8 プチ解答編 『Exactry…(そのとおりでございますねぇ)』
「あの、それで…あの女(?)の人が、晴れてたのに傘を差してお菓子屋さんに来ていた理由ってなんだったの?」
リリスちゃんは、催促をするようにワタシに問いかける。そのお目目はキラキラとしていて、お母さんに絵本をせがむ幼子のようでもあった。
「ああ…それはね」
と、言いかけたところで、思い直してワタシはタメを作る。
そして、叫んだ。
周りの人たちから、奇異の目で見られない範疇の声量で。
「じゃんじゃじゃーんッ、今明かされる衝撃の真実ゥ!」
軽く手を広げ、それっぽいポーズもとってみた。
さあ、解答編だ。
ちょっとだけ調子に乗って、よからぬことを始めようじゃないか。
「先ず考えないといけないのは、どうしてその女(?)の人が傘を差してあのお菓子屋さんに来ていたのか、というだよね。お空は晴れていたのに」
「う、うん…そうだよねぇ」
当たり前だよ、というリリスちゃんの面持ちだった。
けど、肝要なのはソコなんだ。
ソコこそが、軸になるんだ。
「本来なら、傘を差すのは雨の時だけだよね」
この異世界に日傘はない。
傘といえば、雨傘だけだ。
「そう…だよねぇ」
ワタシの言葉に、少し不服そうに相槌を打つリリスちゃん。
「傘といえば雨に濡れないための物だよね、リリスちゃん」
「…うん」
リリスちゃんは、もう相槌を打つのも面倒そうだ。
じゃあ、そろそろかな。
「けどね、雨を遮ることができるなら、他のモノも遮ることができるんだよ」
「他の…モノ?」
そこで、リリスちゃんの声はちょっと上向きになった。
そんなリリスちゃんに、ワタシは続ける。
「傘っていうのはね、上から降ってくるものを防いでくれるんだよ」
「だけど、上から降ってくる物をはじくっていっても…傘が防げるものなんて、高が知れてるんじゃないの?」
リリスちゃんは、無邪気に問いかけてきた。
少しだけ、その口角が上がっている。
「そうだね。傘は、あくまでも雨から身を守るためのものだよ。石なんて降ってくれば簡単に穴が開いちゃうから、防ぐことなんてできないよね」
「だったら…」
言いかけたリリスちゃんを、ワタシは遮った。
「けど、重さのないモノなら、傘は遮ってくれるんだよ」
「…重さのないモノ?」
「たとえば、光…とか」
「…光?」
日傘のない世界だからだろうか、リリスちゃんはピンときていないようだった。
そんなリリスちゃんに、ワタシは言った。
「たとえば、風…とか」
「そう…かな?」
「まあ、強い風なら飛ばされちゃうかもね、傘」
ワタシは、そこで軽く微笑んだ。
そして、次の言葉を口にした。
「たとえば、視線…とか」
「…視線?」
リリスちゃんは、小さく柳眉を揺らした。
「ほら、リリスちゃんだって、その人が傘を差していたから、男の人か女の人か分からなかったんだよね、顔が見えなくて」
「あ、そう…だね」
「つまり、傘っていうのは、雨だけじゃなくて人の視線も遮ってくれるんだ」
ワタシの声は、そこで少し低くなる。
その低い声のまま、続けた。
「そして、その傘の人も、そうした目的で傘を差していたんだよ」
「そうした目的って…人の視線から、自分を隠すってこと?」
リリスちゃんの言葉に頷いてから、ワタシは続きを口にした。
「じゃあ、次だね…なら、その傘の人は誰の視線を遮りたかったのかな?」
あえて、問いかけるように言った。リリスちゃんは何も言わなかったので、ワタシはそのまま次の言葉を口にした。
「視線っていっても、一絡げにはできないよね。ダレから向けられた視線かってことが、重要だからね」
ワタシは、あえて遠回りをするような言い回しをした。
ワタシの言葉に焦れたのか、リリスちゃんの方から問いかけてくる。
「それじゃあ…あの傘の人は、ダレからの視線を遮りたかったの?」
「あの人の視線…かな」
ワタシは、お菓子屋さんの上の階の上の階…三階のテラスで絵を描いている、あのご老人を指差した。
「傘の人はね、あのおじいさんの視線から自分を隠したかったんだ」
「どう…して?」
リリスちゃんは、くりくりお目目で聞いてきた。
「あのおじいさんは、お昼からずっとあの場所で絵を描いてるんだよね。基本的にはキャンバスしか見てないだろうけど、おじいさんがふとした時に視線を落とせば、姿を見られてしまうんだよ。傘の人が、傘を差さずに歩いていたら、おじいさんにその姿を見られてしまうんだよ」
「傘の人は…あのおじいさんに自分の姿を見られたら、困るってこと?」
「Exactry…(そのとおりでございますねぇ)」
あえて気障に言った。
「なら、どうして傘の人がおじいさんにその姿を見られたら困るのか、考えてみようか」
学校の先生のような口調で、ワタシは口にした。
「あのおじいさんは、ここのお菓子屋さんのオーナーなんだよね?」
ワタシは、リリスちゃんに確認を取る。
リリスちゃんは首を縦に振って答えた。
「そして、リリスちゃんは言ったよね。オーナーのおじいさんは、従業員さんたちのサボりには厳しかったって」
「…うん」
リリスちゃんの頬は、少しだけ紅潮している。
「なら、答えはソレだよ」
「…どれ?」
少しだけリンゴほっぺになったリリスちゃんが、疑問詞を浮かべる。
「あのお菓子屋さんの従業員のダレカさんが、オーナーのおじいさんにバレないように仕事中にお店を抜けるために、傘の人は傘を差したままあのお店に来ていたんだ」
「仕事中にお店から抜けるために、傘を差したまま、お店に来ていた?」
リリスちゃんは、オウム返しで問いかける。
「傘の人が仕事中だったなら、傘の人はお店の中にいたってことなんだよね?それなのに、傘の人が傘を差してお店に来たってことは…傘の人はお店の外にいたっていうことになるんじゃないの?」
リリスちゃんは、疑問点をまとめ上げる。
「傘の人は短時間で二回もお店に来ていたんだよね?」
ワタシは、あえて質問に質問で返した。
「うん、そうだったよ…私、見たから」
「そろそろ結論を言うよ」
骨子は出揃った。なら、あとはそれを組み上げるだけだ。
だから、ワタシは言った。
「一回目と二回目では違っていたんだよ…お店に来ていた、傘の人の中身が」
「傘の人の…中身が、違う?」
リリスちゃんは、口を開けたまま驚いていた。
「一度目に来ていた傘の人…こっちは傘Aさんとしようか。その傘Aさんはお店に入った後、その傘をお店の従業員のダレカさんに手渡したんだ。傘を受け取ったこっちの人は傘Bさんとしようか」
…自分で言っておいてなんだが、傘A,傘Bは少し語呂が悪いだろうか。
まあいいや、続けよう。
「そして、傘を受け取った傘Bさんは、仕事中だったにもかかわらず店を出た。けど、店を出てすぐに傘を差したから、その姿を見られることはなかったんだ」
「…誰に?」
「あのお菓子屋さんのオーナーである、あのおじいさんに、だね」
ワタシは、そこで視線をおじいさんに向けた。
おじいさんは、黙々とキャンパスに絵を描いていた。
「そして、オーナーに見られることなく店を出た傘Bさんは、用事を済ませてお店に戻ってきた…これが、リリスちゃんが見たっていう、傘の人の二回目の来店だね」
「うんうん」
「要するに、仕事中に、オーナーであるあのおじいさんに見つからないようにお店から抜け出るための工作だったんだ。そして、傘の人は二人いたってことだよ…これが、傘の人が雨でもないのに傘を差していた、その真相だよ」
ワタシは、そこで軽く息を吸い込んだ。
そんなワタシに、リリスちゃんがまた問いかける
「でも、どうしてそんなことをしたんだろ?オーナーにバレたら大変なはずなのに…」
「多分だけど…傘の人は、お見舞いに行こうとしたんじゃないかな」
「お見舞い?」
「ほら、あっちに病院が見えるでしょ?
ワタシは、遠くに見える真っ白な建物を指差した。
「あそこの病院って、お見舞いができるのがお昼の三時までなんだよ。だから、傘の人はこんな手の込んだことをしてまで、お仕事中にお店を抜け出したんだ…よっぽど大事な人があの病院に入院しているのかな」
「なるほど…すごいよ、花子お姉ちゃん」
リリスちゃんは、そこで手を叩いて喜んでいた。
そんなリリスちゃんに、ワタシは次の言葉を口にした。
「っていうことで…いいのかな、リリスちゃん」
「…え?」
リリスちゃんの表情に、驚きが浮かぶ。
そんなリリスちゃんに、ワタシは次の言葉を口にした。
「だって、あの絵を描いてるおじいさん…本当はあのお店のオーナーとかじゃないんでしょ?」
「え…」
リリスちゃんの表情に、さらに驚きが浮かぶ。
そんなリリスちゃんに、ワタシは次の言葉を口にした。できるだけ、軽い口調で。
「だって、本当は、傘の人なんていなかったんでしょ?」
「…………」
リリスちゃんは、口を閉じて沈黙を選んだ。
だから、ワタシが口を開いた。
「だってこれ、本当は、リリスちゃんが考えたお話なんでしょ?」
しばしの時間が経過してから、リリスちゃんは口を開いた。
「…バレてた、の?」
「面白いお話だと思うけど、やっぱりちょっと無理があったかな」
「えー…どのへんがー?」
リリスちゃんは、軽く唇を尖らせていた。
ワタシは、そんなリリスちゃんに言った。
「確かに、傘を差してたら顔は隠せるかもしれない。それで人の視線を遮ろうとしていたっていうアイデアも、いいかもしれない」
少しだけ間を置いてから、ワタシは、次の言葉を口にした。
「けどね、お店を出る瞬間はね、誰も傘なんて差してないんだよ」
さらに、ワタシは言った。
「その瞬間だけはね、はっきりとその顔が見えるはずなんだ」
つい先ほど、あのお菓子屋さんからお母さんと娘が出てくるところを、ワタシもリリスちゃんも目撃している。あの親子は、二人とも満面の笑みを浮かべていた。
「それなのに、この場所で傘の人を見ていたはずのリリスちゃんは、傘の人の顔を見ていないと言った…さすがにこれはおかしいよ」
「うー…そこかぁ」
リリスちゃんは、傘の人が作り話だったということを認めた。
「あとはまあ、三十分もリリスちゃんがずっとここにいてお店の方を見ていたっていうのも、おかしいとは思ってたよ」
「…あー、そっかぁ」
「でも、面白かったよ」
これは本当だ。
「でも、一つだけ分からないことがあるかな」
「え、なに?」
リリスちゃんは、嬉しそうに聞いてくる。
「リリスちゃんが、どうしてこんなことをしたのか、かな」
「ふっふっふ…それはねぇ」
リリスちゃんの言葉が、ワタシには意外だった。
これは、ただの遊びだと思っていた。大した理由などないと思っていた。
「私が探し物をしていたからです」
「…探し物を?」
確かに、最初、リリスちゃんは何かを探しているようではあった。
けど、それがこのクイズとどうつながる?
「私が、探偵助手だからです」
「探偵…助手?」
意外過ぎる言葉が、リリスちゃんの口から出てきた。
というか、探偵助手?
…ってことはいるの、探偵?この異世界に?
「そして、私が探していたのが、探偵だったからです」
「探偵を…探していた?」
聞いたことないぞ、探偵を探す探偵助手なんて。
「そう、そして見つかりました、貴女が私の探偵です…花子お姉ちゃん!」
「ワタシ、が…探偵?」
「よろしくね、花子お姉ちゃん…ううん、花子先生!」
リリスちゃんは、そこでワタシに抱き着いてきた。
こうして、ワタシはリリスちゃんから探偵の認定を受けることとなった。
そして、この妙な出会いを引き摺ったまま、ワタシはギルドに戻ってしまった。
…何の手土産も、買わずに。
そんなワタシを待っていたのは、『どこで油を売っていたんだ、コイツ…』というシャルカさんとサリーちゃんの冷ややかな視線だった。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
というわけで新キャラです。
リリスちゃんカワイイ、ヤッター!と思ってくださった方が少しでもいてくだされば、とても嬉しいです。




