4 『う゛わ゛き゛だ゛よ゛ね゛!?』
「ねえ、どう思う繭ちゃんは!?」
「え、ボクは…」
「うん、繭ちゃんだってそう思うよね、やっぱりどう考えても許せないよね!?」
「いや、そんなことボクは言ってな…」
「だって、これはメイカクな裏切り行為だもんね!」
「だから、ボクはそんなこと一言も…」
「ホントに許せないよね…慎吾だけは、絶対に!!」
ワタシは、そこでアーモンドクッキーを三枚ほどまとめて口内に放り込んだ。これは燃料を補給する行為であり、エネルギーのチャージは義務なのだ。
「でね、ワタシは思ったわけですよ…もう少し慎吾のプライベートも把握しておくべきではないか、と!」
「慎吾お兄ちゃんにもプライバシーはあるんだし、花ちゃんが…」
「繭ちゃんだってそう思うよね!?」
「今ボク否定しようとしてた流れだったよね…?」
「だって、こんなのは裏切りだよ…ワタシたち『転生者』の絆に亀裂を入れる行為だよ!?」
「ボクが知る限り、その『転生者の絆』とやらに一番どデカい亀裂を入れてるのは花ちゃんか雪花お姉ちゃんだけどね…」
「繭ちゃんも、慎吾には色々と言いたいこともあると思うんだ、今回の件に関しては特にね!」
「今さら言っても遅いんだけど久々だよね、花ちゃんの『これっぽっちも人の話を聞かないモード』…」
「雪花さんとも後でちゃんと相談しないといけないね…これは、ワタシたち『転生者』全員の危機だよ!」
ワタシは、フライドガーリックを三欠片ほどまとめて口内に放り込んだ。これは燃料を補給するための行為であり、エネルギーの確保は最優先事項となっている。
と、ワタシが戦時下における覚悟の補給行為を行っている横で、繭ちゃんがやけに安穏とした声を発していた。
「でも、そんなに大事なの?」
「大事に決まってるよね!?」
だってみんなの危機だよ!?
「ああ、やっとボクの言葉が届いたね…『皆さんが静かになるまで五分かかりました』って気分だよ」
「だって、大問題だよ!?だって、慎吾が『婚約』とかしてたんだよ!?これってどー考えても抜け駆けだよね!?繭ちゃんだってそう思うよね!?」
「別に、ボクはそうは思わな…」
「う゛わ゛き゛だ゛よ゛ね゛!?」
「過去一、絡み辛い花ちゃんが来たなぁ…」
「だって…だってね、言ったんだよ!?慎吾がね、ジェシカさんのお婿さんになるって!?」
「だから落ち着いてよ…それ、ジェシカさんって人のお父さんが勝手に言ってただけなんでしょ?」
「…そういえば、そうだったかも?」
なんかそんな感じだったかも?
昨日は衝撃が大き過ぎてわけが分からなくなっていたけれど。
「慎吾お兄ちゃんも否定してたんでしょ?ジェシカさんって人も、花ちゃんや慎吾お兄ちゃんにそんなこと言ってなかったんでしょ?」
「そういえば、慎吾もそんなことを言ってたかも?」
かもかも?
「なんでそんな大事な記憶がすっぽり抜け落ちてるの、花ちゃんは…」
「いやあ、あの時は『お婿さん』って言葉で頭がいっぱいで…それに、お口の中もハンバーガーやらパンケーキやらでいっぱいで」
「その状況でよくハンバーガーやらパンケーキやら食べられたね…」
「しょっぱいのと甘いのを交互に食べるとね、幸せが交互にやってくるんだよ?」
「デブの幸福論とか誰も幸せにならないんだよ…」
「歯に衣着せぬにもほどがあるよねその物言いは!?」
繭ちゃんってそんな子じゃなかったよね!?
…あ、そんな子だったかも?
「今だって、花ちゃんはずっと何か食べ続けてるじゃないか…それだけ食べててお腹いっぱいにならないってどういうことなの?」
「忘れちまったぜ…満腹なんて言葉」
「まだその辺に落ちてるはずだからさっさと拾ってきてよ!!」
という不毛で実りのあるやりとりを繭ちゃんと続けていくうちに、少しずつワタシも思い出してきた。昨日、あの喫茶店で何が起こったのか。
慎吾がガンギさんという流れの学者さんを助けた後、お茶を飲みながら話を聞いたのだ。『王都はこの商店街から始まった』という話を。それには、『神器』と呼ばれるアイテムが絡んでいるとかいないとかといった話だったけれど、そこで商店街の会長さんでありジェシカさんのお父さんでもあるジェームズさんが横合いから話に入って来た。『慎吾は娘のジェシカのお婿さんになるんだ』という趣旨の爆弾を携えて。理由は分からないが、ジェームズさんはガンギさんのことを毛嫌いしているようだった。
「兎に角…花ちゃんとしては慎吾お兄ちゃんがとられそうだから怒ってるわけでしょ」
「別に怒ってはないよ…でも、でもね、慎吾だよ?なんかちょっとね、ちょびっとおかしくない?」
もっと言ってやろうと思っていたのに、その後の言葉は出てこなかった。
雪花さんとの罵り合いならば、湯水のように雑言が湧いてくるというのに。
「花ちゃんがどう思ってるか知らないけど、慎吾お兄ちゃんは普通に優良物件だからね、気に入る人がいてもおかしくないでしょ」
「けど、慎吾は名のある冒険者でもないし高潔な勇者さまでもないんだよ?それなのに婿入りの話が出てくるなんておかしいでしょ?」
慎吾が名を馳せた英雄だというのなら、まだワタシも理解できるのだけれど。
しかし、繭ちゃんは言った。確固たる意志の元に。
「普通の人は、冒険者や勇者なんて求めてないんだよ」
「え、でも…ワタシたち『転生者』だよ?」
なら、『特別』を求められるのが当たり前なのではないだろうか。
「街の人たちはボクたちが『転生者』だなんて知らないし、興味もないんだよ。それよりも、真面目で誠実な慎吾お兄ちゃんみたいな、地に足のついた人がモテるのはそれこそ当たり前なんだよ」
「真面目で、誠実…」
「ダレカを裏切らないって、それだけで財産だからね」
「うぅ…繭ちゃんのおっしゃるかも、ですね」
高名な冒険者ならば、婚約者としては引く手はも数多だろうか。けれど、それは王族や貴族に限った話だ。名高い冒険者を一族に迎え入れることができれば、繁栄は約束されたようなものだ。でも、そこには一定のリスクもある。強い力を取り入れれば、周囲からの反発も生じるからだ。最悪、それで周囲の敵対勢力が裏で結束するという可能性だって生まれてくる。一般庶民からすれば、そんなリスクはカロリーが高すぎる。なら、婚約者として迎え入れるのは、そんなハイカロリーとは無縁の相手の方がいい。
そして、慎吾ならその条件に合致する。しかも、真面目で働き者で裏切らない。少なくとも、慎吾が誰かを裏切った姿を、ワタシは見たことがない。
…あれ、慎吾ってホントに好物件なの?
「…でも、いきなり結婚なんて話が出てくるの、飛躍し過ぎてない?というかワタシたちにはまだ早すぎない、結婚とか?」
ワタシは、アヒル口でぼやきながらフィッシュアンドチップスのお魚とお芋を同時にお口に放り込む。
「花ちゃんの言いたいことは分からなくもないけど、それはボクたちが別世界からの『転生者』だからじゃない?こっちの世界だと、十代での結婚も割りと普通なんじゃない?」
「ああ、結婚に対して文化が違うのか…ナナさんで慣れてるから、その辺の感覚が麻痺してたかも」
ワタシたちが生きていたあの世界…というかあの時代では、十代で籍を入れる人の方が少数派だった。というか、大体の人が十代の後半まで学生をやっているし、相当数の人たちは二十代の前半まで学生をやっている。結婚となると、さらにその先の話になってくるのだ。
「ちなみに、ボクだって求婚されたことあるからね」
「お水の代わりに熱々のアヒージョを寝耳にぶち込まれたくらいの衝撃なんですけどぉ!?」
ただの初耳じゃなくて劇薬をぶち込むのやめてよ!
「でもね、花ちゃん…」
「でも?」
「ボクに結婚を申し込んできたのは全員、男の人だったけどね…」
「ああ、まあそうかぁ…よし、この話はここで終わりにしようか」
「…そうだね」
で、二人して口を閉ざしたので会話のエアポケットへと落ち込んだ。
なので、ワタシはそこで思考のリソースをナナさんにつぎ込むことにした。
ナナさんというのはワタシたち『転生者』の先輩で、この王都の騎士団長でもある。肩書きだけ見れば『転生者』の出世頭みたいな人だけれど、実際に実績もあるのだけれど、それ以上にやらかしの方が印象に残る問題児でもある。そんな人がどうして栄誉ある騎士団の団長なのかという疑問は同然だけれど、そこはくじ引きで決まったのだから仕方ない。いや、仕方ないのか、これ?
と、ワタシはそこで噂をすれば影が差すという諺を思い出していた。
「ただいまー」
噂の主であるその騎士団長さまが、何食わぬ顔で我が家のリビングに入ってきたからだ。
「ただいまじゃないでしょ、ナナさん…」
ワタシと友達になってから、ナナさんはちょいちょいこの家に入り浸るようになった。基本的に距離感がおかしいんだよね、この人は。
『わらわ様もただいまなのじゃ…』
長身のナナさんの影に隠れていたが、そこには地母神さまであるティアちゃんもいた。地母神さまといっても現在はその力の大半を失っているらしく、外見だけなら幼女そのものである。ただ、現在はやけに疲れた表情をしていた。なので、ワタシとしても気になったので問いかける。
「どうしたの、ティアちゃん?」
『どうもこうもないのじゃ…こやつに付き合っていたらとんでもない目に遭ったのじゃ』
「また何かやったの、ナナさん…」
前述したように、ナナさんの武勇伝は悪い意味で多岐にわたる。なので、必然的にナナさんの被害者も多岐にわたることになるのだ。
『この近所に商店街があるじゃろ?』
「え、ああ、そうだね…」
商店街という単語に、ワタシは反応した。最近はやけによく耳にするからだ。まあ、最近はワタシがガッツリと関わっているからだけれど。
『あそこでな、ナナが『くらうどふぁんでぃんぐ』…とかいうのをやっておったのじゃ』
「クラウドファンディング…?」
…この異世界で?
なにしてくれてんの?
その答えは、ティアちゃんが示してくれた。
『なんか、結婚資金を集めるとかいって…募金を集めてたぞ』
「なんで結婚資金をクラウドファンディングで集めてるの!?」
クラウドファンディングってそういうのじゃないでしょ!?
ワタシも詳しくはないけどさぁ!
「今までのやらかしが霞むレベルのやらかしとか止めてくれるかなぁ!?」
最近は、ナナさん関連の苦情がワタシのところに来るようになったのだ!
本来なら騎士団案件だよね、これ!?
『さすがに、見るに見かねてわらわ様も止めに入ったのじゃ』
「あー、それは…お疲れ様です」
間違えてご愁傷様と言いかけた。
「というか、ナナさんはなんでそんなことしたんですか…?」
理由を聞いても理解できないのがナナさんなのだけれど、聞くしかないのもまた事実なのだ。
そして、ナナさんは答えた。ほんの少しも悪びれた様子はないままに。
「え、だって…結婚にはお金がかかるから」
「そうですよね、それは異世界だろうがなんだろうが変わらないですよね…」
至極真っ当な理由だった…間違っていたのは、それを口にした人物がナナさんだったということだけだ。
「だから私はお金を集めてたんだよ、お花ちゃん」
「クラウドファンディングってお金が生えてくる魔法のシステムじゃないですからね…」
おそらく…いや、絶対にこの人はクラウドファンディングという概念すら理解していない。
「そもそも、結婚資金っていうのは自分たちで集めるのが常識なんですよ」
なんで結婚についてこんなに語ってるんだろうな、ワタシは…。
結婚するアテなんてないというのに。
「これでまたナナさんの武勇伝(不名誉)が増えましたよ…どれだけ向こう傷を作れば気が済むんですか」
不気味なほど結婚に貪欲だからなぁ、この人は。
「ふぅ、ナナさんの相手をしていると、常識人であるワタシはものすごく疲弊するんですよ」
「花ちゃんの相手をしている常識人のボクも、ものすごく疲弊するんだけどね」
「え、そんなことないよね!?」
思わぬ方角からワタシは撃たれていた。
…というか、ちょっと待てよ。
「クラウドファンディング、か…」
妙に、その言葉が引っかかった。
「ううむぅ…もしかすると、商店街の活性化に使えるかもしれない。というか、何かのヒントにならないかな、これ」
ただ、具体的なアイデアは浮かばなかった。クラウドファンディング(ではないけれど)をどうやって街の活性化につなげればいいのか。
うんうんと唸るワタシに、ティアちゃんが問いかける。帰宅したティアちゃんは冷蔵庫から牛乳を取り出し、くぴくぴと飲みながらテーブルの上の(ワタシの!)フィッシュアンドチップスに手を伸ばしていた。ソファにも深く腰を掛け、すっかりリラックスモードである。そして、リラックスしたぷにぷにほっぺのまま問いかける。
『商店街の活性化…とはなんじゃ?』
「頼まれたんだよ、商店街の人たちに…最近は活気がなくなってきたから、何か起爆剤になるようなアイデアを出して欲しいって」
ワタシは右手でフィッシュに手を伸ばし、左手でチップスを掴んだ。
『活気がなくなった、か…あんまりそんな気はしなかったがのう』
ティアちゃんは右手でお魚に手を伸ばし、左手でもお魚を掴んでいた。
「ワタシもあそこが寂れたっていう印象はないんだけど…商店街の人たちだから気付くこともあるのかもしれないよ」
ワタシは、口内のフィッシュとチップスを呑み込んだ後でそう言った。そう言った後で、またフィッシュとチップスに手を伸ばす。
『確かに、売り上げのことなんかはわらわ様たちでは知りようもないからな』
ティアちゃんは、再びお魚とお魚に手を伸ば…。
「ちょっとティアちゃん!お魚ばっかり食べないでよ!」
『わらわ様は今日はお魚の気分の日なのじゃ』
「ちゃんとフィッシュとチップスの数は一緒にしてあるんだからね、ちゃんと一つずつ交互に食べようと思ってたんだから!そういうのは非常識だよ!」
『これだけの量を一人で食うつもりだったことが既に非常識ではないのか…?』
その後も、ワタシとティアちゃんの『フィッシュアンドチップス論争』は平行線のまま続き、しばらくしたらうやむやになった。いつものパターンではある。
「ところで、ナナさんは兎も角、どうしてティアちゃんも商店街にいたの?」
最近になって復活したティアちゃんは大半の力を失っていて、慎吾の傍を離れることはできなかったが(そもそも慎吾のユニークスキルに触発されて復活したそうだしね)、少しずつその力も戻ってきて一人で出歩けるようになってきた。
「私は兎も角って、扱いが雑だと思われます」
「ナナさんは不平を言える立場じゃないでしょ…というか結婚資金を集めるために商店街に行ったんでしょ」
「でも、それは『よをしのぶかりのすがた』だよ。本当は商店街に不審者が出るっていう相談が騎士団にあったから出向したんだ」
「商店街の不審者…?」
不意に、首筋の辺りを冷えた空気が這いずる。
…何それ、聞いてないよ?
『あの商店街に不審者とか止めて欲しいのぉ』
「そ、そうだよね、ティアちゃん…」
『あの商店街は、わらわ様が作ったというのに』
「え…?」
ティアちゃんが、あの商店街を、作った?
言葉を失うワタシには目もくれず、ティアちゃんはフィッシュアンドチップスのフィッシュだけをぱくぱくと口に放り込んでいた。
安穏と『ぬぅ、小骨がベロに刺さったのじゃ』などと口にしながら。