咎められるような…いや、実際に咎める声が背後からかけられた。
ワタシとリリスちゃんは、小さく首を竦めながら同時に振り返る。そこにいたのは、黒い修道服に身を包んだシスターだった。いや、そこにはもう一人いた。しかも、こちらは知っている顔だった。
「スイ…さん?」
編集者であるスイさんの姿が、そこにあった。
以前、この人は雪花さんの漫画を絶賛してくれた。
「あなたは、『ぬるぬるイワシ兵士長』先生のところにいた…?」
向こうも、こちらの姿を確認した。
なぜ、この人がこんなところにいる?
いや、その疑問はスイさんも同じだったようだけれど。
しかし、次に口を開いたのはワタシでもスイさんでもなかった。
「あなた方…まさか、その教会に入るつもりですか?」
黒い修道服のシスターが、ワタシたちに詰問する。
「いえ、ワタシたちは中には入ら…」
「分かりますよ…教会の中で乳繰り合うつもりだったのですね!人目につかないところで、えっちぃことをするつもりだったのですね!」
…とんでもない不道徳を口走るシスターだった。
さすがに閉口しそうになっていたが、黙っていては冤罪をおっかぶされそうなので口を開く。
「いや、ワタシたちは…」
しかし、シスターはワタシの言葉など聞かなかった。
…シスターって人の話を聞くのがお仕事では?
「分かりますよ…私たちは、魂でつながった姉妹だということですね。だから、神さまは何も禁止なんかしていないとおっしゃりたいのでしょう?なんといううらやまけしからんことを」
「ダメだ、この人…早く何とかしないと」
…もう手遅れだろうけれど。
そこに助け舟を出してくれたのは、スイさんだった。
「落ち着いて、クレア。女の子が二人いたらユリだと思い込むのは、貴女の悪い癖ですよ」
…いや、本当にそうだよ。
そして、クレアと呼ばれたシスターさんはワタシたちに謝罪をしてくれた。
「ああ、すみません…恥ずかしながら、私ちょっと心の中に『後方からユリを見守るおじさん』が住み着いておりまして」
「…さっさと島流しとかにした方がいいですよ、そのおじさん」
百害あって一利なしだよ。
「ええと、貴女は花子さんでしたよね。どうしてこちらに?」
このままでは埒が明かないと思ったのか、スイさんが話を進めてくれた。
「そうですね…ええと」
どこまで話すかを、ワタシは思考した。
雪花さんの漫画が現実になっているかもしれないので調べています…とは、言えなかった。
確証も何もないのに、そんなことを口走るわけにはいかない。
…なので。
「ここの『願い箱』の中に、雪花さんが漫画の原稿を入れ」
ワタシは途中までしか言っていなかったのに、スイさんはあの郵便受け…『願い箱』に駆け寄って中を確認した。しかも、残像が見えるほどの速度で。
「おお、これはうちに送ってきて下さったのと同じ原稿ですね…いや、でも少し内容が違うような」
スイさんは、わき目も振らずに雪花さんの原稿を読み耽る。
「…………」
全員が口を噤んでいた。
スイさんがページを巻くる音だけが、小さく聞こえる。
「いや、やっぱりすごいですね…『ぬるぬるイワシ兵士長』先生は」
原稿を読み終えたスイさんは、軽く額に汗をかいている。原稿を読んでいる時のスイさんは、百面相かと思うほど表情をころころと変えていた。
そんなスイさんに、ワタシは尋ねる。素朴な疑問が、浮かんだからだ。
「でも、その漫画…スイさんは一度、読んでいるんですよね?」
そう、その漫画は雪花さんが出版社の方に送ったものだ。それを、この人は既に読んでいると言っていたはずだ。なのに、この人は夢中で読んでいた。
「これは別物ですね」
「別…物?」
スイさんの言葉に、オウム返しでワタシは驚いた。
そんなワタシに、スイさんは説明をしてくれる。
「まあ、まったくの別物ではないですが…これは、おそらく改稿前のものですね。先生は、この原稿を改稿したものをうちに送ってくださったんですよ」
そして、スイさんは話してくれた。雪花さんがどの部分をどう変更したのか、そうすることで、この漫画がどう面白くなったのか。雪花さんの苦悩や努力を、この人は漫画の原稿から読み取っていた。
「特に、ラストがいいですね。こちらの原稿では、ラストに主人公の一人が死んでしまいますが…うちに送ってくださった原稿では、主人公がどちらも死んでいません」
「え…そうなんですか?」
ワタシが読んだ漫画…スイさんが今、読んだ方では最後に死者が出ていた。しかも、死んだのは二人の主人公のうちの一人だ。
「ええ、送ってくださった原稿では、最後の最後に、呪いを解いて死の運命を変えて二人とも生き残るのです…」
「…呪いを解いて、生き残る」
ワタシは、スイさんの言葉を反芻した。
「二人いる主人公のどちらかが死ぬ…この展開は中々にショッキングです。読者からの反響も大きいはずです。けれど、言葉は悪いですが、その展開はややチープともいえます」
スイさんは、軽く咳ばらいをしてから続けた。
「漫画という新しい分野の中では目新しい展開ともいえますけれど、小説や舞台ならば、もっと昔から色々な物語が存在します。そうした物語の中では使い古された展開でもあるんですよ、主人公が最後に死ぬ…という幕引きは。ある意味では王道といえますけれど」
ワタシたちは、スイさんの言葉に聞き入っていた。この人の言葉が、それだけの説得力を持っていたからだ。
「けど、『ぬるぬるイワシ兵士長』先生はその展開を捨てました。改稿した漫画の中では、二人とも生き残る道を選択されていました…それなのに、ドラマ性がこれっぽっちも失われていなかったんですよ」
スイさんは、陶酔したようにその後も雪花さんの漫画について語り続けた。
「あ、すいません…長々と語ってしまって」
「いえ、ワタシも嬉しかったですから」
ワタシの知らない雪花さんの一面が知れたことが、ちょっと嬉しくてちょっと誇らしくて、ちょっとだけ、嫉妬をしてしまった。ワタシの知らない雪花さんの一面を、この人が知っていたことに。
「…………」
「…………」
なんとなく気恥ずかしくなったワタシたちは、黙り込んでしまった。
けど、いつまでも沈黙を続けるわけにはいかないので、ワタシは口を開いた。
「…そういえば、この教会って、誰が建てたんでしょうね」
何の気なしに口の端から出た言葉だった。
「この教会を建てたのは、悪魔です」
意味の分からない言葉が、帰ってきた。
あの、シスターの口から。
「この教会は、悪魔によって建てられたのです」
念を押すように、シスターは言った。
ワタシの理解の範疇を越えた言葉を。
キョウカイを、アクマが造った?
…ワタシたちは、そこで完全に言葉を失った。
そして、その後、ワタシとリリスちゃんはスイさんたちと別れて帰路についた。
それこそ、何の成果も得られないまま。
けれど、帰宅したワタシを待ち受けていたのは、さらに理解の範疇を越えた言葉だった。
奪われた、そうだ。
秘石と呼ばれる石が。
その、移送中に。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
『お医者さんが笑いました。さて、どのように笑ったでしょうか?』
次回もよろしくお願いいたします。
A くすり(薬)と笑った。お後がよろしいようで…ということにしておいてくださいなんでもはしませんけれど><




