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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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10 『課金は家賃までって、けっこうな額じゃない?』

「見て、繭ちゃん。こっちのピンクのワンピースかわいいよ」


 白ちゃんは、手に取った淡い桃色のワンピースを、体の前で合わせてみせた。確かにかわいい。白ちゃんも含めて。

 だが男だけれど。


「いいね、白ちゃんに似合うと思うよ」


 繭ちゃんも、うんうんと頷いている。そんな繭ちゃんは、ハンガーラックにかけてあった黒のスカートを手に取った。


「でも、こういう黒のスカートもいいんじゃないかな。白ちゃんの白い尻尾が映えると思うよ」


 繭ちゃんは、白ちゃんの白い尻尾や白い耳まで含めたコーディネートを組み立てていた。

 …実は、最近のワタシのコーディネートも繭ちゃんに考えてもらってるんだよね。

 女子としてさすがにそれは立つ()がないところかもしれないが、シャルカさんやサリーちゃんに「その服ダサくない?」みたいなことを言われたワタシとしては、背に腹は代えられないのだ。


「さすがは繭ちゃんだね」


 白ちゃんは白ちゃんで、女の子の服を着ることに抵抗はないようだ。繭ちゃんと同じなのが嬉しいらしい。


「白ちゃんの素材がいいからだよ」


 そんな繭ちゃんと白ちゃんは服屋さんの中でキャッキャウフフとしていて、ワタシはそれを傍観していた。

 …ワタシこれ、百合の男子の間に挟まるおじさんみたいな立ち位置になってないかな?大丈夫かな?

 でも、白ちゃんが笑顔でいてくれるのは、ワタシとしても嬉しかった。

 この子は、異世界から『漂流』してきた異邦人だ。その理由や原因は、いまだに何も分かっていない。 

 そんな『漂流者』のこの子が、不安や恐怖を感じないわけがない。そして、自分の世界に郷愁(きょうしゅう)の念を抱かないわけがない。


 けど、今の白ちゃんは繭ちゃんと一緒に微笑んでいて、店内に明るい雰囲気を振りまいている。もしかすると、白ちゃんは無理やりその笑顔を絞り出しているのかもしれないが、その笑顔は、繭ちゃんと一緒だから生まれたものだ。少なくとも、白ちゃんは繭ちゃんとの間に友情のようなものを感じてくれているはずだ。


 …うん、友情だよね?

 雪花さんのうすーい本(内容も薄い)みたいなことにはならないよね?

 お姉さんちょっと本気で心配になる時があるけど、色々と気まずくなりそうだから本当にやめてね?

 その後、白ちゃんは何着かの試着を済ませ、ワタシのところへやってきた。


「あの、花子お姉さん…本当に僕の服を買ってもらってもいいんですか?」

「ま、まあいいよ。白ちゃんとワタシたちが出会えた記念というか、そのお祝いだよ」


 申し訳なさそうに耳をペタンとさせている白ちゃんに対し、ワタシはそう言うしかなかった。


「そんなに気にしなくていいよ、白ちゃん。これ、花ちゃんの自業自得だから」

「あの…繭ちゃん?」


 …心なしか、ちょっと塩対応ではないでしょうか?


「ね、花ちゃん」

「…あ、はい」


 繭ちゃんの言葉に対し、それしか言えなかった。最近、繭ちゃんとの力関係がかなり傾いてきている気がする。いや、元々だろうか。

 …まあ、繭ちゃんを隠し撮りしてたのは確かだし、それを繭ちゃんガチ勢のサリーちゃんに売りさばいてたのも事実だから、身から出た(さび)でしかないのだけれど。


「…じゃあ、お会計済ませようね」


 ワタシは白ちゃんが選んだ服を受け取り、会計を済ませた。

 …そこそこの出費になったのは言うまでもない。

 フィーネさんの漫画を手伝ったアシスタント代は、この瞬間に消し飛んだ。というか足が出た。

 最初、白ちゃんは繭ちゃんとまったく同じ服が欲しいと言っていたが、繭ちゃんが「白ちゃんには白ちゃんに似合う服があるはずだよ」と提案し、白ちゃんも繭ちゃんの提案を受け入れた。

 そして、買い物を済ませたワタシたちは服屋さんの外に出た。


「ちょっと疲れたし、どこかでお茶とか飲む?花ちゃんのおごりで」

「繭ちゃんさん!?」


 まだワタシに払えと!?


「あー、ボク、プライバシーの侵害をされちゃったなー。心に傷を負っちゃったなー。示談で済んでるだけありがたいと思って欲しいなー」

「ついでに何か食べようか!?お姉さんなんでもおごっちゃうぞー」


 もはややけくそだった。

 …まさか、隠し撮りの代償がここまで大きいとは。

 いや、もはや割り切ってこの時間を楽しむしかない。そうだよ。今、ワタシ両手に花じゃん。両手に美少年(美少女)じゃん。この子たちとデートしてると思えばいいんだよ。

 …デートではなく、課金をしているような感覚にもなっていたが。

 課金は家賃までって、けっこうな額じゃない?


「…………」


 待てよ?

 繭ちゃんたちでレンタル彼女的なお商売を始めれば、いくらでも集客できるのでは?

 …いや、やっぱりダメだ。

 それはさすがに繭ちゃんに軽蔑される。


「ほら花ちゃん、早く行こうよ」


 考え事をしていたワタシの手を、繭ちゃんがとった。その表情にはいつもの笑顔が浮かんでいた。

 うん、やっぱりこの笑顔がいいよ。お金なんかでこの笑顔をなくしちゃいけないわ。

 そして、ワタシたちは近くの軽食もあるレストランに入った。繭ちゃん白ちゃんは、二人ともクリームたっぷりのパンケーキを食べていたのだが、繭ちゃんのほっぺについたクリームを白ちゃんがなめとるという眼福(がんぷく)な場面を目撃してしまった。

 …違う。ワタシは雪花さんとは違うんだ。

 と、辛うじて自分に言い聞かせた。


 その後、お店を出たワタシたちは少しだけ散歩をして帰ろうということになり、その辺をぶらつくことにした。


「…王都にも、神社があるんだね」


 ワタシは、ぼんやりと呟く。

 ワタシの目の前に、神社が現れたからだ。

 いや、不意に現れたわけではなく、この社はずっと昔からあったのだろう。ワタシが知らなかっただけで。


「多分…転生者が関わってるんだろうけど」


 それも、日本からの転生者だ。

 ぼんやりと、本当にぼんやりとワタシがその神社を眺めていると、繭ちゃんが鳥居をくぐって敷地内に入って行った。


「花ちゃん、せっかくだからさ、お参りしていこうよ」

「そうだね」


 繭ちゃんに誘われ、ワタシは了承した。当然、白ちゃんも異を唱えたりしない。

 三人でお社の方に向かったのだが、そこは、本当に日本の神社そのままだった。

 …さすがに玉砂利とかはなかったけれど、ここだけは、異世界であり、異世界ではなかった。

 いや、ソプラノの人たちからすれば、この場所が異世界のようなものだろうけれど。

 と、そこで、ワタシたちは出会った。


「あら…貴女は」

 

 先に声をかけてきたのは向こうだった。そこにいたのは、あのご年配の女性だ。

 雪花さんが漫画をやめると聞いてショックを受けていた、あのご婦人だ。


「あ、こん…にちは」


 思わぬ再開で、ワタシは驚く。


「こんにちは、最近よく会いますね」

「はい、そうですね…ええと、お散歩ですか?」


 上品に微笑む女性にぎこちなく返事を返したワタシは、そのまま世間話に突入した。


「ええ、そちらはショタ活ですか?」

「よくそんな語彙(ごい)の台詞が出てきましたね!?」


 ここ異世界だよね!?パパ活なんて言葉はないはずだよね!?

 雪花さんですら言ったことないよ、そんなスレスレな台詞!

 っていうか、繭ちゃん白ちゃんが男の子だってこの一瞬で見抜いたの!?

 侮れないな、ご年配の眼力…。


「いい場所でしょう、ここ。私もお気に入りの場所なのです」


 年配の女性は、そこで微笑んだ。


「そうですね…何かのご縁ですし、貴女のお名前を聞いてもよろしいかしら?」

「ワタシ、花子です…田島花子です」

「いいお名前ですね。私はセシリアといいます、よろしくね」

 

 年配の女性…セシリアさんは品のある笑みを浮かべていた。

 そして、繭ちゃんと白ちゃんも名乗った。


「ええと、セシリアさんも参拝ですか?」

「そうですね…それともう一つ」


 ワタシに返答したセシリアさんは、そう言いながら本殿の脇に向かった。

 …その足取りは、少し危うかった。

 最初に会った時は普通に歩いていた気がしたけれど、今日は少しふらついていたような気がした。

 だから、ワタシはセシリアさんの手を取って一緒に歩いた。


「あら、ありがとうね、花子さん…実は昨日、ちょっと転んでしまいましてね」

「え、大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、お医者さまも大したことはないっておっしゃってましたし。二、三日は安静にしてと言われましたけれど」

「安静なら出歩いちゃダメじゃないですか!?」


 見た目に反して無茶するな、この人!?


「でも、どうしても気になっちゃってね」


 ややお茶目な口調で言いながらセシリアさんが向かったのは、小さな祠だった。ただ、その祠は、開いていた。祠というのは、普通は閉じているものではないだろうか。


「そろそろのはずなのですけれどね」


 セシリアさんがそう言っていた途中で。

 …開いていた祠が、ひとりでに閉じた。


「あれ…え?」


 ワタシだけでなく、繭ちゃん白ちゃんも目を丸くしていた。

 風で閉じたというわけではない。誰かが触れたわけでもない。

 祠の扉は、勝手に閉じたのだ。それも、自分の意志で閉じたように見えた。


「初めて見たら驚きますよね」


 セシリアさんは茶目っ気のある笑みを浮かべていた。


「この祠の扉は、夕方になるとひとりでに閉じるのです」

「じゃあ…朝になったら勝手に開くの?」


 白ちゃんが無垢な声で問いかける。


「いえ、勝手には開きません。というか、誰にも開けることはできません」

「え、それ…じゃあ?」


 さらに疑問符を浮かべる白ちゃんに、セシリアさんが言った。


「私以外には、ですけれど」


 セシリアさんは、そこで遠くを眺めた。そして、続ける。


「私が、というか、私たちの血筋が持っている魔力のようなものに反応して、この祠の扉は開くのです。そして、この祠が開いている間、この祠は周囲の毒素や呪詛などを…まあ、悪いモノを吸い込んでくれると言われています。そして、閉じている間にそれらを浄化してくれるのです」

「毒や呪いを浄化…ですか」


 ほぼオウム返しに、ワタシは呟いた。

 ここが異世界でなければ信じられない話だけれど、ワタシは既にいくつもの奇跡を目にしている。 


「それが、私にしかできないことですから」


 なぜか、少しだけ寂しそうに、セシリアさんは笑った。

 その微笑みを見たからだろうか、ワタシは、この人に伝えなければいけない気になった。

 だから、言った。


「前は、雪花さんが漫画をやめることはないと言ってしまいましたけれど…雪花さん、このままだと漫画を描くの、本当にやめてしまうかもしれません」

「そう…なのですか?」


 セシリアさんの表情は、目に見えて陰った。


「今まで、雪花さんは「やめる」と言いながらも、泣きながら漫画を描いていたんです…でも、最近は漫画そのものから離れているようでして」


 ワタシがやめるのかどうか、と尋ねてもはっきりと口にはしなかった。「やめる」とも「続ける」とも。

 だからこそ、このままやめてしまうかもしれないと、ワタシは感じていた。


「そうなのですね…きっと、仕方のないことなのでしょうね」


 セシリアさんは、小さく微笑んでいた。

 少しも、楽しそうでは、なかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

部屋が足りないので、白ちゃんは繭ちゃんの部屋で繭ちゃんと一緒に寝ていますが、とりあえず大変なことにはなっていません。

大変なことが起こるとR18のタグとか付けなくてはいけなくなるので、これからも大変なことは起こりません。

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