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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』

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27 『結婚したのか?私以外のヤツと?』

「あのね、お花ちゃん…絶対に、この手を離さないでね」


 か細く震える声で、ナナさんが呟く。ワタシの手を握るその手も、小刻みに震えていた。


「大丈夫ですよ、いきなり離したりしませんから…」


 …というか、ワタシの手はナナさんにガッチリと握られていた。これ、ワタシが全力で振りほどこうとしても絶対に無理なヤツだ。つまり、ワタシにはこの手を離す権利がない、ということになる。


「あのね、お花ちゃん…絶対、私から離れないでね」

「…はい」


 深紅の鎧のナナさんは、きっちきちにワタシに寄り添って歩いている。というか腕まで組んでいた。歩きづらい。それどころか、鎧に圧し潰されそうでもあった。


「あのね、お花ちゃん…絶対、先に行ったりしないでね」

「行きません(行けません)よ…」


 先ほどから、お化け屋敷に入ったカップルのような会話を繰り返しているが、これは決して甘ったるい睦言(むつごと)などではない。そして、ワタシたちはお化け屋敷にいるわけでも、肝試しをしているわけでもない。

 ただ、昼日中(ひるひなか)のポカポカ陽気の街中を歩いているだけだ。 


「…………」


 要件としては、シャルカさんから頼まれたお使いをしている最中だった。

 それなのに、この騎士団長殿はおっかなびっくりだし、昨日と同じように全身を鎧で固めている。

 いや、人見知りにしてもひどすぎない?

 この人、本当に騎士団長なの?

 …まあ、くじ引きで決まった騎士団長らしいけど。

 そして、そんな人見知りの騎士団長殿と、ワタシは友達になった(された)。

 なんでも、「お花ちゃんみたいな陽キャラになりたいから友達になって欲しい」とのことだった。


「…ワタシ、陽キャじゃないんだけど」


 勿論、ワタシとしてはそう否定するしかない。


「昨日、シャルカさんお話してる時の花ちゃんを見て、ピンと来たんだよ…この子は、生き様で後悔したくない、って覚悟をして生きてる子だって」

「ワタシそんな覚悟は決めてませんけど!?」


 昨日のワタシにそんな要素なかったよね!?


「そんなことないよ。だってあの時、突如として私の脳内に、存在しないはずのお花ちゃんと仲良くしていた頃の記憶とか浮かんできたんだから」

「存在しないはずの記憶は存在しないんだよ!?」


 そう叫んだが、ナナさんは聞く耳を持たない。

 …というか、ワタシの周り話を聞かない人多くない? 

 そんなナナさんは今、私と連れ立って街中を歩いている…というか、ぎっちぎちにワタシにくっ付いて歩く。下手をするとワタシこれ、騎士団長に連行されてる万引き犯の小悪党みたいな構図になってない?『ギルドの看板娘、騎士団長に逮捕される!』みたいなスクープとか流れたりしない?


「あの、ナナさ…」

「なにかなお花ちゃん!」


 レスポンス早いな、この人…サラマンダーよりずっと早そうだ。


「街中で鎧は、必要ないと思いますよ…」

「でも、私は鎧がないと…」

「不安になる、ですか?」


 極度の人見知りだと言っていたが。


「うん、心がギャンギャンして内なる獣が暴れ出しちゃうから…」

「…せめて心がぴょんぴょんする、くらいになりませんか?」


 …ワタシ、今そんな人に腕を組まれて歩いてるの?


「ほら、他の騎士団の人たちだって、街中じゃ鎧は着てないじゃないですか」


 というか、そこそこ痛いのだ。鎧を着たままの人にがっつり腕を組まれたりしていると。しかもこの人、力も強いし。


「でも、鎧、着てるよ…」


 そう言って、ナナさんは前方を指差した。

 そこにいたのは、全身を黒い鎧で固めた一団だった。


「あれは…」

「あれは、無望(むぼう)の騎士団、だよ」


 ナナさんがそう説明をしてくれた。

 そうか、あれが無望の騎士団か。何度か話には聞いたことはあったけれど、実際に目にしたのは初めてだった。彼らは全身を鎧で隠し、名を捨ててこの王都防衛の任務についている騎士団だ、ということだ。

 …雪花さんが好きそうだな、この設定。


「こん、にちわー…」


 すれ違う時に挨拶をしたのだが、無望の騎士団は誰も返事を返してくれなかった。それどころか、一瞥(いちべつ)すらしてくれない。


「あの人たちは返事とかしないよ、お花ちゃん…無望の騎士団は存在しない騎士団だから」

「存在しない騎士団…?」

「汚れ仕事とかもこなしてるから、この王都には存在しないことになってるんだよ」


 無望の騎士団というのは、そういう存在だったのか。


「あ、そうだ…お花ちゃんにお願いがあるんだけど」


 そこで、ナナさんは唐突に話題を変えた。


「…なんですか?」 

「私と話す時は、敬語じゃなくて普通に話して欲しい」

「タメ口ってことですか?」


 この人、ワタシどころか雪花さんよりも年上なんだけど。


「大丈夫。騎士団のみんなも、私と話す時はタメ口だから」

「それ、他の団員さんたちからなめられてませんか…!?」


 アナタ騎士団長ですよね?

 焼きそばパンとか買いに行かされてないですか!?


「でも、『熱血ヤキイモ大辞典』先生の本だと、陽キャラはみんなタメ口だったよ」

「あー…」


 その『熱血ヤキイモ大辞典』先生というのは、雪花さんと一番、仲がよくて…雪花さんと一番、ソリが合わないBL作家さんだ。

 基本的にあの二人は仲がよく、合同で本を出そうという話をよくしているのだが、最終的にはカップリングのソリが合わなくて空中分解をする、ということをこれまで何度か繰り返していた。奇跡的にカップリングのノリが合った時もあったが、その時は雪花さんが締め切りを守れなかったという苦い過去もある。

 …というか、どうして、この世界の同人作家はこうもペンネームの趣味が悪いのだろうか。


「けど、ナナさんはどうしてそんなに陽キャになりたいんですか?」


 言っちゃ悪いが、さすがに無理があるのではないだろうか。くじらが山に住むようなものだ。


「早く結婚したいから…だよ」

「…結婚?」


 まさか、この人からそんな浮ついた台詞が出てくるとは…。


「早く結婚して、騎士団から寿退団したい…」

「ええと、寿退社的な…?」


 騎士団だとそう呼ぶんだ…。


「だって、辞めさせてくれないんだもん…騎士団も、騎士団長も」

「そう…なんですか」

「でもね、お前が結婚できたら辞めてもいいよって、副団長に言われてるんだぁ」

「…それ絶対、結婚できないって思われてますよ」


 酷だな、副団長。


「でもね、なんか、私が仲良くなった人たちって、いつの間にか私じゃない相手と結婚してたんだ…何度も思ったよ。結婚したのか?私以外のヤツと?って」

「…………」


 …なんて声かけたらいいんだよ!?

 それ本当に仲良かった人なんですか?とか聞けないよ、ワタシ!?


「でも、私だって婚活を頑張ってるんだよ。少しでもいいなと思えた相手がいたら、次の日には手作り弁当とか持って行ったりしてるし…「あなた誰ですか?」って言われたけど」

「…面識のない人にお弁当作ったんですか!?」


 相手からしたら割りとホラーですよ!?


「他にも、少しでもいいなと思えた相手と会えたから、次の日に手編みのマフラーをプレゼントしたりとか…その人、なぜか顔が青褪(あおざ)めてたけど」

「…出会った次の日に手編みのマフラーは早すぎるんですよ!」


 一晩で編んだんですか!?

 ジェバンニがやってくれたんですか!?

 

「あとは、もうこの人でもいいかと思った相手には、次の日に両親を紹介したり…」

「…そのフットワークの軽さはもはや凶器なんですよ!」


 ご両親は最後の段階なのよ。

 あと、この人でもいいかは相手にも失礼なのよ。


「…というか、ナナさんご両親いるんですか?」


 貴女も、転生者ですよね?

 そこが気になったワタシは、思わず問いかけていた。


「義理のお父さんとお母さんだけどね。私がこっち来たのって十歳の頃だったから」

「…十歳」


 …その年頃での転生は、色々と(こた)えたはずだ。


「二人には、本当によくしてもらってるんだ…私にとっては、二人目の本当のお父さんとお母さんとなんだよ」


 そう言ったナナさんは誇らしげで、自慢気だった。

 …ちょっとだけズルいと思ってしまって、誇らしげなナナさんを見て、ちょっと嬉しくも思った。


「だから、早く結婚してお父さんたちを安心させてあげたいっていう理由もあるんだよ」


 ナナさんは、固くこぶしを握りこんでいた。


「ただ、お父さんたちからは、「もう少し人見知りを治してからにしなさい」とか、「もう少し空気が読めるようになってからにしなさい」とか、「もう少し人との距離感が掴めるようになってからにしなさい」とか、わけの分からないことを言われてるけど」

「ご両親のアドバイスが的確過ぎるんですけど…」


 さすが、十年以上も一緒に暮らした育ての親だ。


「これだけ頑張ってるのに、私が結婚できないのはなんでかな…こんなにビューティフルなのに」

「…あ、自己評価は高いんですね」

「なんか、もうお花ちゃんと結婚するのが正解のような気がしてきた」

「そんな目で見ないでもらえます!?」


 本気で検討してる目なんですよ、それ。

 なので、身の危険を感じたワタシは代案を出す。


「というか、陽キャになりたいんだったら、もっと街の人たちと触れ合ったらいいじゃないですか」

「…でも、私は大体、人から怖がられる」

「大丈夫ですよ。たくさんの人と話すってことは、それだけナナさんのことをみんなに知ってもらえるってことなんです。そしたら、ナナさんが怖い人じゃないって知ってもらえますし、ナナさんだって、みんなのことが怖くなくなるでしょ?」

「なるほど、チェス盤をひっくり返して考えろってことだね」

「…割りとどストレートなことしか言ってませんけどね、ワタシ」


 なんでひっくり返そうとしたの?


「ほら、ギルドのお使いのついでに、商店街の人たちとお喋りして行きましょうよ」

「本当に、大丈夫かな…私でもお話しできるかな」


 ナナさんは本気で不安そうだ。

 ワタシはそんなナナさんの手を取り、言った。


「大丈夫ですよ」

「でも、今日だって、騎士団の詰所で愚痴ばっかり言ってたら「お前がいると辛気臭いからパトロールしてこい」って追い出された私だけど、大丈夫かな?」

「…大丈夫ですよ」

「じゃあ、赤き真実で語ってもらってもいい?」

「ワタシ魔女じゃないから無理かなー…」


 この人も大概ぶっこんでくるなぁ。


「ほら、行きますよ」


 ワタシは、ナナさんの手を取って歩き出す。

 商店街は、今日もにぎわっていた。相変わらず人通りが多く、活気と喧騒と笑顔にあふれている。

 ワタシは、この雑多(ざった)な空気が大好きだ。


 そして、二人でお花屋さんから、繭ちゃんにプレゼントするために花束がたくさん売れているという話を聞いたり、八百屋さんでは、慎吾がいい野菜を届けてくれるという話を聞いたり、本屋さんでは、店の本の八割がBL本で埋め尽くされたと嘆いている店主さんの悩みを聞いたり、パン屋さんでは、にんにく三倍マシマシのガーリックトーストを作ってくれというワタシと、それはできないという店主さんの間で駆け引きや押し問答が続いた。


「…………」


 おそらく、今日だけでナナさんの経験値はかなりたまったはずだ。

 けれど、最後に、ワタシとナナさんは、あの老紳士と出会った。

 アンダルシア・ドラグーンさんと、この王都で出会った。

 そして、この後、この老紳士の口から告げられた。

 (くだん)の邪神の亡骸が、あの洞窟から失われていた、と。

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