表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/267

エピローグ 『とどかないこえを、とどけて』

「…どうしたんですか、アルテナさま」


 今日は、久方ぶりに魔法の鏡を通してアルテナさまと交信を行っていた。

 こうしてアルテナさまと話をするのは…ワタシが『念話』でアルテナさまと話して以来だった。

 ワタシとしてはその時に『念話』を失っているのだから、センチメンタルにもなろうというものだ。

 …けれど、この女神さまはワタシそっちのけで気落ちしていた。

 どーいう神経してんの?


『…です』

「え…なんですか、アルテナさま?」


 ろくに声も出せないほど、アルテナさまは意気消沈(しょうちん)していた。

 …もしかすると、よほどのことがあったのかもしれない。


『ふるさと納税の返礼品が…なんか、思っていた感じと違っていたんです』

「ちゃんと納税しててエライデスネ!というか、なんで女神さまが納税してんだよ!てか、どこに納税したの!?あと、返礼品にガッカリするの普通に失礼ですからね!返礼品の説明はちゃんとあったでしょ!?また炎上しますよ!」


 久しぶりだったけれど、妙につらつらとツッコミが出た。

 …こっちは、そんな気分ではないというのに。


「ええと、こっちの世界…ソプラノからそっちに送られていた星の一族の転生者たちがどうなったか、教えて欲しいんですけど」


 この女神さまに合わせていたら日が暮れるので、ワタシの方から要件を切り出した。

 

『復讐者と名乗っていた彼らですね』

「…はい」


 転生を行えるのは、アルテナさまだけではない。

 というか、転生は元々は星の一族の秘技だったそうだ。

 その転生を行い、復讐者たちは、ソプラノから向こうの世界…日本などに一族の者たちを転生させ、そこで繭ちゃんのような若者たちの命を、奪っていた。

 

 若くして命を落とした彼ら彼女らには、当然、未練がある。心残りが、山のようにある。

 アルテナさまは、そんな若者たちをソプラノに転生させてくれていた。

 ユニークスキルという祝福を与えて。

 

 けれど、それが、復讐者たちの描いた青写真だった。

 地球からこのソプラノに転生してきた転生者から、ユニークスキルを奪うために画策されたものだった。


『地球に転生していた星の一族は、一網打尽にすることができました。花子さんが『念話』で教えてくださったお陰ですね』

「…それを聞いて、安心しました」


 ワタシが、『念話』を失ってまで伝えた甲斐もあったというものだ。世界を越えた相手に『念話』を行えば、『念話』は失われる。


『実はあの人たち、近日中に大規模な計画を実行しようとしていたんですよ』

「…大規模な、計画?」


 そんなこと、あの頭首の男…ガガロは話していなかったが。


『もし、その計画が実行に移されていたら…被害者がどれだけの数になっていたか、分かりません』


 アルテナさまの声音は低く、それが事態の深刻さを物語っていた。


『何度も言いますけれど、花子さんが『念話』で報せてくれたお陰で、たくさんの人の命が救われたのですよ』

「それは…よかったです」


 本当によかった。

 …これで、後顧(こうこ)の憂いはなくなった。


「それと、こっちの…ソプラノの復讐者たちも、全て捕まりました」


 復讐者などと名乗っていたが、連中は大昔の悲劇を大義名分にしていただけにすぎない。

 本気で、過去の一族の復讐など、考えてはいなかった。ただ自分たちの力を振るいたかっただけだ。

 だからだろう、ガガロを捕らえた後、そこから芋づる式に他の復讐者たちを捕まえることができた。


『でしたら、これで事件は解決ですね。お疲れ様でした、花子さん』


 アルテナさまは、やさしい声で言った。そう言って、くれた。

 だから、次はワタシが言った。

 

「じゃあ、次はワタシのお願いを聞いてくれますか?」

『お願いですか…?ワタクシの知的所有権はあげられませんよ』

「…なんでそんなモノを持ってるんですか」


 そんなアルテナさまに、ワタシは『お願い』をした。


「ワタシの命を、消してくれますか」

「…………」


 アルテナさまは、口を閉ざした。

 二人だけの空間に、亀裂が走る。

 …初めてだな。

 アルテナさまといて、こんな張りつめた空気になったのは。

 この人、いつも愉快だったからなぁ。


『理由をお聞かせ願えますか』


 たっぷりと時間をかけてから、アルテナさまは事務的に問いかけた。

 いや、実際には時間など経っていなかったのかもしれない。

 ワタシが、そう感じただけかもしれない。

 そして、ワタシも時間をかけて答えた。


「…ワタシがソプラノにいたら、邪神が復活するんです」


 理由なんて、これしかない。


『邪神…ですか』


 口を閉ざしたアルテナさまの代わりに、ワタシが言葉を紡いだ。


「アルテナさまも知っていますよね。あの邪神が復活するんですよ…ワタシが、この世界にいると」


 邪神の亡骸が、亡骸ではなくなってしまう。

 血肉を持った邪神として、復活してしまう。

 ワタシの中に、邪神の魂が宿っているからだ。

 本物の魂ではないかもしれないが、それでもあの時、邪神は力を取り戻した。一時的に、とはいえ。


「だから、ワタシの命を消してください」


 ワタシの声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


「…その後で、みんなからワタシの記憶を、消してください」


 もう一つ、『お願い』をした。

 ここは、ほんの少しだけ、ワタシの声は震えていた。


「アルテナさまなら、可能ですよね」


 きっと、この女神さまなら、それができる。


『できますよ』


 素っ気なく、女神さまは言った。

 …無茶を頼んだのはワタシだが、軽く返答されたことに、少しだけ苛立ってしまった。


「じゃあ…」

『では、もう一度、言っていただけますか』


 ワタシの言葉を遮り、アルテナさまが言った。

 また、苛立ちが募った。

 ワタシだって、冗談でこんなことを口にしているわけでは、ないんだ。


「だから…ワタシの!」

『もう一度、言っていただけますか』


 苛立ちが、最大になった。


「ワタシ…のぉ!」

『もう一度、言っていただけますか。この方にも、ハッキリと聞こえるように』


 女神さまは、今、何を言った?

 

「え…聞こえるように?」


 そこに、誰かいるの?

 ワタシは、口を開いたまま固まっていた。

 こんな事態は、想定していなかった。

 そこに、聞こえてきた。

 姿は見えないけれど、聞こえてきた。


「久しぶりだね、花子ちゃん」

「…………」

「元気にしてたかい?」


 その声は、丸みを帯びていた。

 年季を重ねた声だったけれど張りがあり、ワタシの胸にすっと入って来る。

 そして、ワタシが絶対に忘れない、『声』。


「おばあ…ちゃん?」


 ありえない。

 ありえない。ありえない。ありえない。


「そうだよ、花子ちゃんのおばあちゃんだよ」


 ありえないけれど。

 この声を、ワタシが聞き間違えるはずがない。


「なん…で?」


 脳の処理が追い付かなかった。

 鼓動が早鐘を打つ。脈が、乱れる。


「どうし、て…そこにいるの?」


 うそだ。うそだ。うそだ。

 けれど、うそでは、ない。


「…まさか、おばあちゃん」


 そこで、ようやく、一つの可能性に思い至る。

 おばあちゃんだけが扱える、裏技の可能性に。


「そう、『念話』だよ。世界を超えてお話しするのは、一回しかできないけどね」


 おばあちゃんは、微笑んでいた。

 姿は見えない、けれど。

 その姿は見えないけれど、その声が教えてくれる。おばあちゃんが、どんな顔を浮かべているか。

 だから、おばあちゃんのあのやさしい笑顔が、(まぶた)の裏にありありと浮かんでくる。


「おばあ…ちゃん?おばあちゃん」


 言葉が出てこない。

 もっとお話ししたい。

 たくさん話したいことがあるのに。


「大変だったね、花子ちゃん」

「たいへん…だったよ」


 何が大変だったのか、言えなかった。

 言葉が、まともに出てこない。

 今、ワタシは幼子の頃の花子に戻っていた。

 いつも、おばあちゃんの膝の上にのっていた頃の、はなこだ。


「でも、でもね…ワタシがここで生きてたらね、また邪神が復活しちゃうんだ!ワタシの中に、邪神の魂があるんだ!」


 だから、邪神が復活しかけた。

 復活したら、みんなが傷ついちゃうんだ。

 ダレカが、死ぬかもしれないんだ。

 …それが、ワタシの家族かも、しれないんだ。

 だから、ワタシがいなくならないと、いけないんだ。


「ごめんね…おばあちゃんのせいだね」

「ちが…ちがうよ、おばあちゃんのせいなんかじゃないよ!おばあちゃんはみんなの世界を守ったんだよ!」


 邪神の魂を抱えて、世界を超えて、みんなを守った。

 自分の命と、引き換えに。

この世界には、大切な人も、いたはずなのに。


「でも、おばあちゃんの孫だから…花子ちゃんにも、私の中の邪神の魂の一部が、受け継がれちゃったんだね」


 こんなに悲しそうなおばあちゃんの声は、聞いたことがなかった。

 …痛みで、胸が、張り裂けそうだった。


「そんなことない…おばあちゃんは悪くなんてない!」

「おばあちゃんを、許してくれるかい?」

「許すも何も…おばあちゃんは最初から悪くないんだよ!」


 叫べ。叫べ。

 おばあちゃんに、声を届けろ。


「花子ちゃんは…やさしい子だね。こっちにいた頃と同じだね」

「…ワタシ、そんなにやさしくなんてないよ」


 さっき、ワタシは、ワタシの命を消そうとした。

 …胸が、痛んだ。


「花子ちゃん…もし、何かあった時は、おじいちゃんを頼ってね」


 おばあちゃんは、そう言った。


「おじい…ちゃん」


 ワタシは、あの老紳士を思い浮かべる。


「おばあちゃんもね、『名もなき魔女』なんて呼ばれていたけど…結局は、おじいちゃんにたくさん助けてもらっただけなんだよ」


 そう、ワタシのおばあちゃんは、『名もなき魔女』だ…アリア・アプリコットだ。

 そうとは知らずに、ワタシは…というか、昔、ワタシは聞いていたんだ。

 おばあちゃんから、この異世界…ソプラノのことを。

 そのことを忘れていたワタシは、この異世界で自分のことをアリア・アプリコットと名乗っていた。

 …忘れてしまっていたけれど、この名前が、すごく気に入っていたから。


「…ワタシもね、おじいちゃんに助けてもらったよ」


 ワタシたちのために、命を懸けて戦ってくれた、あの、やさしいおじいちゃん。

 ワタシがアリア・アプリコットの孫だということは、祖父は、アンダルシア・ドラグーンだということになる。必然的に。


「ちょっと、今は怪我をして入院しちゃってるけど」


 命に別状がなかったのが、奇跡だった。


「毎日、お見舞いにも行ってるよ」

「おじいちゃんは喜んでくれてるかい?」

「うん…喜びすぎて、絶対安静のはずなのにワタシと散歩しようとするし、ワタシになんでも買ってくれようとしてる」

「…目に浮かぶよ。孫相手に浮かれてるあの人の姿が」


 そこで、二人して笑った。

 おばあちゃんと、ワタシで。

 本当は、失われたはずの時間。

 もう聞けなかったはずの、声。

 それが、ちゃんとここにあった。


「だからね、花子ちゃんは、これからもたくさん助けてもらえばいいんだよ」

「おばあ…ちゃん」

「きっと、やさしい花子ちゃんの周りには、やさしい人がたくさん集まるよ。『名もなき魔女』の言葉を信じなさい」


 おばあちゃんは、茶目っ気たっぷりに言った。


「おば…あちゃん」


 ひしひしと、感じていた。

 …お別れの時間が来る、と。

 

「おばあちゃん、あの…ね」


 慎吾っていう男の子と出会ったんだよ。

 その子ね、すっごく美味しい野菜を作ってくれるんだよ。すごいよね。

 言いたくても、言葉にならなかった。


「あの、ぇ…せ、かさんて、ひ」


 雪花さんはね、ワタシのお姉ちゃん、なんだよ。

 だらしなくて無茶苦茶だけど、一緒にいるととっても楽しいんだよ。

 伝えたかった。伝えられなかった。

 言葉が、どんどん言葉でなくなっていく。


「ま、ゆちゃ…て、子と、ね」


 繭ちゃんはね、男の子だけど、ワタシよりかわいい服が似合うんだよ。

 ちょっとずるいよね。

 笑いながら、自慢気にそう教えてあげたかった。


 この世界に来てからワタシが見たこと、聞いたこと、そのすべてを。

 …おばあちゃんにも、知って欲しかった。


 この世界に来られてよかったよ。そう伝えたかった。

 …おばあちゃんに、聞いて欲しかった。


 だけど、言葉が出てこない。

 伝え、られない。何一つ。


「花子ちゃん…そろそろ、時間切れみたいだよ」

「おあ…ゃん」


 もう、「おばあちゃん」とも呼べなかった。

 …もうちょっと、もうちょっと待ってよ。

 もうちょっと、おばあちゃんの声を聞かせてよ。

 世界で一番、大好きなおばあちゃんなんだよ!


「おばあちゃんは、花子ちゃんと話せて…花子ちゃんが私の孫でいてくれて、幸せだよ」

「おばあちゃん…」


 声を、振り絞れ。

 最後に伝えろ。

 世界で一番、大好きなおばあちゃんなんだろ!


「花子も…おばあちゃんが大好きです!」


 もう一声!


「おばあちゃんの孫で、幸せです…今、ありえないくらい楽しいんです!」


 届いた。

 一番、届けたかった、言葉。

 二度と届けられないと思っていた、言葉。

 それを、声に乗せて届けられた。


「おばあちゃんもね、花子ちゃんのおばあちゃんでいられて、幸せなんだよ」

「おばあ…ちゃん」


おばあちゃんの声が、遠くなる。

ワタシの声も、小さくなる。

終わりが、近づく。

いやだけど。

終わりたくなんてないけど。

最後まで、しっかり届けろ!


「これで最後…みたいだね。ばいばい、花子ちゃん」

「おばあちゃん…ばいばい!」


 言えた。

 最後は、ちゃんと言えた。

 失くしたはずの「さよなら」を、ちゃんと伝えられた。

 そこで、『念話』が閉じたことを、感じた。


「…………」


 気づかなかったけれど、ワタシは泣いていた。

ただただ泣いているだけの、ワタシがいた。

 それを見ている女神さまが、いた。


『受け取ってください…花子さん』


 アルテナさまは、両手で何かをすくうような仕草をしていた。

 その両手が、光っていた。


「受け…とる?」


 その光が、鏡を超えて。世界を超えて。

 ワタシの胸に、入ってきた。


「え…え?」


 その感覚に戸惑う。

それは、知らないはずなのに、知っている感覚だった。


『『念話』ですよ、それは』

「『念話』…ですか」


 やっぱり、そうだった。

初めてアルテナさまから『念話』を授かった時と、同じ感覚だった。


『花子さんのおばあさまに頼まれていたんですよ。自分の『念話』を、花子さんに届けて欲しいと』


 アルテナさまはやさしい声で話す。


『星の一族は、自身のスキルを譲渡することもできるのですよ』

「そういえば…そんな話を、聞いたような」


 けど、でも。

これは想定外だった。


『勿論、本来の『念話』そのままではありません。その『念話』では、世界を超えてお話しすることは、もうできません』


アルテナさまが教えてくれた事実に、胸が傷んだ。

この『念話』では、世界は越えられないのか。


『それでも、『念話』ですよ。花子さんのおばあさまが、貴女に託した、ご自分の宝物です』


 アルテナさまの声は、やわらかかった。

 今までで、一番。

ワタシの涙は、止まらなかった。


「ワタシ…みんなと、生きる」


 だから、誓った。


「この世界で、たくさん…たくさん生きるぅ」


 涙で、声にならなかった声。

 その声で、誓った。

 新しい世界で出会った、大好きな、新しい家族に。

 遠い遠い世界にいる、大好きなおばあちゃんに。

 ワタシはここで、生きているよ、と。

(了)

最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

こちらでこのエピソードは閉幕となりますが…また別のエピソードで続きを書きたいと考えております。

いつになるかは分かりませんが、できるだけ早く再開したいです。

もし、「この話が面白かった」、「次の話も読みたい」等の感想がございましたら、ブックマークや評価をよろしくお願いします。

次の話のモチベーションになりますので!次も、気合を入れて書かせていただきますので!

なにとぞ、よろしくお願いいたします。

それでは…最後まで読んでいただき、本当に、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 念話戻ったんですね! お、おばあちゃんんんっ。゜(゜´Д`゜)゜。 つら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ