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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case2 『月ヶ瀬、漫画やめるってよ』

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5 『ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられるのですわ!』

「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられるのですわ!」


 静謐(せいひつ)な空気が漂う図書館の中、アクの強いお嬢さま言葉で自身を奮い立たせていたのは、フィーネさんだ。

 カッコいい台詞を口にしてはいるが、やっていることはただの原稿描きなんだよなぁ。しかもBL…ボーイズラブ漫画の。

 今も、フィーネさんはイケメンとイケオジがいい雰囲気になっているページに筆を走らせている。

 この人も、少し前までは普通のお嬢さまだったはずなのに。


 …いや、あらためて思うよ。

 かなり重いよ、雪花さんの原罪は。

 転生者だからって異世界にBL漫画なんて持ち込むなよ。

 この純朴(じゅんぼく)な世界に何してくれてんだよ。


「…………」


 けれど、今その片棒を担がされて(手伝わされて)いるのが、ワタシこと田島花子なのだが。

 そんなワタシが、フィーネさんに声をかける。


「あの…フィーネさん」

「原稿中は『熱血ヤキイモ大辞典』とお呼びなさい」


 嫌ですよ、面倒くさい。

 …と、言いたかったが言えなかった。

 なので、素直に従った。


「ね…『熱血ヤキイモ大辞典』先生」

「なんですか、花子同士」

「ワタシ、同士、違う…腐女子、違う」


 腐女子の同士ということは、雪花さんの同類ということだ。なので、同士と呼ばれるのは不本意でしかない。だって、この王都ではかなり評判悪いんだよな、腐女子って。

 …大体は雪花さんの所為なんだけど。


「私の原稿を手伝っている間は、私の同士です。それともお手伝いをやめますか?」

「う…それは」


 できないのだ。

 フィーネさんの原稿を手伝えば、アシスタント代を出すとフィーネさんは約束をしてくれた。しかも、アシスタント代はけっこう弾んでくれそうなのだ。

 今のワタシには、お金が必要だった。

 …繭ちゃんの隠し撮りプロマイドをサリーちゃんに売りさばいていたことが、繭ちゃんにバレてしまったからだ。


 当然、ワタシとサリーちゃん二人して繭ちゃんからお説教だ。繭ちゃんガチ勢(悪い意味で)のサリーちゃんからすればご褒美だったけれど、ワタシとしてはただただバツが悪かっただけだ。真顔のトーンで弟に叱られているようで。


 そして、その隠し撮りの罰として、白ちゃんの服を買い揃えなければならなくなった。ワタシが、自腹で。

 着の身着のままでこの世界に『漂流』してきた白ちゃんは色々な物が足りていない。その中でも、衣類は真っ先にそろえなければいけないものだった。

 そんな白ちゃんは、繭ちゃんとお揃いの服が着たいと言い出した。つまりは、女の子の服だ。それ自体はかまわないのだけれど。


「高いんだよなぁ…女の子の服の方が」


 しかも、繭ちゃんあれでブランド志向とか高いから、そこそこいいお値段の服を普段から着てるんだよ。それを一式そろえるとなると、出費としても相当な痛手だ。ワタシのにんにく貯金が一気にピンチになった。


 なので、その衣装の出費を補填(ほてん)するためのアルバイトだ。というわけで、フィーネさんの漫画のお手伝いだ。

 けど、この人はお嬢さまだし、ちゃんとアシスタントをやればお賃金はちゃんと出してくれるはずだ。

 …雪花さんのように踏み倒そうとは、しないはずだ。


 あの人、ワタシのことをこき使うくせに一回も約束の期限内にアシスタント代を払ったことがないんだよなぁ。しかも「体で払うでござる」とか言い出して、徹夜で働かせた後に乳を揉ませるだけでアシスタント代チャラにしようとするし…一回だけ好きに揉みしだいてやったことはあったけれど。


 …なんなんだろうな、あの乳。ボリュームが暴力だということを、ワタシはあの時に知った。

 あの規格外の胸部装甲がワタシにもあれば、このソプラノすら手中に収めることができるかもしれない…と、思考が横道にそれまくっていた。


「あの、フィーネさ…ん」


 と言ったところで、フィーネさんに睨まれた。なので、言い直す。雪花さんとは別のベクトルで面倒くさいな、この人も。


「あの、『熱血ヤキイモ大辞典』先生…原稿を描くのはいいんですけど、どうして図書館なんですか」


 さっきからずっと視線が痛いのだ。小さい子供からの「あれなあに?」という無垢な視線が。

 その保護者たるお母さんたちからの「見ちゃいけません」的なトゲトゲしい視線が。


「簡単なことです。こんな漫画を家で描けるわけがありません。家族に見られでもしたら死にます。私の心が」

「…そうですね」


 驚くほど納得のいく理由だった。

 さすがのこの人でも、BL漫画をご家族に見られるのは耐えられないのか。まあ、雪花さんも基本的には家族には見せられなかったみたいだしね、自分の描いた漫画は。

 …どうして、彼女たちはそんなモノを描くのだろうか。

 そして、この王都でもBL漫画は市民権を得ていない。ただ、それは雪花さんを含めた腐女子さんたち全員の自業自得だけれど。


 …だって、描いていいわけないだろ、この国の王子さまたちをモデルにしたBL漫画とか。

 しかも実名だったんだよ、王子さまたちは。

 さらには、その本が腐女子さんたちの間では解釈違いだとかで、その後に大騒動が…いや、もうその件を掘り下げるのは止めよう。不毛なだけだ。


「というか、また今度、即売会のイベントでもあるんですか?雪花さんは描いてませんでしたけど」

「ええと、これは...ですね」


そこで、フィーネさんは一度、口を閉ざした。

けど、再び口を開く。少しだけ重い、感じで。


「今度、王都に漫画を専門に出版する会社ができるのですよ」

「正気の沙汰がへそで茶を沸かしますね!?」


 誰だよ、これだけ公序良俗に反しまくってるBL漫画を出版しようとしてるのは!


「ああ、即売会で売っているような過激な本ではありませんよ。ちゃんと、子供が読んでも問題のない内容になっているはずです」

「なるほど…そりゃそうですよね」


 と、そこでワタシは目の前の原稿に視線を落とした。

 半裸のイケメンとほぼ全裸のイケオジが手を取り合って見つめ合っていた。

 …ちゃんと?子供が読んでも問題のない内容?


 そこで、ワタシは思い出していた。一度だけ行った、あの同人誌の即売会なる場所のことを。

 あれは、一言で形容できるものではなかった。

 腐女子さんたちの怨念というか執念というか…そういった負の感情がごった煮になった本で会場は溢れかえっていた。とてもではないが、あれらの本はアンダーグラウンドから出していいものではない。ちゃんと坩堝(るつぼ)に埋めたままにしておかなくてはならない。

 …と、そんなことをワタシが考え込んでいたところに、声がかけられた。正確には、ワタシにではなくフィーネさんに、だったけれど。


「あれ、『熱血ヤキイモ大辞典』先生ではありませんか。こんなところで何をされているので…なるほど、原稿ですか」


 声をかけてきたのは、二十代の半ば…くらいの男性だった。


「はい。こちらの方が集中できますので」


 フィーネさんはそう言っていたが、ワタシは無理だぞ。公共の場である図書館でBL漫画を描くとか。

 さっきから小さな子供がチラチラ覗き込んできているから、こっちは気が気でないのだ。


「なるほど、うちも『熱血ヤキイモ大辞典』先生には大いに期待しておりますので、頑張ってくださいね」


 この男の人、よく笑わずに『熱血ヤキイモ大辞典』とか口にできるなぁ。雪花さん含めてペンネームのセンスが死んでるんだよね、BL漫画を描いてる腐女子さんたちって。

 …というかこの男の人は、もしかして。


「花子さん、こちらがさきほどお話していた出版社の編集さんですわ」

「あ、ええと…初めまして」


 とりあえず、ワタシは編集さんに挨拶をした。初めて会う職種の人だからだろうか、無駄に緊張してしまった。


「初めまして、私はガサイといいます。今度、新しくできる漫画専門の出版社…『オレンジ』の編集をしている者です」


 編集さん…ガサイさんははきはきした口調で自己紹介をしていた。中々フレッシュな感じだったので、漫画の編集という、この異世界における新しい仕事にやり甲斐を感じているだろうということは、容易に想像ができた。


「もしかして、花子さんも漫画を描かれるのですか?」


 ガサイさんはベタ塗りをしていたワタシに興味を示したようで、顔を近づけて問いかけてきた。


「え、あ…ワタシは描かないですよ、雪花さんたちの手伝いをちょっとやったことがある程度です」

「雪花さんというのは…あの『ぬるぬるイワシ兵士長』先生ですね!?」


 ガサイさんは、今度は雪花さんに興味を示した。

 …というかいるんだ、あの雪花さんに興味を示す人とか。


「いいですよね、彼女の漫画は…なんといってもリアリティがあって、それでいて」


 と、ガサイさんは延々と雪花さんの漫画を褒め始めた。漫画の神さまか誰かと勘違いしているのではないかと思うほど、それはそれは熱心に雪花さんの漫画についてのプレゼンをしてくれた。

 …けど、雪花さんの漫画そんなに褒めるとこある?

 あの人の漫画、全体の二割くらいしかないんだよ、ちゃんと服を着てるページが。


「私としては、是非とも…彼女の漫画を我が社で出版したいところだったのですが」


 そこで、ガサイ氏のテンションが停滞した。


「あー、もしかして雪花さんがその出版を断っちゃったんですか?」


 男の裸が描けないならやらない、ということだろうか。

 大御所気取りか?


「え、いえ…『ぬるぬるイワシ兵士長』先生も、漫画のネーム…まあ、漫画の見本のようなものですね。それを描いて、会社の方に送ってくれていたのです」


 雪花さんも、その出版社…『オレンジ』といったか、そこにネームを出していたのか?


「ですが、選ばれなかったのです…『ぬるぬるイワシ兵士長』先生の漫画は」


 俯き加減でガサイさんはそう言った。本当に、申し訳なさそうに。


「あー…駄目だったんですか」


 残念だけれど、しょうがない時というものは、しょうがないものなのだろう。

 ワタシとしてはそう納得していたが、ガサイさんはそこで、少し妙な言葉を口にした。


「はい、私としてもとても残念なことなのですが、今回は縁がなかったそうです…ただ、私たちは誰も見ていないんですよね」

「誰も見てない…んですか?」


 なのに、雪花さんの漫画は選ばれなかったのか?

 

「ああ、いえ…うちの社長は読みましたよ」


 慌てて、ガサイさんは訂正をした。そして、続ける。


「その社長が言ったんです。『ぬるぬるイワシ兵士長』先生の漫画は本にはできない、と」

「ああ、そういうこと…ですか」

 

 社長の鶴の一声で、雪花さんは漫画のコンテストに落選した、ということか。

 それで、最近の雪花さんは様子がおかしかったのか。

 

「…………」


 それで、最近の雪花さんは様子がおかしかったのか?

 らしいような?

 らしくないような?

 妙なもやもやが、ワタシの中で広がった。

余談でしかないのですが、フィーネの漫画は家族に読まれています。しかも、イケてるオジさまがユニコーンに恋をするという常人には理解のできない内容だったので、ご両親は頭を抱えることしかできませんでした。

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