33 『解答編ex1』
「つまり、繭ちゃんをその手にかけたのは…地下室で掃除をしていた、夏木くんです」
繭ちゃんの死の真相を、ワタシは語り終えた。
それは、カーテンコールなど、あるはずもないストーリーテリング。
「…………」
場の全員が、口を閉ざしていた。その沈黙は、黙祷に相当するものだったのかもしれない。
「ありがとうね…花ちゃん」
少しの沈黙の後、繭ちゃんがワタシに微笑みかけてくれた。アイドルとしてのスマイルとは違った、自然体の繭ちゃんが奏でる微笑みだった。
「けど…繭ちゃん」
ワタシのしたことは、繭ちゃんの古い瘡蓋の上から、新たな傷を作っただけの行為でしかなかった。
「謝るのはナシだよ、花ちゃん」
ワタシの台詞を、繭ちゃんは先回りした。かわいらしく、両手の人差し指でバツ印を作りながら。
「花ちゃんが教えてくれなかったら、ボク、あの三人全員をずっと疑ってないといけなかったんだよ?ずっと、その気持ちを抱えて生きていかないといけなかったんだよ?花ちゃんは、その負担を減らしてくれたんだよ」
「繭ちゃん…」
この場の誰よりも、心の負担を負っているのは、この子だ。それなのに、この子はワタシを気遣う言葉を口にしていた。そんな繭ちゃんは、雪花さんに視線を向ける。
「だから、雪花お姉ちゃんも花ちゃんのこと責めたりしないでね」
「…分かった、よ」
「はい、仲直りの握手ね」
繭ちゃんはワタシと雪花さんの手を取り、お互いの手を握らせた。ワタシと雪花さんは、ゆっくりとお互いの手を握り合う。結局のところ、ワタシたちは誰も繭ちゃんには勝てないのだ。
「その、さっきはごめんね…叩いたりして」
雪花さんは、ぎこちない口調のまま、謝ってくれた。
「ううん…雪花さんが怒ったのは、当然ですから」
この人も、繭ちゃんを大切に想っている。
だからこそ、雪花さんはワタシに怒った。
「でも、私、けっこう本気で叩いちゃったし…花子ちゃんも私のこと叩く?それでお相子ってことで」
「それは嫌ですよ…あ、そうだ」
そこで代案を思いついた。
これなら、みんなが平和になれるはずだ。
「じゃあ、そのお詫びの代わりとして、雪花さんが料理当番の時…代わりに、ワタシにご飯を作らせてください。
「それはボクが許可できないかなぁ!」
ワタシの提案は、雪花さんではなく繭ちゃんに却下された。しかもガチ目に。現在、ワタシはこの家で料理をする権利を剥奪されている。主に繭ちゃんに。
「だって、花ちゃんがご飯当番をやったらありえない量のにんにくを入れるでしょ!?」
「繭ちゃん…にんにくはね、神さまからお墨付きをもらった崇高な食べ物なんだよ」
「その神さまってティアちゃんだよねぇ!?普段ティアちゃんと喧嘩ばっかりしてるのに、こういう時だけ免罪符に使うのよくないと思うよ!?」
繭ちゃんに本気で拒否された。
以前、繭ちゃんが作っていたカレーに、内緒ですり下ろしたにんにく(約二十個)を入れたことをまだ怒っているようだ。
「なあ…花子」
そこで声がした。少し冷えた声が。
場の気温も、つられて少し下がる。
「…まだ、終わりじゃないんだろ?」
声を発していたのは、慎吾だ。
「繭ちゃんが死んだ時のことは、分かった…けど、それで終わりじゃないはずだ」
慎吾の声は、冷ややかにワタシに向けられる。
「どうして、オレたちのいた世界に、スキルなんてモノを使うヤツがいた?」
慎吾は、核心をつく。
繭ちゃんの死の真相の、その核心を。
「しかも、繭ちゃんを襲ったヤツは、雪花さんやオレを狙った邪教徒って連中と同じ刺青をしていたんだろ…どうして、そんなヤツが日本にいた?」
ワタシは、慎吾の問いに答える。
「繭ちゃんを襲ったのは邪教徒なんかじゃないよ…そして、雪花さんと慎吾を襲ったのも、邪教徒じゃない」
ワタシの声は、低く沈む。
慎吾の声も、ワタシの声に呼応するように深度を増す。
「どういうことだ…?」
「その前に、繭ちゃんに聞きたいんだけど…その夏木くんって子には、普段から相談とかしてたんじゃないかな」
「相談…?」
繭ちゃんは、小首を傾げて考え込み、それから言った。
「そういえば、夏木くんとは色々と話をしてたかも。夏木くんは聞き上手だったから…」
「分かったよ…ありがとうね」
そう、分かった。
夏木くん『たち』の、思惑が。
「夏木くんは、最初から繭ちゃんを狙っていたんだよ」
「…ボクを?」
「だから、どういうことなんだよ、花子?」
そこで問いかけてきたのは慎吾だ。慎吾は、繭ちゃんの代わりにワタシと言葉を交わすつもりだ。お兄ちゃんとして、繭ちゃんの痛みを少しでも肩代わりするために。
「雪花さんが誘拐された時のことを、思い出して欲しいんだ」
「私が誘拐された時…?」
急に話を振られた雪花さんは、やや上擦った声を上げた。
無理もない、話の筋道から外れたことを、ワタシが語り始めたからだ。
「あの時、雪花さんは『隠形』のスキルを使用して、誘拐犯たちの隠れ家から逃げ出しましたよね」
「う、うん…」
雪花さんは、戸惑いながら首肯した。
「そして、無事に帰ってきた雪花さんは、後にこう証言していました。『あの隠れ家には、テーブルの上には何も置かれてなかったし、壁にも何も張られていなかった』と…『あの隠れ家には、邪教徒らしさを示すものはどこにも、何もなかった』と」
ワタシは、独り言のように続ける。
「雪花さんの証言から推察するに、それだけ殺風景だったということは、その隠れ家は誘拐犯たちが一時的に利用していただけの隠れ家だったんです。ただ、雪花さんが誘拐された時点では、ワタシたちは誘拐犯=邪教徒とは考えていませんでした」
そう、この時点ではただの誘拐犯という認識だった。
「次は、慎吾が襲われました。その時、犯人たちが名乗ったそうじゃないですか…自分たちは、邪神を崇拝する邪教徒だ、みたいなことを」
慎吾が襲われた時に、襲撃犯=邪教徒という図式が成り立ち、さらに、その襲撃犯が雪花さんを攫った誘拐犯と同じ刺青をしていたことから、襲撃犯=邪教徒=誘拐犯という図式が成立した。
「その時、初めてワタシたちは彼らを邪教徒と認識したんです…そして、その邪教徒たちがワタシたち転生者を狙っている、と」
この時点では、その意図は分からなかったが。
「しかし、その数日後、邪教徒たちは壊滅します。騎士団や冒険者たちが、邪教徒たちの本拠地に踏み込んだからです」
ワタシは、そこで深く息を吸う。
新鮮な空気を肺に、新鮮な血液を脳に送り込む。
「…けど、どうして、騎士団の人たちは邪教徒たちの本拠地に踏み込めたのでしょうか?」
そこで、ワタシは問いかけた。
答えてくれたのは、シャルカさんだ。
『どうして踏み込めたかって…雪花が攫われた隠れ家を調べたら、邪教徒たちの本拠地の地図が出てきたから、だろ?』
ワタシたちは、そう聞かされていた。
騎士団長である、あの『深紅のナナ』さんから。
「その地図、どこから出てきました?」
『たしか、雪花が攫われた、連中の隠れ家の壁に貼られてたって、ナナが言っていたけ、ど…』
シャルカさんは、そこで違和感に気付いた。
『雪花は、言っていたはずだよな…お前が攫わた隠れ家には、壁にも、テーブルにも、何もなかったって』
「言い…ました」
雪花さんも、矛盾に気付いたようだ。
『なら、雪花とナナの話が喰い違ってくる…騎士団は、いつ、その壁に貼られていた地図を見たんだ。いや、違うな…雪花が攫われた隠れ家で見つかったその地図は、いつ、壁に貼られたんだ?』
シャルカさんの疑問に、ワタシが答えた。
できるだけ、シンプルに。
「雪花さんが『隠形』で逃げ出した後ですよ」
雪花さんが逃げ出した時、隠れ家の壁には、地図なんて貼られては、いなかった。
なら、その本拠地の地図が貼られたのは、雪花さんが逃げた後ということになる。
『バカな。雪花に逃げられた後に、わざわざそんな地図を貼る必要はない…雪花に逃げられたってことは、憲兵や騎士団がすぐに踏み込んでくるってことだぞ』
シャルカさんの言い分はもっともだ。
雪花さんに逃げられた後、邪教徒たちが、壁に自分たちの本拠地の地図を貼る?
なんのために?
その答えは、一つしかない。
「邪教徒ではなかったからですよ。雪花さんを攫った誘拐犯が。当然、慎吾を襲った襲撃犯も、邪教徒なんかじゃありません」




