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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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12 『私たちなら1+1で200ですよ。十倍ですよ、十倍!』

「私たちなら1+1で200ですよ。十倍ですよ、十倍!」

「…その理屈はさすがにおかしいよ、リリスちゃん」


 ワタシは、リリスちゃんにとりあえずのツッコミをいれておく。

 今日のリリスちゃんは妙に浮かれていた。


「嬉しいんですよ、花子先生の方から『願い箱』を調べたいって言ってくれたのが」


 傍らにいたリリスちゃんが、嬉しそうに微笑む。

 今日も今日とて、この子は短めのスカートだ。フードは、今日は被っていなかった。


「まあ、ちょっと個人的な事情もあるんだけどね。でも、あの『願い箱』の件…ワタシ、本気で調べるよ」

「やりましょう、先生!『花子探偵団』の初陣ですね」

「…いや、その『花子探偵団』っていうのはちょっと気恥ずかしいかな」


 ワタシの名前が入っているのが、なんだかおこがましい感じがする。


「それじゃあ、花子先生はどんな名前がいいですか?」

「そうだね、呼びやすくて誰からも親しまれるような…『みんなハッピー探偵団』とか?」

「花子先生って、周りの人から「センスないよね?」とか言われてません?」

婉曲(えんきょく)にディスっても人って傷つくんだからね!?」


 寧ろ、ダイレクトに言われた方が傷は浅いかもしれない。


「兎に角…あの箱が、本当にダレカの願いを叶えられるようなものなのか、調べたいんだ」


 正確には、あの箱が雪花さんの願いを…というか、雪花さんの漫画を現実にしているのかどうか、だけれど。


「探偵助手の私としては勿論、嬉しいのですが…先生、仕事の方は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。冒険者ギルドは街の異変も調べたりするからね、これも業務の内だよ」


 ワタシがそういう趣旨で『願い箱』の調査をしたいと言ったら、ギルドのマスターであるシャルカさんは二つ返事でオーケーをしてくれた。ギルドとしても『願い箱』が噂になっていたことは知っていたようだし、もし、その『願い箱』が本物だった場合、迅速(じんそく)な対処が必要となる。そのために、シャルカさんはワタシに調査の許可をくれた。


 けっして、ワタシがギルド職員として戦力外扱いをされているからこっちに派遣されたわけではない。

 …昨日のは、たまたまなんだ。

 昨日、ギルドが保管していたそこそこ大事な魔石を落として割っちゃったのは、きっと、たまたま起こった事故なんだ。


「それで、先ずは何から調べるんですか、先生」

「そうだね…少し前に橋の崩落事故があったでしょ?あの現場に行ってみようよ」


 ワタシとリリスちゃんは王都の東区にある現場に足を運んだ。

 リリスちゃんにも、雪花さんの漫画が現実になっているかもしれない、という件は伝えてある。


「けっこう人通りがあるんだね、こっちの方も」


 この辺りは、この間、繭ちゃん白ちゃんと一緒に服を買いに来た通りとも近かった。

 道の両端は通行人が多く、道の真ん中は荷馬車が通っている。一応この異世界にも、魔石を利用した車のような乗り物も存在している。けれど、大きな車体を動かせるような魔石は希少すぎるため、車は殆んど走っていない。この王都ですら、お目にかかれることは滅多にないレベルだ。


「人通りがあるといいますか…あの橋が壊れちゃったから、こっちの道に人が集中しちゃってるんですよね」


 リリスちゃんが言うように、こちらの道では多くの人たちが行きかっていた。ワタシたちと同じ人型の種族が多かったけれど、ワタシの同僚のサリーちゃんと同じ猫型の種族などもいた。体が大きめの、巨人と呼ばれるような種族の人たちも、その体躯(たいく)を活かして荷物を運んだりしている。


 働いている人、遊びに出かけている人、買い物の用事を済ませようとしている人、ここは、そんな人たちが交差する場でもあった。

 人込みは苦手だったけれど、寂しがり屋のワタシは雑踏が嫌いではなかった。

 たくさんの人たちとすれ違うということは、ワタシがその人たちの人生の一ページに映りこむことだからだ。

 勿論、ワタシはその人たちの目には留まらない。その人たちはワタシを気にも留めない。

 それが当たり前だし、そのこと自体を悲観することはない。

 生前のワタシは、誰の目にも留まらなかった。

 家族やお医者さんたち以外の人たちとは、殆んど接点を持つことすらできなかった。


 だから、ただの背景のような、書き割りのような存在でもいい。誰かの記憶や印象に残らなくてもいい。

 ただ、こうしてすれ違う人たちの、この瞬間の人生の一ページに映りこむことが、意外と嬉しかったりするのだ。

 …我ながら、何を言っているのか分からなくなりそうだけれど。


 そんなワタシの隣りでは、リリスちゃんが手に持った瓶の中に細長い串を入れていた。リリスちゃんがその串を瓶から抜くと、串にはナニカが刺さっていた。そして、そのナニカを口に運ぶ。

 …今、見えてはいけないナニカが見えたような。


「リリスちゃん…それって」

「花子先生も食べます?蜂の子」

「長野県民のソウルフードだあぁ!?」


 どうりで見覚えあると思ったよ!

 いたの!?長野県からの転生者が!?


「先生が何を言ってるのか分からないですけど、今の発言が一部の人たちから顰蹙(ひんしゅく)を買ってるってことだけは分かりますよ」

「いや、違うの!長野県民のみなさんを冒涜(ぼうとく)するつもりはないの!」


 本当なんです許してください何でもはできませんけど。


「美味しいですよ、醤油味で」


 リリスちゃんは、言いながら二匹目の蜂の幼虫を口に運んでいた。


「ごめんね、リリスちゃん…にんにく醤油で味付けされてたとしても、それはちょっと」


 ワタシ、基本的に虫が苦手なのだ。

 子供の頃に見たホラー映画の影響なのだ。


「そうですか」


 リリスちゃんは大した興味もなさそうに三匹目を口に運んでいた。

 そして、そんなワタシたちの前に、例の崩落した橋が見えてきた。その橋は石造りで、壊れた様子から推察するしかないが、そこそこの幅もあったようだ。その下には、運河が流れている。王都には、こうした水路が何本も整備されていた。


「確かに、この大きさの橋なら通行量も多かったんだろうね」


 ワタシは、そこにあったはずの石橋を想像した。

 きっと、これだけの大きさの石橋をかけるということは、かなりの一大事業だったはずだ。

 それが、壊れてしまったのか。

 …いやだよね、壊れちゃうのは。


「とは…いえ」


 ワタシは、小さく呟いた。

 こうして現場を訪れてみたが、どうしたものか。

 と、そこに聞き覚えのある声がワタシにかけられた。


「あれ、お花ちゃん何やってるの?」

「…ナナさん!?」


 ワタシたちの前に現れたのは、深紅の鎧を着こんだこの王都の騎士団長…ナナさんだった。


「ワタシたちは、ちょっと調べものですけど…ナナさんはどうしてここに?」

「サボりだよ」

「騎士団長おおぉ!?」


 くじ引きで決まった騎士団長とはいえ、文字通りの貧乏くじを引いたとはいえ、もう少し責任感とかないんですか?


「いや、サボろうと思って外に出ようとしたら、ついでにこの辺りを見回ってこいって副団長に言われたんだ」


 ナナさんは悪びれることもなく言っているが、そんなナナさんの性格を把握している騎士団の副団長もある意味いい性格をしている。

 そんなナナさんに、ワタシは問いかけた。


「もしかして、何かあったんですか?」


 橋の崩落に続き、火事があったのもこの近くだ。

 そこで、気付いた。

 …まさか、雪花さんの漫画のように、人殺しが、起こったというのだろうか?


「ううん、何にもないよ。ただ、今度この辺りが『秘石』の運搬ルートになるからその下見かな」

「…『秘石』?」


 ナナさんの言葉を、オウム返しで問いかけた。それは知らない言葉だった。魔石とは違うのだろうか。


「あれ、お花ちゃんは知らなかった?『秘石』っていうのはなんて言うか…魔石のすごいヤツ、みたいなのだよ」

「…そうなんですね」


 物凄いざっくりした説明だった。それでは、魔石のすごいヤツだということしか分からない。


「でね、本当ならその『秘石』は『魔動車』で運ぶ予定だったんだけど…」


 ナナさんが口にした『魔動車』というのは、魔石で動く車だ。ナナさんは、その続きを口にした。


「その魔動車が使えなくなったんだよね」

「どうしてですか?」


 ワタシはナナさんに尋ねる。そんなワタシの横では、リリスちゃんが蜂の幼虫をパクパクとわんぱくに食べてタンパク質を摂取していた。


「ほら、そこで橋が落ちたでしょ?『秘石』の運搬はあそこを通る予定だったんだけど、通れなくなっちゃったんだよね。他の橋だと、魔動車の重さに耐えられないから通れないんだよ」

「その『秘石』って魔動車じゃないと運べないんですか?」

「運べるよ。ただ、魔動車って頑丈だし、そっちの方が安全に運べるんだ」

「…安全にって」


 荷馬車などでは安全に運べないのだろうか。


「なんか情報があったらしいんだよ。『秘石』が狙われてるっていう」

「え、それ大丈夫なんですか…まあ、ナナさんがいるなら大丈夫でしょうけど」


 この人はくじ引きで騎士団長になった人だけれど、騎士としては優秀だった。この人もワタシたちと同じ転生者で、アルテナさまからユニークスキルも授かっている。そんなナナさんが警備に当たれば、大抵の盗賊などは手出しができないはずだ。


「大丈夫って言いたいところだけど…私、その『秘石』の運搬の時には王都にいないんだよね」

「え、どこか行くんですか?」

「ハネムーン」

「聞いてる方が悲しくなる嘘をつかないでください」


 結婚願望はあるけど、その願望が暴走してるんだよな、この人。

 そんなナナさんは言った。


「ええとね、隣の国に出張なんだよ。私の直属の騎士団と一緒に」

「ナナさん直属の騎士団とかあったんですか?」


 それは初耳だった。この人、いつも一人でほっつき歩いてるから。


「この間、職権乱用で作ったんだ」

「…職権は乱用していいモノじゃないんですよ」


 何してくれてんの。

 ワタシたちの税金とかつぎ込んでないだろうな。

 そして、ナナさんは言った。


「本当なら、『秘石』の運搬はとっくに終わってるはずだったんだけどね」

「え、そうなんですか?」

「この間の火事だよ。あれがあったから、その予定がズレちゃったんだよね。あれがなかったら、ワタシが『秘石』の警護するはずだったんだけどね、私と『婚活騎士団』が」

「なんですかその騎士団名!?」

「いいでしょ、私が名付け親だよ」

「ナナさんって、周りの人から「センスないよね?」とか言われてません!?」

「「お前のネーミングセンスはユニークだな」とかは言われてるよ」

「周りの人たちやさしかった!」


 けっこう気を使われてるじゃん。


「だから、私その時にはいないんだよね…本当は出張なんて行きたくないけど」

「そういえばナナさん人見知りでしたもんね」


 最近、ワタシに対しては普通に接してるから忘れがちだけど。

 そんな人見知りのナナさんはワタシにぼやく。


「なんか、あっちの王さまにも会わないといけないし」

「…また王さまの前で吐いたりしないでくださいよ」

「うん、それうちの王さまにも言われたよ」

「ほんっとやさしいな、王都の王さま!」


 そんな感じで、捜査初日は収穫があったのかなかったのか、あやふやなまま終わりを告げた。

 けれど、事態はワタシの想像なんて軽く飛び越えた急展開を見せることとなる。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

蜂の子は長野県以外でも食べられているそうです。

食べたことがないので味は知らないのですが、意外と美味しそうなのですよね。

それでは、次回もよろしくお願いいたします。

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