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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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7 プチ出題編 『じっちゃんの名にかけて!ね』

「お使いー、終わったー。これから帰るよー、まだちょっと帰りづらいけどー」


 軽く小声で口ずさみながら、ワタシは街中を歩いていた。割りとゆっくりと。

 けっして、このお使いが、大事な書類にお茶をぶちまけてしまった気まずさから逃げるために行われたものではなかった、という説明はしておかなければならない。


「でもー、ギルドにはもう少し遠回りをして帰ろうー」


 今日もいい天気だしね、これぐらいはいいはずだよね。職員の精神の安定は職場の安定にもつながるからね、しょうがないね。


「ああ、そうだ…ケーキとか買って帰ろうかな」


 …そうすれば、シャルカさんとサリーちゃんの、あの『何回目だよ…』という冷ややかな視線も少しは通常モードに戻ってくれるかもしれないのだ。


「と…思ったんだけど」


 この辺りには、その手のお店が見つからなかった。なので、ぶらぶらとワタシは捜索範囲を広げる。

 そこで、ワタシの視界に一人の女の子が入った。


「ふぅーむ…見つからないですかねぇ」


 少女は、何かを探すように路地裏などを覗き込んでいた。


「何か探し物なの?」


 ワタシは、その少女に話しかけた。冒険者ギルドは人助けのための組織であり、ワタシはそこの職員だ。困っている人を見過ごすことは、できないのだ。

 けっして、人助けをしてギルドに戻る時間を遅らせようとか、そんな利己的なことは考えていなかったのだ。


「え、ええと…探し物といえば、探し物なのですが」


 少女は、振り返りワタシを見た。やや歯切れの悪い台詞とは違い、少女はやや短めのスカートにフード付きの上着といったアクティブな装いをしていた。


「あの…失礼ですが、お姉さんはどちら様ですか?」


 少女は、ワタシに問いかけてくる。年は繭ちゃんと同じか…いや、繭ちゃんよりも少し年下くらいの年齢に見えた。


「ワタシ?ワタシはね、泣く子も黙る看板娘だよ」

「看板娘…?」

「そ、冒険者ギルドのね」


 ワタシは、そこで軽く胸を張る。書類にお茶をぶちまけたことは、今だけは忘れることにした。


「看板娘…ギルドの」


 少女は、小声でその言葉を反芻(はんすう)していた。

 それから、右手を差し出してきた。


「私はリリスです。はじめましてですねぇ、お姉さん」

「ワタシは花子だよ。こちらこそはじめまして、だね」


 ワタシは、リリスちゃんの右手を握る。これで握手成立だ。

 あと、余談ではあるが、ワタシは『アリア・アプリコット』と名乗るのはやめている。あれは元々おばあちゃんの名前だし、そのおばあちゃんは伝説の『名もなき魔女』だったからだ。


 …いや、あらためて思うよ。

 ワタシの血筋けっこうすごいな。

 ワタシ自身はただの看板娘だけど。


「それで、リリスちゃんは何を探していたのかな?」


 お姉さんであるワタシは、リリスちゃんに訊ねた。こういう時はお姉さんがリードをするべきだ。


「それは…ですねぇ」


 と、そこでリリスちゃんはワタシの手を取って走りだした。


「え、ちょっと…どこ行くの?」


 ワタシ、早くギルドに戻らないといけないのになー。いやー、仕方ないなー。これも人助けだからねー。


「こっちこっち、そこの路地を抜けたところなんですよねぇ」


 リリスちゃんに手を引かれて路地を抜けると、その先は住宅が並ぶ通りだった…いや、いくつか商店もあるようだ。


「それで、ここが何なの?」


 ワタシはやや息切れしていたが、それはワタシが虚弱(きょじゃく)だからではない。健脚(けんきゃく)過ぎたのだ、この子が。

 …けっして、最近のワタシがふくよかになった、ということではないのだ。


「あそこのお店を見て、お姉さん」

「お店…って、あれ?」


 ワタシは、リリスちゃんが指差した方に視線を向ける。

 そこは、お菓子屋だった。外壁は見た目も清潔そうな緑色で、黄色い看板も華やかだった。ここまで匂うはずはないのだが、焼き菓子の甘い匂いが漂ってきそうだ。


「あのお店がどうしたの?」


 美味しそうなお店、という印象しかワタシは抱かなかった。

 そんなワタシにリリスちゃんは説明を始める。


「どうかしたのは、あのお店じゃなくてですねぇ…ええと」

「ええと?」

「あのお店にねぇ、傘を差したお客さんが入っていったんだよ」

「…それがどうかしたの?」


 ワタシとしては、それしか言えなかった。

 けど、リリスちゃんは真剣な表情で続ける。


「晴れてたんだよ」

「…晴れてたんだ」


 ワタシは、オウム返しに繰り返すことしかできなかった。この子の意図がまだ見えてこないからだ。


「お空は晴れてたのに、そのお客さんは傘を差したまま通りを歩いて、あのお店に行ったんだよ。おかしくない?」

「まあ…そうだね」


 呟きながら、ワタシは考えた。

 この異世界ソプラノには、転生者が持ち込んだと思われる文化や習慣がいくつか散見される。

 けれど、日傘はまだ見たことがない。

 それほど日差しが強い土地ではないからかもしれないが、少なくともこの王都では日傘を目にしたことはなかった。

 …にもかかわらず、そのお客は傘を差したままお店まで行ったのか。

 そこで、ワタシはリリスちゃんに問いかけた。


「それって、普通の傘だったよね?」

「…ん?そうだよ」


 リリスちゃんは『当たり前だよ?』という表情を浮かべていた。

 やはり、リリスちゃんも雨傘しか知らないようだ。

 そんなリリスちゃんに、ワタシは質問を重ねる。


「それじゃあ…その傘を差していたのは、どんな人だったの?」

「顔は見えなかったよ。傘で隠れてたから」

「そっかぁ」

「でもねぇ、あれは女の人だと思うよ。身長もそんなに高くなかったしねぇ」

「…雨でもないのに、傘を差してお店に来る女の人かぁ」


 この時、ワタシは忘れていた。

 この子が、何らかの探し物をしていたことを。

 ただ、このことは今は忘れたままで問題はなかった。

 そんなリリスちゃんが、続きを話し始める。

 少し、弾んだ声で。


「しかもね、二回も来るんだよ」

「…二回も?」


 それはどういうことだろうか?


「えとねぇ、一回お店に入った後、少ししたらお店から出てくるんだよ。で、その人はそのまま帰っていくんだけど…三十分くらいしたら、またお店に戻って来るんだよ」

「…二回目も傘を差したままで?」

「そ、傘を差したままで」

「雨でもないのに、傘を差したまま、一日に二回もお店にやってくる女(?)の人か」


 確かに、気になる存在ではある。

 そこで、リリスちゃんが声をかけてきた。


「あ、ねえねえ、見て」


 リリスちゃんは、お菓子屋さんの上を指差した。

 そこはお菓子屋さんの上階…三階だった。


「あの人ね、お昼からはずっとあそこで絵を描いてるんだよ」


 リリスちゃんが指を差した三階にはテラスがあり、そこには白髪でたっぷりと白い髭をたくわえた老人がいて、絵を描いていた。


「画家さん…なのかな」


 白髪の老人は、イーゼルで固定したキャンパスに絵を描いていた。ただ、こちらからはキャンパスの背面しか見えないので、あのご老人がどのような絵を描いていたのかは分からない。


「すごい集中力だよねぇ、私にはマネできないよ。お昼からずっとだよ」

 

 リリスちゃんは、溜め息交じりに感心していた。


「ふぅーむ…そっかぁ」


 ワタシは、呟きながら周囲を見渡した。

 ここからではお菓子屋さんの商品は見えないが、多分、クッキーや焼き菓子がメインのようだ。ケーキもあるかもしれない。

 お店の前には椅子が並べられていたので、店内が満席の時は、お客さんたちはそこで座って待つことができるようだ。となると、あのお店は店内で食べることもできるのだろう。どちらかというと、持ち帰りよりもそちらがメインかもしれない。


 そして、道路を挟んだ向かいは郵便局になっていた。

 こちらにも、ちらほらとお客は入っている。みんな、小包や手紙を手に持っていた。

 お菓子屋さんの両隣は普通の家屋だったようで、それほど目立った特色はない。

 お菓子屋の二階、三階も普通に住居として使われているようだ。

 つまり、あのお菓子屋や周囲には特に変わったところはない、ということだ。

 少し遠くに小学校や病院がある、くらいだろうか。

 そういえば、あの病院はおじいちゃんが入院していた病院だ。先生や看護師さんたちはみんないい人たちだったんだけど、お見舞いの時間が三時までだったんだよね。

 時間が来たから帰ろうとするワタシと、それに待ったをかけるおじいちゃんと、そのおじいちゃんに待ったをかける看護師さんという妙な図式が成立してしまっていた。


 …ちょっとズレたね。修正しよう。

 要するに、周囲にはそれほどおかしな場所はない、ということだ。


 だとすればやはり、傘を差したまま来店するその女性自身に何らかの秘密がある、ということか?

 しかも、晴れの日にもかかわらず。

 しかも、短い時間に二度も来店して。


「リリスちゃん…その傘の人って、何回くらい見たの?」


 ワタシは、隣にいる少女に問いかけた。


「うーん、三日前くらいから毎日、見てるんだよね…そして、三日とも二回ずつ来てたから、合計で六回かな」

「三日連続で三日とも、二回ずつの来店…か」


 そこで、もう一つ質問をした。


「じゃあ、その人を見た時間は?」

「お昼過ぎ…大体、二時すぎくらいかな」


 リリスちゃんは、ワタシの問いかけにつらつらと答える。

 

「あとは…そうだね」


 と、独り言のようにワタシが呟いたところで、あのお菓子屋からお客さんが出てきた。一人は母親らしき女性で、もう一人は小さな女の子だ。二人とも満面の笑顔だった。その笑顔が物語っている。あそこのお店がどれだけ美味しいお菓子を提供しているか、が。


「リリスちゃんがその傘のお客さんを見たっていうのは…どこ?」

「この場所だよ」

「そっかぁ」

「あ…そうだ」


 そこで、リリスちゃんは小さく手を叩いた。

 そして、話を続ける。


「あのね、あの三階で絵を描いてるおじいさんはねぇ。あのお菓子屋さんのオーナーなんだって」

「へー…そうなんだ」


 意外というか、なんというか。

 リリスちゃんは、さらに話を続けた。


「うん、それでねぇ、すっごく厳しいらしいよ。従業員さんたちに。途中でサボったりするのとか、絶対に許さないみたい」

「なるほど…途中でサボったりできないんだ」

「そうなんだよ」


 リリスちゃんは、なぜか誇らしげに口にした。

 そんなリリスちゃんに、ワタシは言った。


「分かったよ」

「え…?」

「分かったよ。どうして、その女(?)の人が傘を差したまま来店していたのか。しかも、一日に二回も」

「え…本当に!?」


 リリスちゃんの声には、喜色が混じっていた。

 そんなリリスちゃんに、ワタシは言った。


「本当だよ…おじいちゃんの名にかけて!ね」


 …いや、ノリで言っちゃったけど。

 ワタシのおじいちゃん、けっこうなビッグネームなんだよね。

 ま、まあ、迷惑はかからないから大丈夫かなー?

 それに、おじいちゃんワタシには甘いしね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

次の話はなんとか明日中に投稿したいと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします。

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