13 『まだだ、まだ終わらないよ』
「仕方ない…仕方のないことだったんだよ!」
ワタシは叫んだ。悲痛な声で。
自分が、のっぴきならない咎人であることを自覚しながら。
「…申し開きがあるなら聞いてやるよ」
慎吾は、険しい表情で腕を組んでいた。口元もへの字口になっている。
…どうやら、安易な泣き落としは通用しないようだ。
「だってね、今月はね…白ちゃんの服を買ってあげたりしてね、懐が苦しかったんだよ、ワタシも」
「ああ、繭ちゃんから聞いたよ。ちゃんとお姉ちゃんをやってるみたいじゃないか」
慎吾も、そこは褒めてくれた。
…これなら押せばいけるか?
なので、ワタシはたたみかけた。
「だからね…今月はにんにく費が底をついちゃったんだよ」
「…光熱費みたいな言い方するなよ」
「このままじゃあ…遠からずにんにく欠乏症になるんだよ」
「…オレの知らない病気が王都では流行ってるのか?」
「にんにくじゃないと摂取できない栄養があるんだよ!」
「…そりゃあるだろうけどよ」
そこは慎吾も納得していた。
なら、もう一押しか?
「だから…だからね、慎吾」
「いや、だからって…明日、植えようとしてたジャガイモの中ににんにくの鱗片とか混入するんじゃねえよ!」
こっそり混ぜればバレないかと思ったけれど、慎吾には一瞬でバレた。ワタシが犯人だということも含めて。
…どうやら、旗色はかなり悪いようだ。
いや、まだだ、まだ終わらないよ。
「え、だって…ジャガイモを植えるんでしょ?だったらついでに、にんにくだって植えてくれてもいいじゃない」
「いいわけないだろ…野菜っていうのは、育てる種類に合わせた土を作らないといけないんだよ。それなのに、同じ場所で別の野菜を育てていいわけないだろ。肥料の種類だって変えてあるんだぞ」
…あ、これ完全にダメなやつだ。
慎吾が真顔でお説教をしている。
「大体、花子がにんにくの鱗片なんてどこで手に入れてきたんだよ」
「スコットさんからもらった」
「あの人か…」
そのスコットさんというのは、慎吾の畑作りの師匠にあたる人たちの一人だ。
「前に分けてもらったにんにくがどれだけ美味しかったか、四十分くらいかけてワタシが熱弁したら分けてくれたんだよ」
「花子の熱量で四十分も語られたら、それはもはや脅迫とか恐喝の域なんだよ…」
「そんなことないよ。スコットさんすごい乾いた笑いを浮かべてたから」
「…お前、にんにくのことになると目が節穴になるのどうにかしろよ」
なぜか、慎吾は溜め息交じりだった。
リリスちゃんやナナさんと別れた後、ワタシは慎吾の畑を訪れた。で、このやり取りだった。
「今日はもう慎吾も仕事が終わりでしょ?一緒に帰ろうよ」
シャルカさんには、『念話』で連絡済みだ。『念話』というのは、要するにテレパシーのようなもので、遠くにいる相手と心で会話ができる。そして、この世界ではワタシにしか扱えないユニークスキルだ。
「…まあ、いいけど」
慎吾はまだ何か言いたそうだったが、後片付けを始めた。
「ところで、ティアちゃんは?」
見える範囲にティアちゃんはいなかった。あの子は地母神さまではあるが、その力の大半が失われている状態なので、『地鎮』と呼ばれるユニークスキルを持つ慎吾の傍を離れられないはずだったけれど。
「ティアちゃんなら、今は散歩に行ってるよ」
「え、慎吾から離れて大丈夫なの?」
「少しずつだけど、力が戻ってるらしいんだよ。だから、ある程度の時間ならオレから離れても問題ないそうだ」
慎吾は、ティアちゃんの状態をそう説明してくれた。
そして、噂をすれば影というか、そのティアちゃんが姿を見せた。
『止まれ、止まるのじゃあ!わらわ様の言うことが聞けぬのか!?わらわ様は地母神さまじゃぞ!偉いんじゃぞ!』
確かに、ティアちゃんは散歩をしていた。
ただし、六匹の犬たちと一緒に…というか、ティアちゃんはその六匹の小型犬に引きずられていた。
…六匹もいるとはいえ、小型犬に引きずられるのって逆に難しくない?
『ぬあぁ、止まれと言っておるじゃろうがあっ!』
散歩というよりは市中引き回しだった。
なので、ワタシはティアちゃんに助け舟を出した。
「よしよし、元気だねー、君たち」
ワタシは、ティアちゃんからリードを受け取り、小型犬たちを落ち着かせた。どうやら、ワタシにはブリーダーの才能もあるようだ。けっこう多才じゃん、ワタシって。
『な…なんて凶悪な犬たちなのじゃ』
ほぼ虫の息で地母神さまは呟く。
そんなティアちゃんに、ワタシは尋ねた。
「なんでこの子たちの散歩なんてしてたの」
『頼まれたのじゃ…ダーリンが世話になっておる人間たちから、の』
「ああ、そういうこと」
ワタシは、ティアちゃんの服について土を手で払った。擦り傷の一つもなかったのは、この子が地母神さまだからだろうか。
…そして、ティアちゃんの服というか、慎吾のシャツだけど。
この子、慎吾のシャツ以外は着ないからなぁ。彼シャツ過激派だから。
「よし、慎吾の片付けも終わったみたいだし、帰ろうか」
慎吾の帰り支度が整ったのを確認したワタシはそう言った。そして、ワタシたちは三人で帰路につく。
普段より、少し早い帰宅時間だった。空には、夕日と呼ぶにはまだ少し早い太陽が悠然と浮かんでいた。
そんな街中を、三人で歩く。いつもより明るい時間は、ワタシの気分も明るくしてくれた。
「あ…あの人」
そこで、ワタシは見かけた。
あの年配の女性…セシリアさんのお手伝いさんの女性、アンさんを。
「あ、こんにちは…」
向こうもこちらに気付いたようで、アンさんの方から声をかけてくれた。
「こんにちは…アンさん、でしたよね」
ややぎこちなく、ワタシは挨拶をした。ナナさんほどではないが、ワタシもあまり知らない人と話す時はそれなりに緊張するのだ。
「はい、ええと…そちらは」
「花子です、田島花子」
ワタシは、自身の名を名乗る。前に会った時、ワタシはアンさんには名乗っていなかったからだ。
それから、ティアちゃんと慎吾を順番に指差して紹介した。
「それで、こっちはコイヌ=ニマケールちゃんとニンニクボイル=ヤサイスキーくんです」
『お主もう少し地母神さまに対して敬意を払えよ!?』
ティアちゃんは、今日もキャンキャンと吠えていた。
慎吾も「お前よくあの一瞬でそんなしょうもないこと思いついたな…」と呟いていた。
「ええと、コイヌ=ニマケールちゃんとニンニクボイル=ヤサイスキーさんですね」
真に受けたのか、アンさんはその名前を口にした。
『違うからな!?それ、ソイツの戯言じゃからな!わらわ様はティアじゃ!そして、こっちはわらわ様のダーリンじゃ!』
「ティアちゃんのダーリンでもないけどね…」
どさくさでそんなことをのたまうティアちゃんに、ワタシは言った。
「そうなのですか…幼女のダーリンとか羨ましいと思ったのですが、違うのですね」
「アン…さん?」
今、アンさん何か怖いこと言ったような…?
「今日は、セシリアさんはご一緒じゃないんですね」
なので、ワタシはセシリアさんについて尋ねることにした。
「ええ…奥さまは今日、ボルダリングの研究会があったのですが」
「セシリアさんそんなアクティブなことしてたんですか!?」
せめてヨガとかじゃない!?
「ですが、奥さまは足を怪我されていますので、家で安静にされています」
「ああ、そうですよね…」
さすがに無理だよね。
いや、怪我してなくても無理じゃない?
「それでも、奥さまは朝のお役目には行かれましたけれど」
「お役目って…あの、祠を開くというやつですか?」
この異世界には場違いな、あの神社。
そこにあった祠は、夕方になるとひとりでに閉じる。
なので、翌日その閉じた祠を開くのが、セシリアさんのお役目なのだそうだ。
祠は、開いている間に周囲の呪いや毒を吸収し、閉じている間に祠の中でそれらの毒素や呪詛を浄化してくれる、とセシリアさんは語っていた。
いかにも異世界というリアルパワースポットだ。
「…ご存じでしたか」
アンさんの瞳が、鋭利になった。気がした。
そんなアンさんに、ワタシは説明した。
「…前にセシリアさんに会ったんですよ、あの神社で」
「そうでしたか」
「その祠を開くお役目って、セシリアさんにしかできないんですよね」
ワタシはアンさんに尋ねる。
アンさんは、丁寧に答えてくれた。
「…正確には、あのお方の娘さんもできるはずなのです」
「セシリアさんに娘さんがいらっしゃったのですね」
「いません…この王都には」
そう語ったアンさんの声は、先ほどまでより、冷えていた。
「すべてから逃げて、無責任にこの王都を去ったのです」
さらに、冷える。
夕日にはまだ早いはずなのに、空が、陰った。
「なので、そのお役目を果たせるのは、奥さまだけです…ですが、現在、奥さまの視力はかなり落ちておられます」
「そう…なんですか」
呟きながら、ワタシは思い返す。もしかすると、セシリアさんがふらついていたのも視力が落ちていたせいなのかもしれない。
「はい…昔、右目を怪我されたそうで、その頃から右目はあまり見えていないのだそうです。そして、最近になって、左目も視力が悪くなってきたようです」
アンさんは俯きながら語っていたが、そこで、顔を上げた。
「それでも、奥さまは月ヶ瀬さんという方が描く漫画を楽しみにされていました」
「雪花さんの漫画を…でも、なぜでしょうか、正直、セシリアさんが好きで漫画を読むとは思えないのですけれど」
セシリアさんは、雪花さんが漫画をやめると聞いた時、落ち込んでいた。
その理由を、まだワタシは聞いていなかった。
「奥様は、漫画の内容そのものというよりも、その月ヶ瀬さんという方の姿勢がお好きなようです」
「…姿勢?」
「まだ新しい…まだ誰からも理解されていない漫画という分野の芸術に、月ヶ瀬さんという方は本気で取り組んでおられました。そして、その弛まぬ姿勢が、奥さまはお好きなようです」
「…そうだったんですね」
少し、いや、かなり嬉しくて、誇らしかった。
雪花さんの本気が、他のダレカに届いていたことが。
…雪花さんが頑張ってたこと、ちゃんと、無駄じゃなかったよ。
「すいません、少しお喋りが過ぎましたね。それでは失礼いたします」
アンさんは、軽く微笑んでから立ち去ろうとしていたが、そこで振り返った。振り返って、口にした。
「ああ、そうでした…ちょっとティア様の頭を吸わせていただいてもよろしいでしょうか?」
『…なんでじゃ?』
ティアちゃんが困惑していたので、代わりにワタシが答える。
「いいですよ」
『…はなこぉ!?』
アンさんは、「では、失礼いたします」とティアちゃんの頭に顔を近づけてその匂いを堪能していた。
『なんじゃこれ!?なんじゃこれぇ!?』
ティアちゃんは叫びながらも、動くことはなかった。
動けなかったのだろうけれど。
「すみません、私、幼女の匂いを嗅ぐのが趣味でして」
そう言い残して、アンさんは今度こそ去って行った。
この場には、ティアちゃんの『なんだったんじゃ!?』とか、『まるで意味が分からんぞ!?』という叫び声がこだましていた。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
猫吸いは色々と危険なので、自己責任でお願いいたします。
それでは、次回もよろしくお願いします。




